「今年最初の朝を」

 

 目が覚めた。

辺りはわずかの光も無い。漆黒の闇だ。

甲太郎はどうして目が覚めたのかと困惑気味に眉を寄せた。

眠りが浅かったわけでも、ましてやこんな訳のわからない時間に起きてしまうような性分でもない。

寝ぼけた頭をぐるぐる巡らせていると、何か聞こえてくる。

コンコン。

叩く音だ。

億劫気に首を曲げると、音源は窓からのようだった。

コンコン。

しばらくぼんやりして、直後にベッドから飛び起きていた。

(おいおい、ここは二階だぞ?!)

恐る恐る窓際に近づいて、一気にカーテンを引き開けると、そこに唐突に見慣れた笑顔を見つける。

「あ、晃?!」

ぎょっとして、慌てて鍵を外して大きく窓を開け放った。

冷たい外気が大挙して流れ込んできて、それと一緒に晃がよいしょっと桟に腕を乗せた。

「よお、甲太郎、久し振り」

「お、お前、なんでこんな、いや、そもそもどうして窓になんか」

質問事項が多すぎて、甲太郎は上手く口が回らない。寒さのせいもあるだろう。

晃はアハハと笑いながら部屋に入ってきた。

窓辺で律儀に靴を脱ぐと、縁にかけていた金具を外し、ロープを引き上げて、窓を閉じる。

改めて向かい合って、鼻をすすりながらニッコリと微笑まれた。

「元気そうだな、ま、あれからまだちょっとしか経ってないけど」

「どうしてここにいる、次の仕事先に向かったんじゃなかったのか?」

混乱した脳裏に、別れを告げたあの日のことが蘇っていた。

まだ片手で数えられる程度しか時は過ぎていない。

なのに、どうしてお前がここにいるんだ。

呪いの解けたこの地に、宝捜し屋の興味を引くようなものなど何も無いというのに。

「まあ、そうなんだけどね」

晃は何の気兼ねもない素振りでアハハとまた笑った。

相変わらずの様子に、甲太郎の瞳がスッと細くなる。

「仕事、途中だけど抜けてきたんだ」

「どうして」

「これから初日の出見に行こう、日本はまだだろう?」

は?と言って目を丸くする甲太郎に、早く支度をしろと勝手にクロゼットの中身を物色し始める。

「ちょ、ちょっと待てよ!」

あまりの展開の速さに、こちらはすでに置いてきぼりだった。

晃が唐突に戻ってきたことも、こんな真夜中にたたき起こされたことも、そしていきなり初日の出を見に行こうだなんて、俺は一体どんな反応をすればいいんだ。

晃は、お前にはこれが似合うな、パンツはこっち、おお、このジャケット新品じゃないか、よしこれを着ていけなどと勝手な事を言いながらどんどん服を放り出している。

散らばった衣類を見下ろしていると、振り返って少し困った顔で見つめ返された。

「早く着ろよ、間に合わなくなるだろう?」

「お前な、どういうつもりだ、説明しろ、大体どうして」

「いいから早く着替えなさい、これは命令です、YOU COPY?」

むっとしていると、ポンポンと肩を叩かれる。

そのままいきなり指先で額を弾かれて、唖然とすると、イタズラな笑顔が首をかしげた。

YOU COPY?」

「何を」

I COPYって言うんだよ、知らないのか?」

「意味は」

「了解」

間を置いて甲太郎はやれやれと溜息を漏らす。

一体―――何だって言うんだ。

まったくもって相変わらず滅茶苦茶だ。

言動も、頭の中身も、突飛過ぎてこちらは着いていくのがやっと。

けれど、そんなことお構い無しに晃はどんどん先を行く。

普段なら息切れしてしまいそうなものだけれど、何故かそれが苦でなくて、おまけに晃は的確なタイミングでちゃんといつでも待っていてくれる。

抜かりがない。

普段あれだけボヤヤンとしているくせに、要所々では確実に決める。

だから誰もが心惹かれてしまうのだろう。付き合っていると、迷う事がないから。

いい加減慣れたと、甲太郎は肩の力を抜いていた。

どちらにせよ言い出したら聞かない男なのだし、それならいっそペースに巻き込まれてしまったほうが楽だ。

詳しい説明は後でもいいだろう。

