(それで結局『寒くなった』って保健室に行っちゃうんだから、絶対ふざけてるよね)

あたしたちは一時間くらい二人っきりでいた。

その間、なんだかずっと皆守が寛いで見えたのは、気のせいかなあ。

あたしも全然嫌じゃなかった。

(わっかんないな、最近)

廊下をコソコソ移動しながら、ちょっとだけそのことを考えてみたりする。

今は、平日スケジュールの三時間目。

真面目な学徒の皆様は、教室で勉学に励んでいます。

昼近いからお腹も減ってるんだけど、だからってご飯を食べるために抜け出しているわけじゃない。

(フィルの奴ーッ)

どこ行った!

さっきこっそり覗いてみたら、クラスの中に目立つ赤毛の姿はどこにもいなかった。

どこかから依頼を受けて、天香に潜入してきた事だけは間違いないと思うんだけど―――

(あたし、協会から何も聞かされてない)

通常調査員追加の際には、必ず先行しているハンターに連絡が入るはず。

でも、フィルが教室に現れるまであたしは何も知らなかったし、今だってそうだ、ごたごた続きで詳細を全然聞き出せていない。

まあ、依頼自体は担当ハンターごとに守秘義務が定められているから、あんまり突っ込んだ話はしてもらえないと思うんだけどね。

それでも協会所属のハンターだったら、ここにあたしが先行している事は知っているはずだし、フィルはあたしに会いに来たって言っていた。

それが冗談なのか本気なのかはともかく、学園内部で何らかの活動をおこなうなら、いくらか情報を流しておいてくれないと、こっちも仕事がやり辛い。

もし、手を足されたのなら、フィルレベルのハンターが出てくるくらいだ、経過報告書を読んであたしの力不足を補う決が下されたのか、結構なピンチ的状況が迫っているって事なのか。

(レリックに嗅ぎつけられたかな)

それともM+Mの派遣員が潜伏している可能性が発覚したとか。

どちらも十分ありうるし、それならフィルの登場にも納得がいく。

だからこそ、本人の口から聞いて、ちゃんと確認しておかなきゃならない。

どういう事情であれ、一応同協会に所属している身分だし、何の情報の開示もないっていうのはフェアじゃないよ。

(気分も悪いし)

それで、さっきから探し回っているんだけど。

―――いない。

階段を下りて、一階へ行ってみる。

そういえば、皆守は保健室で寝てるのかな?

(お昼時になったら、覗きにいってやろうかな、お腹すかせてるかもしれないし)

って、今はあいつの事はいいでしょうが!

やっぱりこの頃、どうも変だ。

あたしは気を取り直して、ぐるっと周囲を見回してみた。

ここにもいないか。

外に出てみようかな。

昇降口を抜けた辺りで、ふと思い出す。

「温室」

何となく向かってみた。

ワイヤーフレームにガラス張りの、ドーム型の建物。

近づいていったら、途中でドアが開いて、フィルがひょっこり顔を覗かせた。

「あッ」

「おや?」

視線が合って、ニッコリ笑いかけてくる。

「やあ、あきら」

「やあ、じゃないだろッ」

あたしは駆け寄って、正面から暢気な笑顔を睨みつけてやった。

「探したんだからな!」

「あかりに探してもらえるなんて、光栄だ」

「そ、その名前で呼ぶなよッ」

「大丈夫だよ、ここには僕ら以外誰もいないし、こんな小さな声なら、誰に聞かれることもない」

ついでに男の子言葉もやめたら?なんて言うもんだから、思い切り爪先を踏みつけてやった。

フィルは一瞬目を大きく見開いて、痛い、痛いって足を抱えてぴょんぴょん跳ねる。

「レディの所業じゃないぞ!」

「残念でした、レディじゃなくてハンターです」

だからこそ、と、あたしはフィルに詰め寄る。

「フィル」

「うう、痛いなあ、な、なんだい?」

「教えて」

じっと見据える。

フィルは暫く痛そうに跳ねていたんだけど、ようやく落ち着きを取り戻して、佇まいを整えて、苦笑いで肩をすくめて返してきた。

「こんな寒い場所で、立ち話もなんだ」

「フィル」

「温室に入ろう、外よりはまだ暖かいよ」

「こんな場所で、何していたんだ」

「無粋だな、花を愛でていたに決まっているじゃないか」

さあさあ、と促されて、あたしは仕方なく温室に入る。

(ホントだ)

