「K→K Junction」
窓の方から不意に聞こえてきた物音に、光は首を向ける。
ここは、天香学園高等学校の男子寮、彼は今自室で私物の整理をしていたところだった。
私物、といっても日用雑貨のようなものは殆ど持ち合わせていない。
なにしろ、とんでもない人違いをされて、半ば強引にここまで連れて来られてしまったのだから、細々した買い物をする暇もなかった。
聞いた事も無い組織の、多分エージェントと勘違いされて、光は今宝捜し屋をしている。
何でこんな事になったのかは自分が一番知りたいところだ、そんな専門のスキルも何も持ち合わせていなくて、たまたま拾った端末に何気なく入力してみたら、それが登録されてしまっただけのこと。
今更、と思うけれど、どうにも事件に巻き込まれやすい自分の宿星を呪いたくなる。
けれど当事者になってしまった以上、生来の生真面目さが災いして、端末を捨てて逃げ出すこともできずに光はこの地に居続けているのだった。
そして心外にも筋のいいハンターとして着実に組織内のランキング上位に食い込みつつある。
もう何がなにやら、わけが分からなかったが、とりあえず明日のため、日々の仕度だけは欠かさず行っていた。
残弾数及び爆薬の個数のチェック、銃火器類の整備及び調整、刀剣の手入れ、調合用雑貨の管理等。
もう大分慣れたが、やはり素手での格闘戦を得意とした自分には少し持て余し気味の感がある。
こんな私物を持ち込んでいるものも、オマケに整頓したり、発注したりしているのも、ここでは自分くらいなものだろうと、改めて溜息が漏れてしまう。
その、直後のことだった。
光は訝しがりながら立ち上がり、窓際まで近づいていく。
―――殺気や妖気のようなものは感じない。邪気もだ。
ただ、何か覚えのある気配がじんわりと伝わってきて、光は一気にカーテンを開けた。
「っわ?!」
夜闇の中、ガラス越しに覗いていた人影に目を丸くする。
『ひーちゃん!』
嬉しそうな声。光を見つけた途端、満面に浮かび上がる笑み。
「きょ」
光はカーテンを握り締めたまま硬直してしまった。
「京一?!」
呆然とする目の前に、よく知っている彼の笑顔がある。
桟に腕をかけて、ここまで登ってきたのだろうか?お馴染みの木刀は背中に背負っているようだった。
まるで如月みたいだ。
京一は、暫らくニコニコと光を見詰めていたが、急にガラスを叩いて『開けてくれ』と口をパクパク動かした。
「あっ、ご、ごめん!」
それで、ようやくショックから抜け出して、光は窓をめいっぱいに開く。
よいしょおっと両腕に力を込めて、京一は易々と部屋の中へ入ってきた。
「よ、ひーちゃん、元気そうだなァ」
「きょ、京一、お前、何でここに」
「ああ、2、3日前にこっち戻ったんだよ」
そういう事を聞いているんじゃなくて!
一体何を聞けばいいのか、どこから話せばいいのか、ごちゃ混ぜになってすっかり動揺している光の様子を、まるで楽しんでいるかのように京一は瞳を細くして見ている。
「どうして、俺がここにいる事、知ったんだ?」
とりあえず、やっとの事で次の言葉を見つけた光に、京一はニッと笑顔を浮かべた。
「俺だって伊達に5年もあっちこっち行ってた訳じゃねえよ、それなりに伝手ってモンができてる、それを使って、な」
「それってどんな」
「ああ、説明すると長いから、気にすんな」
気楽な態度になんだか脱力してしまう。
「そんなことよりひーちゃん、お前、いつからトレジャーハンターなんてやってんだよ」
光は、それこそショックで、慌てて両手を振り回しながら違うと否定した。
「おおお、俺はただ、間違われただけなんだ!本物のピラミッドとか見てみたくて、旅行に行ったらたまたま!」
「ハア、のん気な理由だなあ」
「いいだろ、別にッ」
「ンで巻き込まれてこんな場所まで連れて来られたってわけか?」
一瞬グッと言葉に詰まって、少し赤くなった顔が、俯きがちにウンと小さく答えた。
京一は面白そうに声に出して笑う。
「しょうがねえなあ、相変わらずかよ、5年経っても苦労体質は変わんねえみたいだな、ご苦労さん」
「お前、言うに事欠いて、久し振りに会った旧友に対しての言葉がそれか」
黒髪の下から恨めしそうな金茶の瞳が睨む。
更に愉快な笑い声が部屋に響いた。
「まあ、そう怒るなって」
京一はポンポンと光の肩を叩いた。
「これでも一応、イの一番で会いに来てやったんだぜ」
「え?」
「探すのに日ィ食っちまったけれど、こっち戻ったら最初に会うって決めてたからな」
光はまた少し驚いたように目を丸くする。
「改めて―――ただいま、ひーちゃん」
優しく笑う。
5年の歳月も飛び越えて、またあの頃の気持ちが胸の奥にジンワリと広がっていく。
光は、困ったように微笑んで、それからおずおずと唇を開いた。
「―――おかえり、京一」
おう、と笑って、伸びてきた掌がぐしゃぐしゃと髪を撫でた。
知っている感触に、段々嬉しいような、幸せな気持ちが沸き起こってくる。
嘘じゃない、幻なんかじゃない、偽者でも、思い違いでもない。
京一がまた目の前に、いる。
