それで、色々と、物凄かったわけだ。

何が物凄かったって、もう、とにかくフィルがメチャクチャ強くて!

(元々、実力のある人だとは、知っていたけどさーッ)

撃ってもあたらない、切ってもよけられる、そんでもって向こうはうまいことあたしの体力を殺いでいくものだから、本当にキツかった。

でも、フィルは何故かあたしを狙うより、皆守を頻繁に狙ってきたんだよね。

皆守は凄く大変そうにしていた。

素人さんをバディに選んで、連れてきちゃったのはあたしの責任だから、あたしも皆守を守ろうって結構頑張ったんだけど、それ以上に、何と言うか―――

(皆守って、もしかしなくても、戦闘慣れしていない?)

いや、前からそういう予感はしていたんだけどさ。

今度の一戦で、はっきり思い知らされた。

皆守は確かにただの民間人協力者に過ぎないけれど、戦闘能力だけは本物。

あんな効力のある蹴りは武術でも習って無い限り繰り出せないし、見切り能力も物凄かった。

皆守は本当に、猛獣みたいにフィルと渡り合っていた。

一緒に戦っているはずのあたしは、つい、その、ついうっかりで結構な回数―――見惚れちゃってました。

双樹さんも皆守ばかり狙うものだから、あたしに余裕があったっていうのも、多分あるんだろう。

でもちょっと気が抜けてるよね、ハンターとして、もっと真摯に取り組まないとね。

(でもでも!)

言い訳になっちゃうけど、あんな皆守、これまでに見たことがなかったんだもん!

やっぱり理由は判らないんだけれど、皆守は、何故か物凄く怒っていたんだ。

効率のいい動作で的確に戦闘をこなしながら、あたしの事も頻繁に庇いつつ、けれど、目だけはギラギラとフィルを睨みつけながら、闘志のオーラを滾らせて。

はっきりいって、メチャクチャ格好よかった。

何とかフィルを倒せたと思ったら、フィルの体から黒い砂みたいなものが噴出してきて―――

(えッ、ええッ、えええー?!)

ちょっと、待った!

フィルはいつから生徒会の人になったわけ?

そう思う間もなく、第2ラウンドに突入、今度はあたし一人きりで巨大な化人をぶった切って、何とか戦闘は終了した。

皆守はすっかり疲れ果てた様子で、傍でぐったり肩を落としていたんだっけ。

それでもって、あたしは。

「あきらくうううん!」

ムギューッと。

(またコレかーッ)

―――双樹さんの胸座布団に押しつぶされて、今に至る。

 

「ホント、ごめんなさいねッ」

「い、いいよ、ホント、だいじょぶだから」

苦笑いで答えるのもこれで5回目。

双樹さんは何度も、何度も、もう髪の毛がグシャグシャになるくらい頭を撫でたり、肩をさすったり、抱きしめたりを繰り返しながら、繰り返しあたしの様子を窺ってくる。

物凄いボディランゲージだ、うん、大丈夫、すでに十分気持ちは伝わりました。

よれよれになったあたしの傍で、フィルもニコニコと笑っていた。

「君は、本当に強くなったんだね」

何だか物凄く満足そうで、あたしはちょっとだけムッとする。

(何よ、それ、さっきまでと随分調子が違うじゃない)

睨みつけてやったら、怖い、怖いって冗談めかして手を振られた。

ムキーッ

「フィル!」

「ハハハ、ごめんごめん、いや、本当に悪かった、可愛い君を騙すのは辛かったんだけどね」

―――え?

「まあ、僕もカナに頼まれた手前、断りきれなかったんだよ」

(はぁ?)

「本当にすまなかった、けれど、作戦が功を奏して、僕は非常に満足している」

うんうんって。

(え?)

ええッ

えええええー!?

双樹さんに抱きしめられたままで、あたしは構わず体を乗り出す。

「ちょ、ちょ、ちょっ?!」

何、それ!

「どッ」

どーいうこと、なの?

フィルの顔にちょっとだけ苦笑いが浮かんでいた。

「うん、ごめんね?」

いや、ゴメンじゃなくて!

(迦奈に頼まれたって、どういうことなの?)

協会の依頼じゃなかったんだ。

混乱して、口をパクパクさせるあたしの髪をやさしく撫でて、緑色の目がスウッと細くなる。

「カナが、とても心配しているんだ」

「そんなッ」

「着任当初から色々と大変だったそうじゃないか」

フィルはちらりとどこかを見た。

一瞬だったから何を見たのかわからなかったけれど、遅れてライターの擦れる音と、ラベンダーの香りがふわりと漂ってくる。

「君の話は協会から聞く事が出来る、アルとクライスは勿論だけれど、カナも、同じくらい君の事を気にしているよ」

「―――そう、なの?」

あたしは複雑な気分で、少しだけ俯いた。

そりゃ、まだまだ駆け出しの自覚はあるけどさ。

(でも、あたし、そんなに子供じゃない)

