「貴方が来ると―――思っていたわ」
真っ白い、綺麗な顔がそっと笑って、長い髪の毛がサラサラ流れた。
「白岐さん、怪我とかしてない?」
「私は大丈夫」
時計台の中は、案外快適空間みたいで、ここは、あんまり寒くないし、殺風景だけど、でも一通りの調度品が整えられてある。
机、椅子、横になれる程度の台と、毛布。
何で?って思う。
だって、ここって本来は時計の調整をするための部屋で、実際奥の方にはたくさんの歯車や工具の類が見えるし、どう考えても人が過ごす目的で作ってある場所じゃない。
(白岐さんを閉じ込めておくために、準備したのかな?)
でも、やっぱり女の子にこんなことするの、いい事じゃないよね。
さっきの双樹さんの言葉が頭の中を過ぎっていた。
『阿門様のご意思』って、じゃあ双樹さんは自主的に白岐さんの存在を隠蔽しようとしていたわけじゃないってことだよね?
あたしはちょっとだけ、本当にちょっとだけなんだけど、なんだかホッとした気分になっていた。
例え、阿門君の意思を汲んでやったことだとしても、双樹さん自身に悪意がなかったことがわかって嬉しいんだ。
さっきあたしにしようとした『何か』も含めて、少しだけ不安になっていたから―――
(でも、双樹さんは友達だよ)
そう、あたしが信じないと、ダメだものね。
皆守が白岐さんを気遣って何か訊いていた。
ちゃんと心配そうな顔もしてるから、適当に取り繕ってるわけじゃないみたい。
やっぱり、優しいんだよね。
(なんだか変な感じ)
白岐さんは皆守にも同じ様に答えて、それより彼女達の話を―――って、あさっての方角を指差した。
は?
(彼女?)
って、今ここにいるのはあたしと、皆守と、白岐さんの三人だけで、他には誰も―――
『≪王≫の意識が強まっていく―――』
―――へ?
突如、空間に浮かび上がる、二人組みの女の子。
(えッ?ええッ?)
コレって何?マジック?お化け?精霊?それとも―――???
「のええええええ!」
のけぞったあたしと、耳を押さえてうるさそうな皆守、そして、何事もなく普通にしている白岐さん。
あたしの声が時計台の中に、ぐわーんと広がっていった。
*****
女の子達の名前は、それぞれ小夜子ちゃんと真夕子ちゃんっていうらしい。
彼女たちが自分で自己紹介してくれたんだ。
二人は古代人に仕えていた巫女の持ち物が、長い年月を経て精霊化した存在で、ずっとこの場所で遺跡を見守り続けてきたんだって。
とりあえず平静を取り戻したあたしに、謎掛けみたいな言葉を残して、また消えちゃった。
『九龍の秘宝』っていうのが、天香学園に眠る秘宝の呼称みたい。
『九匹の龍の力を得たものは富と栄光を手にする』
それが秘宝に伝わるエピソードで、でも、具体的にどんなものなのかまでは教えてもらえなかった。
ただ、『王』っていう存在がいて、そいつが白岐さんを狙っているから、守ってあげて欲しいって。
(ううーん)
要領を得ないというか、肝心な部分でお預けを食らっているというか。
(そもそも、協力を要請するなら、相応の情報をよこすべきだと思うんだよね)
こっちだって対処のし様がないじゃない。
ビックリしたあたしがぼやっとしているのをいい事に、一方的にまくし立てられた気分。
だから、やっぱりというか、案の定というか、話の内容殆ど覚えていないんだけど(ゴメンね!)でも、言いたい事は大体理解した、と、思う。
要は、このまま頑張って遺跡探索してくれっていう話なんだ。
白岐さんの事を時計台に幽閉して、みんなの中から彼女の記憶を消そうとしたのは、例の『王』から守ってあげようとした生徒会の苦肉の策だったみたい。
極端すぎるのが阿門君の悪いところだよね、まったくもう。
(まあでも、せっかくのアイディアをあたしがぶち壊しちゃったわけなんだけど)
こうなったらしょうがない、意図せずとはいえ、責任は取るべきだよね。
白岐さんにもそのつもりがあるらしくて、携帯電話の連絡番号を「あなたの為す事を見届けさせて」と一言添えて手渡された。
―――案の定、白岐さんにも正体がばれていたというわけですか。
(はああ)
自信、無くしちゃうなあ。
まあでも、へこたれていても仕方ない、これからの事を考えなくちゃ。
結果オーライ!