温室の中は、ちょっと湿ったぬるい温度の大気で満たされていて、確かに外よりは寒くない。

歩くフィルの後に続いて、少し奥まった場所まで移動した。

「さて」

立ち止まった姿が指し示した花壇。

「この植物、何だかわかるかな?」

あたしは、葉っぱや茎を少し擦って指についた匂いを嗅いでみたり、形状自体をよく観察してみる。

「ラベンダー?」

「そうだね、ご名答だ」

一瞬皆守の姿が脳裏を過ぎる。

起き上がったあたしに、フィルは含みのある笑みを口の端に滲ませた。

「特に草花に詳しいわけでもない君が、ラベンダーは見分けられるわけだね」

「えッ」

「まあ、いつも身近に在るものなら、それも当然か」

―――何の話をされているんだろう。

少し、居心地が悪い。

フィルの目は心の中を見透かすみたいだ。

あたしは不機嫌をちょっとだけ表情に露にしてみせた。

「睨まないでくれよ」って、苦笑いが返ってくる。

「君の質問の内容は大体見当がついているよ」

「それなら話は早い、何故?」

「答える前に、僕も君に教えて欲しいことがある」

「何?」

「―――率直に訊こう」

皆守甲太郎君。

あたしの心臓が、一つ、大きく跳ねる。

「彼とはどういう関係なのかな?」

(えッ)

瞳を大きく見開いて、まじまじとフィルを見詰めた。

(それは)

どういう意味なんだろう。

現地点で、ありがたくもあたしの仕事の手伝いに名乗りを上げてくれているバディは総勢13名。

簡単なプロフィールくらいは報告書の内容に盛り込んであるけれど、具体的にあたしとどういった付き合いがあるのかまでは記載していない。

だって、そんな個人的な情報なんかは協会も必要としていないし、大体バディになっていただいている地点で、友好的関係が構築されてあるのは自爆糊ってモノでしょう?

(あれ、違う?)

ともかく、そうだ、それ以上に!

―――皆守とどういう関係か、だなんて、とても誰かに話せることじゃない。

あたしはフィルをじっと見上げている。

心なしか動悸が早くなっているみたい、手にも、変な汗が滲み出した。

ぎゅっと握って後ろで隠す。

困って、悩んで、一所懸命、場を凌ぐうまい答えを考えていた。

情報漏洩を発端に現状に至るまで非常に厄介な被害にあっているって、言っちゃっても構わないような気も、するような、しないような。

(そしたらきっと、フィルは皆守の事、排除してくれる)

そう、あたしが少しだけ恥ずかしい思いをするだけで―――こういう話は、やっぱり、あたしも一応女の子、知り合いとはいえ他人の、しかも男の人に話すなんて、少なからず抵抗がある。

でもフィルは、軽いノリのお調子者だけれど、信頼という点においては凄く高い評価を受けているハンターだ。

情報の漏洩は一切なし、おまけに、依頼は完璧かつスマートにこなす。

だから、あたしが事情を話して、同僚のよしみでお願いすれば、きっと何とかしてくれちゃうだろう。

フィルとあたしが一緒にかかれば、多分目的遂行まで半日もかからない。

(でも)

それは―――何だかイヤだ。

どうしてなのかわからないけれど、皆守がフィルに何かされるのは、凄くイヤだ。

あんな奴いなくなればいいって、今でも常々思っている筈なんだけど。

(よく、わかんないよ)

でもイヤなんだ。

そして嫌な事はしない。

あたしは吸い込んだ息を胸の奥でグッと溜めて、極力平静を装いながら、声に気持ちが出ないように細心の注意を払った。

「クラスメイト、だけど、仕事を手伝ってくれている、仮バディの一人だよ」

「それだけ?」

「―――多少、素行に問題あり、だけど、悪性ではない、と思う」

「その根拠は」

「一緒に生活していれば、何となくわかってくるものでしょう?」

「なるほど、カンか」

まあ、君のカンは当たるからなあ。

フィルは笑う。

探られている雰囲気に、あたしの神経はピリピリしたままだ。

「なら、バディとしての皆守甲太郎君の実力に関して、どう思っている?」

「それは」

「それは?」

「―――それなりに役立っている、と、思う」

半分くらいウソ。

皆守は、現状では必要性の無いバディだ。

これまで時々、実力の片鱗を感じさせるような行動を目にしているけれど、遺跡探索中に発揮してくれた事は一度もない。

本人自身そのつもりがないみたい。

頻繁に庇ってはくれるんだけどね。

(でも、あたしの戦闘スタイルってヒットアンドアウェイが基本だから、そもそも庇ってもらう必要自体がほとんどないし)

結論だけ言えば、皆守なんていなくても構わないんだ。

でもそう考えたとき、胸の奥の方がズキンって痛くなった。

何で?