まあ、アルとクライスは予測の範疇内だったけれど、迦奈にまで心配されていただなんて、正直予想外だった。

あの人はそういう事と一番無縁なタイプだと思っていたのに。

フィルの掌が、また優しく髪を撫でる。

「僕はカナの依頼でね、君の安否確認をしに来たんだよ」

「そう、なの?」

「ああ」

フィルはニッコリと笑う。

その笑顔に、嘘はない。

「他ならぬカナの頼みだし、何より、僕にとっても、君は可愛い娘のようなものだからね」

(そうか)

あたしは何だか、色々と渦巻いていた気分が、ゆっくり晴れていくみたいな、そんな気持ちになっていた。

さっきまでは絶対許せないとか、そんな風に思って、頭に血が上ってたんだけどね。

(でも、フィルはいつだって紳士なんだものね)

色々混乱させられたけれど、でも、本当に酷い事はされなかったと思う。

隣で不意に、双樹さんがウフフって笑っていた。

「フィルには、私からコンタクトを取ったのよ」

「えッ」

あたしは驚いて振り返る。

「そうなの?」

「明らかに経歴がおかしい人間がもぐりこんだって、阿門様から素行調査を依頼されてね」

はあーッ

二人を交互に見ながら、あたしはため息を吐くしかない。

知らない間に色々と、話が出来上がっていたんだ。

こういうのなんて言うの?談合社会?

(参ったなあ)

後手後手もいい所だ、あたし、本当にビックリするほどヒヨッコハンター

お尻に殻でもくっついてるんじゃなかろうか。

(はああ)

「でも、フィルが好意的で本当に助かったわ、素性や目的も、すぐに話してくれたし」

「人は、美しすぎるものの前では、無条件に服従してしまうものさ」

「ウフフ」

って、ちょっと、それはいかんでしょう?

フィルは双樹さんとニコニコと笑い合っている。

わっかんないなあ、こういうの。

「私も色々とはっきりさせておきたい事があったから、彼と手を組んだのよ、ごめんなさいね」

フィルが「ああ、そうか」って呟く。

あたしには相変わらず訳が分からない。

「貴方を傷付けたくなかったけれど、心に怪我をさせてしまったわね」

「え?あ―――」

あたしは急いで首を横に振る。

「ううん、いいんだ、仕方なかった事だよッ」

「あきら君」

「双樹さんがした事って、全部生徒会役員のお勤めを果たすため、だったんだよね?」

阿門君との大切な約束。

「だったらいいよ」

心からそう思う。

大切な人との、大切な約束を果たそうとしただけの人を、責めることなんて出来ないよ。

「あたしも自分のために双樹さんとフィルに攻撃したもん、だから、恨みっこなし、ね?」

双樹さんは暫くあたしをじっと見詰めてから、不意に、凄く優しい笑顔でふわっと笑った。

(うわあ)

美人だぁ―――なんて、感心する間もなく。

「あきらくぅんッ」

ぎゅうーっと、また思い切り抱きしめられる。

「アハハ」

何だか、こういうの、いいよね。

ちょっと照れ臭いような、嬉しいような、素敵な感じ。

鼻先に双樹さんの香水の香りを感じながら、肩の向こうに皆守の姿が見えた。

呆れていた表情が、目が合った途端、ちょっと困り顔の苦笑いに変わる。

途端、胸の奥で心臓が、トランポリンに乗っかったみたいにドキンと跳ねた。

(はわわッ)

慌てて目を逸らしながら、体を起こしたら、双樹さんがおでこにキスしてくる。

「ありがとう、あきら君」

見上げたあたしは何だか顔が熱い。

(うーッ)

ドキドキが収まらないよ。

困り顔の目の奥を覗き込まれて、双樹さんはクスって笑うと、そのままあたしの肩を抱いてきた。

「帰りましょう、あきら君」

「う、うん」

「寮に着くまで、私の昔話をしてあげる、聞いてくれるかしら?」

「えッ、あ、も、勿論だよ!」

「ウフフ、良かった」

あなたって本当に可愛らしいわって、こめかみにキスされる。

あたしも双樹さんの腕に抱かれて、あったかくって何だかちょっといい気分。

触れ合っている感触とか、嬉しくて仕方ないけど、それ以上にやっぱりドキドキしたまんまだったり。

(おかしいなあ)

何とか顔を上げて、フィルの姿だけ確認することが出来た。

フィルは笑って、歩き出したあたし達の後からついてきたようだった。

その後から更にもう一つ分の足音が続く。

皆守が傍にいるってだけで、落ち着かないような、落ち着くような、そんなわけの分からない気持ち。

(これって何だろう)

もうちょっと落ち着いて考えないと、答えは出てこなさそうだった。

四人分の足音を石室に響かせながら、あたしたちは地上目指して今度は一緒に、歩き始めた。

 

そして―――

 

結局、ほとんどの事をうやむやに残したまま。

翌朝には、フィルは、何一つ痕跡を残さずに、綺麗サッパリ撤収完了させていたのだった。

 

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