皆守と並んで歩く、遺跡の中。

墓地で合流したときも、何か変な感じだったけど、今はもっと変な感じ。

(とにかく)

―――会話が、全然、まったく、ありません!

あたしが先行して、後から皆守が付いてきてるんだけど、二人きりの足音じゃ味気ないから、いつもは何かしら話を振ったり振られたりしているんだ。

でも、今日に限って皆守は果てしなく無言で、あたしもそんなつもりになれない。

だから二人きりで黙って歩いてる。

途中で戦闘が起きたときだけ、ちょっとだけ賑やかになるけど、それだってあたしの息遣いとか弾丸の発射音とか爆薬の破裂する音、刀剣の切り裂く音ばかりで、殺伐この上ない。

アイスコープが捕らえた敵影をなぎ払って、バラバラと落っこちていく様子を見下ろしていた。

このフロアは、中央に何かの機械が置かれてあって、その周囲をぐるりと取り囲むような足場が階層ごとに分かれて、壁と機械の周りの両方に設置されてある。

間を細い通路と梯子で行きかう造りになっていて、それ以外の空間には空気以外何もない。

結構高さがあるから、見下ろしても真っ暗で底すら見えないんだ。

(落っこちたら危ないよね)

用心して進まなきゃって、そう思ったときだった。

「あきら!」

久しぶりに聞いた、皆守の声。

反応する前に体が突き飛ばされて、直後、あたしのいた辺りで爆発音とともに何かが炸裂した。

慌てて周囲を見渡したら、通路の反対側で、歪な機械の塊がガッショガッショと揺れている。

(おのれッ)

咄嗟に引き抜いたハンドガンで、足の関節に狙いを定めて数発打ち込んでやった。

機械は奇妙な音声を残しながら、奈落へと落っこちていった。

―――皆守の姿が、見えない。

「み、皆守!」

「ここ、だッ」

足元から小さく、苦しげな声が聞こえて、あたしは慌ててしゃがみ込む。

「皆守!」

皆守は、両手で必死に足場の縁に掴まっていた。

(さっき、あたしを突き飛ばしたとき!)

考える前に体が動いていて、あたしは皆守の腕を掴むと、足場に上がる手助けをする。

男の人って、やっぱり、重いッ

「うぬぬ、ふぬーッ」

両腕が足場にしがみつくと、今度は胴体を引っ張って、二人一緒に頑張った。

ようやく片足、それから、もう片方の足も上がると、四つんばいになって息を吐く皆守の隣で、あたしもぺたんと座り込んで、荒い呼吸を繰り返した。

「あ、危なかったね」

「ああ」

流石に肝が冷えたぜ、とか言いながら、皆守はくるんと向きを変えて座り込む。

長い両足を三角に折って、両腕を後ろにつきながら、上を向いて「ハア」って、小さく呟いた。

「あきら」

「うん?」

「怪我、無いか」

「それはあんたの方でしょ、バカ」

振り返った途端目が合って、何だろう、非常に。

(気まずい)

唐突過ぎる!

咄嗟に目を逸らしたら、皆守が何かに気付いたみたいに「あっ」って声を漏らした。

「何?」

「―――アロマを落とした、クソ」

ため息混じりにがっくり項垂れてる。

あたしは、淵から下を覗き込んでみた。

まあ、いずれ降りるつもりだったし、他の場所の探索は後でもいいかなあ。

(ちょっと時間かかりそうだけど)

でも、そもそもはあたしが原因だしね。

「しょうがないなあ」

立ち上がって歩き出す。

皆守も後からついてきた、もう呼吸は元に戻ってるみたい。

案外、タフだよね。

「ねえ、皆守?」

「うん?」

通路を進みながら、何気なくあたしは皆守に声をかけていた。

「あのアロマパイプ、いっつも咥えてるけどさ」

「ああ」

「あれって、皆守の趣味なの?」

―――答えが無い。

少し間をおいて、微かな笑い声と一緒に「まあ、そんなもんだ」って返ってきた。

(何だろう)

なんか、微妙な反応。

まあ、嗜好品の類が依存症めいた状態になるって事、わからなくもないんだけれど。

(訊いちゃいけない事なのかな)