あたしは懸命に言葉を繋ぐ。

「比較的積極的に同行を申請してくれて、助かってるよ、彼のおかげで危うい場面を切り抜けたことも、少なからずあるし」

「そう、実用性はあるというわけなんだね」

「うん」

「なるほど」

フィルが相変わらずニコニコしているから、あたしはずっと居たたまれないまんまだ。

早くここから出たい。

温室の湿気たぬるい空気が、かえって息苦しく感じる。

「じゃあ」

「まだあるの?」

思わず口から飛び出していた。

フィルは、ちょっと言葉を切って、これで最後だからって笑顔に困ったような雰囲気を混ぜた。

「君の私生活において、皆守甲太郎君との関係は、良好なのかな」

あたしは言葉に詰まる。

皆守との関係。

それは、本当に色々あって、一言じゃ全然まとめられない気持ちがぐるぐる渦を巻いている。

アイツは、馬鹿で、最低で、変態で、強引で、乱暴者で、意地悪で、怠慢で、薄情で、冷徹で、我侭で、身勝手で、独善的で、とにかく何もかも最悪なダメ男―――だけど。

(ドキドキする)

最近は、一緒にいるのが苦痛じゃなくなった。

朝起きて、ベッドの中で見つける寝顔も、一緒に食べる朝食も、結構平気。

『慣れ』と思うんだけど、ホントの所どうなんだろう。

あたしは『慣れ』たのかな。

それとも、もっと別の『何か』があるのかな。

皆守の事、もっと知りたい気もするんだけど、これ以上係わり合いになりたくないような気もする。

これって何?

あたしと皆守の関係って、一体何?

(良好、なのかな)

考えている鼻先に、ラベンダーの香りが微かにふわんと漂った。

思う前に口が勝手に喋っていた。

「うん」

肯定の言葉。

あたしは自分でビックリする。

「―――そう」

暫く黙って、フィルはあたしの髪をするんと撫でた。

「ありがとう、参考になったよ」

「えッ」

「そういえばそろそろ、授業が終わる時間だね」

急に歩き出されて、あたふたしちゃう。

色々考えすぎちゃって、今、オーバーヒートしかけているみたい。

フィルに何を聞けばいいのか、どう反応すればいいのか、ゴチャゴチャだけど、とにかく腕を伸ばして制服の裾を捕まえてやろうとした。

指先を掠めるようにして、フィルの体は逃げていく。

「ちょ、ちょっと!」

もつれる足取りで、あたしは慌てて奴を追いかけた。

「フィル!」

返事はない。

「あた、じゃない、俺、まだ、お前から何も訊いていない!」

葉っぱの向こうに見えなくなっちゃう。

「何で皆守の事なんか、訊いたんだッ」

歩く速度が結構速い。

「参考って、何の参考なんだよ、教えてよ!」

ああーッもう、まともに歩け、足!

(しっかりしろッ)

気合で体勢を整えて、ようやく追いついたのは、温室のドアのあたりだった。

ガラスの扉を開いて出て行こうとしていたフィルの制服の裾を捕まえて、半分外に出掛かっていた体をギリギリで引き止める。

「フィル!」

不意に、ちょっと動作をとめたフィルは、いきなりこっちに振り返った。

「うわッ」

ビックリして身を引こうとしたあたしを、強引に引き寄せて―――キス。

「んッ、ンン!」

ギュッと目を瞑って、唇を吸い上げられて、プハッと解放されたら、思わず力が抜けちゃった。

至近距離から微笑みかけて、フィルは、おでこにも触れるだけのキスをすると、そっと体を離される。

「後でね」

耳元で囁かれて、フィルは踵を返した。

ガラスの扉に凭れかかりながら、それ以上追いかけられなくて、あたしは背中をただ見送る。

(ふ、不覚)

してやられた気分。

普段だったらこれくらいでへこたれたりなんてしないんだけど、すでに散々ダメージを負った後だったし、今のキスは流石に効いた。

(あんな大人のキスするなんてーッ)

「ううッ」

悔しい!

思わずフレームの鉄棒を握り締めながら、ひとしきり歯噛みまくり。

肝心な事は何一つ訊き出せないで、翻弄されただけですかッ

(くっそおおお!)

年期の違いだとか、所詮あたしはどんなに気合入れてみたってまだまだ新人駆け出しハンターなんだなとか、そういう、努力だけじゃどうしようもない現実に打ちひしがれて、そのままずるずるとしゃがみ込んじゃう。

やっぱしヒヨッコなのね。

(これでも結構やれているほうだと思ってたんだけどなあ)

でも天香に着任した途端色々ばれちゃったし、もう二ヶ月以上経つっていうのに未だ秘宝入手できていないし。

「はあ」

ため息を吐きながら、フレームに頭をごっつん。

でも、こんな場所でへこんでる場合じゃない。

何とか自分を奮い立たせて、あたしはすっくと立ち上がった。

頬をパシパシ叩きながら、もう一度気合を入れなおす。

(よし)

フィルがそういうつもりなら、こっちにだって考えがある。

こうなったら徹底抗戦あるのみ!

やられっぱなしじゃシャクだもん。

「とにかく、絶対事情を訊きだしてやるんだからッ」

温室を出て、歩き出すのと同時に、中休みの鐘の音が学園内に響き渡っていた。

 

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