あの後双樹さんが撒いた香りは消えて、みんな正気を取り戻したみたいだし、白岐さんにも感謝されちゃった。
気になる事はたくさんあるけど、とにかく行動しなくちゃね。
―――ただ。
あたしは今、自室で遺跡探索に向かう準備を整えているところ。
アレコレ考えてる途中で、不意に皆守の顔が浮かんでくる。
(皆守、元気なかったな)
小夜子ちゃんと真夕子ちゃんと話して、白岐さんから連絡番号を受け取っている最中も、ずっと無言であたしの傍にいた。
行きましょうって白岐に促されて、歩き出そうとして、皆守が動かないから、途中で気付いて振り返ろうとしたら、いきなり頭を叩かれて「行こうぜ」って。
先に行く白岐さんの跡に続いてスタスタ歩いて行っちゃうから、慌てて追いかけたんだ。
寮の手前で白岐さんと別れても、やっぱり皆守は無言だった。
あたしの部屋のドアの前までついて来てくれて、でも部屋に入るつもりはなかったみたいで、ドアの前で「じゃあ、後でな」って。
後でって事は、多分この後あたしが遺跡に潜りに行くのを見越して、ついてくるつもりなんだよね、多分。
(まあ、行かずにはいかないわけなんだけどさ)
だって多分、今夜は―――
あたしは念入りに、銃や弾薬のチェックをして、遺跡探索用の制服に着替えなおした。
刀剣の類も持ったし、薬品関連も準備よし。
ツールの具合も上々、うん、不備ナシ、いつでも行けます!
「―――はああ」
(行きたく、ないな)
床にしゃがみ込む。
今日潜る予定のフロアの、一番奥には多分双樹さんが待ち構えているんだろう。
それを考えると憂鬱、戦いたくない相手と戦わなきゃならない状況なんて、物凄くストレスフル。
(でも)
仕方ないんだよね?
あたしはそのままベッドにおでこをボスンとぶつけた。
沈み込みながら、ウーって唸る。
皆守のことといい、双樹さんのことといい、どうしてこう、ゴチャゴチャしてるんだろう。
あたしはお仕事をしに来ただけのはずなのに、こんな事で悩むなんて。
―――そういえば、あたし、時計台で何されそうになったのかな?
ぼうっとしていたから、よく覚えていない。
ただ意識が混濁して、風景がグニャグニャで、頭の中が真っ白になりかけたとき、誰かが叫んだんだ。
何だろう?
確か、『やめろ』とか、『もういい』とか、そんな言葉だった気がするんだけど。
(でも、誰が叫んだのかもよくわかんないんだよね)
状況的には皆守のような気もするけれど、自分の声だった気もしてるし、うーん?
(まったくわけがわかりません)
「ああもう!」
あたしは立ち上がって、考えるのヤメヤメって頭の上で手を振った。
こういうの、マカの考えカカオに似たりっていうんだもんね、とにかく、わからないことを考えたって、何かわかるわけじゃないんだ、うん。
整頓くらいならできるかもしれないけど。
(根本的に解決しないなら、動くしかないよ!)
端末を取り出して、普通に皆守に連絡しようとして、はたと気付く。
―――あたし、何であいつの事呼ぼうとしてるのかな。
「よッ、呼びたかったから、いいの!」
無理やり理屈づけて、コール。
皆守はやっぱりそのつもりだったらしくて、でもあたしから連絡があったことにちょっとだけ驚いていたみたいだった。
二つ返事で了解してくれて、墓地で落ち合うことにして、通信を切った。
(他の皆は)
まあ、いいか。
窓を開いて外に飛び出す。
いつの間にかすっかり暗くなっていた、12月の風は、あたしのもやもやを吹き飛ばすくらい、冷たく頬に吹いていた。
(次へ)