それって、その、少しだけ複雑な気分、かも。

なんだか胸の内側がモヤモヤしてくるみたいで、でも理由がわかんない。

それきり言葉もなくなっちゃったから、仕方なくほかの事を考えようとした。

でも―――

後ろからついて来てる、皆守の気配とか、靴音。

妙に落ち着かない。

知り合った最初の頃も、やっぱり落ち着かなかったんだけど、今の落ち着かないのは、それとちょっと違う感じ。

スコープ越しの風景や表示される数値を把握しつつ、頭のどっかに引っかかり続けてる。

皆守のこと。

(ヘンだよ、あたし)

フィルが現れてから、ううん、違う、多分それより前からずっと、ちょっとずつ、でも、確実に―――

梯子を降りて、次の通路を渡っていく。

皆守とあたしの距離は、変わらない。

響きあう二人分の足音がやけに木霊してる感じ。

それと合わせてドキドキしてるのは、やっぱり探索中だから、緊張してるわけなんだけど。

(ううッ)

妙だ。

凄くヘン。

ヘンです、ヘンだよ、ヘンだぞーッ

(ああッ、もう!)

最後の梯子を降りたら、石畳の床が広がっていた。

中央の機械は動力炉だったみたい、多分、この遺跡内の色々な設備の動源を賄っているのかな。

皆守のアロマパイプはあの高さから落下したにも拘らず、ちゃんと原形を保っていた。

ただ、火は消えてたんだけどね、やっぱり。

他に石碑やガスマスクを発見したりして、少し気が紛れるかと思ったんだけど、全然ダメだった。

「ガスマスクを利用する部屋があるってことか」

「だな」

どうでもいい言葉を交わしつつ、あたしは考えてみる。

何で、こんなに変な気分なんだろうって。

いつもどおり、アロマパイプを煙らせている皆守。

少し前の泣き出しそうな様子はもう無いけれど、どこか寂しい雰囲気のままの気がする。

こいつとは、天香学園着任と同時に知り合って、それから色々、そう、本当に色々あって―――初めは殺してやりたいくらい、大っ嫌いって思っていたはずなんだけど。

(そういえば、昔)

あたし、高い場所から落ちかけた皆守のこと、うっかり助けちゃって、凄く後悔したんだっけ。

さっきはそんなこと少しも思わなかった。

ただ助けなきゃって必死で、引き上げられたときは凄くホッとしたんだ。

あたしを助けてくれたせいでそんな目に合わせちゃったんだけど、ホントはちょっと嬉しかった。

今も、お仕事半分、残りの半分は皆守のアロマパイプを取りに下りてきたわけだし。

見上げたら、さっきまでいた足場が殆ど見えない。

やっぱり結構距離あったなあ。

―――どうして、なんだろう。

周囲に敵影がないことを確認しながら探索を続ける。

(どうしてあたし、こんなに皆守のこと、気にしてるんだろう)

鴉室さんに襲われたときも、皆守の姿を見た途端、何かが挫けて泣き出しちゃった。

皆守が墨木君に撃たれたときも、怖くて、痛くて、肝が冷えた。

その前も、いつ頃からわかんないけど、あたし―――いつの間にか、皆守の事そんなにイヤじゃなくなってる。

ううん、『そんなに』じゃない。

今は、『全然』なんだ。

皆守のこと、全然嫌いじゃない。

怖くもない。

(どうして?)

じゃあ今、あたしは、皆守の事を―――どう思ってるの?

「あきらッ」

声と一緒に、ガツンとぶつかる。

「はわッ」

思わずふらついたら、そのまま背中でボスンと受け止められた。

目の前に壁。

(ぶ、ぶつかった?)

「何ボーっとしてるんだ」

そんなことじゃ死ぬぞって呆れ気味の声や、吐息が、髪にかかる。

背中越しの温度が温かい。

「―――あきら?」

そのまま硬直しているあたしを、ひょいっと覗き込んできた。

(は、ハッ)

「ななな、なんでもない、のッ」

そのまま飛び出そうとして、アッと声が響く。

ガツッ

「うあ!」

―――また、ぶつけた。

もう一回倒れこみながら、今度はグッタリするあたしを、皆守は後ろからギュッと抱きしめる。

「バカ」

ご、ごもっとも。

でも大きな掌が、しこたまぶつけてヒリヒリしてる前頭葉を優しくさすってくれた。

何だか、格好悪いよぅ。

(そんでもって激しく照れ臭いかも)

ドキドキしながら俯くあたしの耳元で、心配そうな声がする。

「どうしたんだよあきら、お前、さっきからヘンだぞ?」

「ヘンじゃ、ないもん」

「どう考えてもヘンだろうが、普通に歩いて、壁に激突なんかするかよ」

「違うもん、これは、不幸中の幸いだもん」

「は?―――ったく、とにかく、しっかりしてくれ、お前がそんなことじゃ、この先思いやられるぞ」

その一言ではたと我に返った。

(そうだ)

ハンターのあたしが、チャッキリしないでどうするのよ。

注意一瞬怪我一生、死んじゃってからじゃ遅いじゃない!