されるままになりながら光はクスリと笑って、そのうち声に出して、肩を揺らしてアハハと声を上げた。
京一も嬉しそうだ。
「まったく、出て行くときも急なら、戻ってくるときも急なんだから!」
「ヘヘヘ、まあ、風任せって奴だ、俺らしいだろ?」
「何だよそれ、お前、伝手とか言って、変な奴と付き合ってるんじゃないだろうな」
「変じゃないダチが俺の周りにいたかよ、お前も含めて」
「少なくとも俺は違うぞ」
「―――だな」
フッと手の動きが止まった。
そのままスルリと髪を撫でて、頬に触れた。
「お前は、ダチってわけじゃねーから」
指先で唇をなぞる。
「俺にとって、一番大事で、一番信頼してる―――親友で、戦友で」
そのまま唇が近づいてくる。
ウットリと閉じた睫毛が肌に触れた。
キスをするのも5年ぶりで、体中が震えてしまいそうだった。
伸びてきた両腕が光の体をギュッと抱きしめて、光も京一の腕の中で、彼のジャケットを握り締めていた。
初め触れるだけだったキスは、離れていた間に募った思いの深さのままに口腔を求めて、唇を吸って、舌を絡めて、やがて息苦しいほど混ざり合っていく。
勢いに押されて反らせた背中の、腰を引き寄せながら京一はもっと、もっととねだり続ける。
のしかかるようにして、キスをして、やがてどちらも堪らなくなって勢いよく唇を引き離した。
盛大に濡れた音を立てて、グッタリと胸に凭れかかる光の体を京一は抱きとめる。
荒い呼吸が頭上で聞こえて、やがてぎゅうと強く抱きしめられていた。
「きょ、京一」
「ひーちゃん―――逢いたかったッ」
「ん、俺、も」
髪に荒い吐息が触れる。
掌が肩を撫でて、何度も髪にキスをされた。
「なあ、ひーちゃ、ひーちゃん」
「ん」
「俺、もう我慢できそうにない」
「え?」
「やりたい」
「は?」
「今すぐ、お前とやりたい」
慌てて上を向くと、熱く潤んだ瞳と視線がぶつかった。
光はちょっと動揺して、あたふたと言を繋ぐ。
「ちょ、ちょっと待て、今ここでって、ここで?」
「ああ」
キスをされた。
「―――丁度、ベッドあるじゃねえか、早速だけどやらせろ、な、いいだろ?」
ぐいと腰を押し付けられて、どうやらすでに―――準備は万全のようだった。
光は僅かに青ざめて、それからカッと赤くなって、おろおろと京一を見詰める。
優しく、熱く見詰めてくる鳶色の瞳には、どんな答を返されても絶対目的を果たそうとする頑なな決意が見て取れた。
どくん、と、身体の芯が火照っている。
「バカッ、な、何考えてんだ、久し振りに会ったのに!」
それでも理性が邪魔をして、必死に彼をいなそうと声を上げた。
「積もる話も何も無しで、いきなり、そ、そんなことッ」
「エッチの後でしてやるよ、色々、見てきたものとか、たくさん聞かせてやるから」
首筋に顔をうずめて、京一は吸い付くようなキスを繰り返している。
「ああ、ひーちゃん、相変わらずいい匂いだなあ、堪んねえぜ―――早く、挿れてェ」
「な、何言ってるんだ、このバカ!」
掌がするりと臀部をなでた。
全身がビクリと跳ねてしまう。京一が、耳元でフフと笑った。
「声もいいなあ、やっぱお前のこと5年前に攫ってけばよかったぜ、あーくそ、5年分損した」
「何を」
「ひーちゃん」
急に顔を覗き込まれて、一瞬虚を突かれた様子を見逃さずに、光は強引にベッドに押し倒されていた。
二人分の重量が圧し掛かって、スプリングが悲鳴をあげる。
シーツに両手首を捕まえて押し付けて、上に圧し掛かった京一がニッと男前の表情で笑った。
「ひーちゃん」
キスをされる。
下から見上げる、困ったような、そうでないような、複雑な金茶の瞳に、掌にキュウと力がこもってしまう。
「逢いたかった」
「京一」
「お前の顔、見たかった」
「―――うん」
「声も、聞きたかった」
「うん」
「俺もう、我慢できねえよッ」
強引に唇を貪られて、息苦しくなりながら光はスッと全身の力を抜く。
懐かしい感触がシャツをたくし上げて、肌の上をするすると滑り始めた。
その、直後、だった。
「おい、光、いるか?これなんだが―――」
ノックも無しに開かれるドア。
そのまま片手に雑誌を掴んで、後頭部をポリポリ掻きながら文字を目で追いつつ、部屋に入ってきた甲太郎がふと顔を上げる。
直後、掌からばさりと雑誌が落ちていた。
物音に気付いて振り返った二人は、その場で固まっている彼の姿に気付く。
「こ!」
光も直後に固まってしまった。
思わぬ邪魔が入って、京一だけが怪訝な表情で甲太郎を睨みつける。
「ああ?何だてめえ」
「こここ、甲太郎ッ」
「甲太郎?こいつの名前か、ひーちゃん」
光は冷や汗を垂らしながら固く唇を結んでいる。
この状況、そしてこの状態、一体何をどう説明したらいいのだろう。
頭の中が真っ白に染まって、上手い言葉が何一つ浮かんできてくれない。
「そ」
甲太郎の口から、一言漏れた。
「そ、そ、そ」
わなわなと肩が、いや、全身が震えている。
次の瞬間、雑誌を持っていたほうの手を突き出して、京一を指差しながらくわっと目を剥いた。
「そいつは誰だッ、光!」
息を呑む光の上で、京一がゆらりと立ち上がった。
(長すぎ、続くよ)修羅場…