面倒になったのも手伝って、甲太郎は素直に頷いていた。

直後に、晃がさっきの言葉をもう一度、瞳を覗き込みながら繰り返した。

YOU COPY?」

「はいはい」

「甲太郎!」

―――I COPY

よろしいと満足げに微笑むので、直後に盛大な溜息を漏らす。

勝手に引っ張り出された服に着替えて、靴を取って来いというので億劫がりながら用意した。

アロマパイプを片手に取ると、晃はその手をじっと見詰めた。

「何だ?」

「いや、やっぱり甲太郎はそれだよなあと思ってさ」

「フン、相変わらずで悪かったな」

「構わないさ、だってもう、そうじゃないんだろ?」

確認しているわけでない口調に、甲太郎はフッと笑って「まあな」と一言だけ答えた。

すっかり慣習になってしまったから、手放せていないだけだ。

いずれ甲太郎にはパイポが必要になるだろうな、何なら今度プレゼントしてやろうかなどと調子に乗って続けるので、晃の脳天に容赦ない手刀を叩き込んでやる。

「イッタ!お前、何するんだ、このヘビースモーカーめッ」

「うるさい、これはタバコじゃない」

「知ってるさ、それくらい、くそう、すぐ腕力に訴えやがって」

窓を開けて、金具を引っ掛けてロープを垂らす。

「オイ」

「何だよ」

「まさか、これで下まで降りろって言うんじゃないだろうな?」

「別に平気だろ?慣れてるじゃないか」

「お前な」

突っ込んでもやはり聞くような晃ではなくて、体にロープを巻きつけてスルスルと降下を始めてしまった。

甲太郎は呆れ気味に上から見下ろす。

一階の植え込みの脇に降り立つと、窓を仰いでサイン代わりに大きく手を振り回すので、やれやれと観念してロープを握った。

すぐ手に馴染む感触に、不意に苦笑いを浮かべてしまう。

「まさか、またこんなことをするハメになるなんてな」

甲太郎は手早くロープを体に回し、降りる直前、窓を閉めて、それから一気に地上まで下った。

着いてすぐ背中に触って、ジャケットの表面がこすれていることに気付き、わずかに顔を曇らせる。

「あーあ、お前が無茶させるから、せっかくの新品がもう汚れちまったじゃねえか」

「気にするな、服ってのはいつかボロになるもんだ」

「あのなあ」

回収したロープを晃は甲太郎に差し出した。

「これ、帰ったら部屋に入る時に使え、お前にやるよ」

いらねえ、と押しのけようとして、甲太郎はふと手の動きを止める。

―――サンキュ」

受け取った表情をちょっとだけ覗き込んで、晃はくすっと含んだように笑った。

「何だよ」

「何でもありません」

舌打ちをしつつ、パイプの金具をわずかに噛む。

心の中を見透かされたような、落ち着かない、そんな気分にさせられる。

じゃあ行こうと晃の声が夜闇を揺らした。

「予定じゃ、今から向かってギリギリだ、ちょっと急がないと」

「どこに行くつもりだ」

「ついてくればわかる」

それ以上の説明も無しにサッサと歩き出してしまう。

後姿を目で追って、甲太郎は軽く溜息を吐いていた。

こんな感覚は随分久し振りだ。

晃がいなくなって、片手で数えられる程にしか日々は経っていないのに、懐かしく感じるのは何故だろう。

彼が学園に在籍していた頃と同じようにまた振り回されて、それでもやっぱり甲太郎は苦笑いを浮かべながら付いていってしまうのだった。

「まったく、厄介だぜ」

手にしていたロープをとりあえず近くの草むらに隠して、小走りに後を追う。

こんな風に縦列で、この男の背中を見ながら歩くと、あの頃が蘇ってくるようだ。

天香学園で『仕事』をしていた時の晃を。

甲太郎はフッと微笑を浮かべた。

 

時刻は深夜。

月は無い。星明りが気持ち程度に瞬いている、漆黒の、深い、深い、闇の中。

人工の光の合間を縫って、二人は長い影を引きずりながら真夜中の学園を抜け出した。

 

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