(目を覚ませ!ヒヨッコハンター!)

ぼやんとしてる場合じゃない。

「う、よ、よし!」

皆守の腕の中を抜け出して、大きく深呼吸した。

(ダメだ、集中しないと)

双樹さんの事もあるんだし。

何とか仕切り直して、そのまま歩き出そうとしたら、皆守が「なあ」って呼びかけてくる。

「ん?」

振り返ったら、皆守は、さっき時計台の前で見たような表情を浮かべていた。

「お前に、訊きたい事があるんだが」

「なに?」

「お前にとって大切なものって、一体何だ」

え?

(大切なもの?)

あたしはちょっとだけ考え込んだ。

大切なものって、たくさんあって、なかなか一つには絞り込みづらいなあ。

(でも、そうだな、あえて言うなら)

「愛、かなあ?」

「愛?」

「そうだよ」

愛っていったって、そりゃ千差万別、色々な形があると思う。

(でも)

「誰かを好きになったり、何かを好きになったりするのは、凄く素敵なことだと思うんだ」

それって半ば、奇跡に近いと思う。

人が起こせる、一番簡単で、一番凄い奇跡。

「愛があれば、大体の事はできちゃうんだよ?」

どんなに辛くても頑張れるし、どれほど大変でも、乗り越えられる。

「頑張る力も、負けない気持ちも、全部、好きだなって思う心から生まれるんだ、あたしはこの仕事が好きだから、続けていられるんだろうなって、そう思うよ」

好きじゃなきゃ、とてもできないことだもの。

皆守の真っ黒い瞳が、じっとあたしを見詰めてる。

気付いた途端、また動悸が早くなってきた。

(うう、は、恥ずかしい、かも)

顔が熱い!

「あ、あのね!」

声が上ずっちゃった!

(ひーッ)

「あ、あの、だからね、好きになるのはいい事なんだよ、だから、あたしの大切なものは、愛ッ」

「そうか」

「うん!」

そのまま俯いて、もう皆守の顔が見れません。

(ああ、物凄く居たたまれない)

顔が熱い。

気持ちを振り切るように、今度こそ『えいっ』と歩き出そうとしたら、急に腕を掴まれた。

驚いて振り返る間もなく、そのまま抱き寄せられる。

皆守の手がゴーグルを無理やり剥ぎ取って、至近距離から目の奥を覗き込んできた。

(み、皆守)

真っ黒い瞳の色、綺麗。

心が吸い込まれちゃいそうなくらい、釘付けになる。

じっと見詰めていたら、フッと瞼が下りた。

ゆっくり近づいてくる気配に、あたしも目を閉じる―――優しいキス、凄く、気持ちいい。

(気持ち、いい?)

ゆっくり離れた皆守は、そのままあたしを放してくれて、片手に移したアロマパイプを咥えていた。

あたしはちょっとぼんやりしながら、ゴーグルを元の位置に戻す。

何だか少しスッキリしたみたい、それに、元気が出てきたぞ?

(なんで?)

「―――よしッ」

やっぱりよくわかんないけれど。

あたしはようやく、本当にずんずかと歩き出していた。

ごっちゃりしたまんまだけど、疑問の答えは、まだいいや。

それ以上にやらなきゃならないことがあるものね、だから、今はそのことだけに集中しておこう。

皆守も何かに区切りをつけたみたいに、いつもどおりの飄々とした雰囲気に治っていた。

横目でチラッと窺って、何だかホッとするあたし。

やっぱりヘン。

「頑張らないとね」

「おう」

頭をポンって叩かれる。

それっきり、皆守はまた何も言わない。

でも、さっきまであった妙な緊張感は、いつの間にかなくなっちゃっていた。

あたしもいつもどおり、お仕事に集中していく。

あらかた探索の終わった最下層から、また上の方を調べつつ、戻っていくために、あたしと皆守は梯子を上り始めた。

 

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