R-style 4

 

 自室でH.A.N.T端末を操作していた晃の耳に、控えめなノックの音が響く。

「はい」

首をめぐらせると、ドアの向こうから聞きなれた声が返ってきた。

「晃、ちょっといいか?」

「甲太郎?」

そうだ、俺だという言葉に次いで、入るぞと一声かけてドアノブがまわる。

鍵はかかっていなかったので、甲太郎は何の障害もなく晃の部屋に足を踏み入れる事ができた。

「端末いじってたのか」

隣から画面を覗き込む横顔を見上げて、晃はわずかに首をかしげた。

「どうした、こんな時間に」

時計は12時を指している。

いつもの睡眠過多な彼の生活リズムなら、今頃はすでにベッドで寝息を立てているはずだ。

甲太郎はうんとかああとか、あいまいな返事で語尾を濁しながら液晶画面に見入っていた。

詳しく理由を問いただそうかとも思ったが、結局は何も言わずに晃もモニタに視線を戻した。

ロゼッタ協会に届けられた依頼メール。

この三ヶ月間で幾多の仕事をこなしてきた彼の元には、信頼厚い依頼主から連日大量の依頼が舞い込んでくる。

中には某国大統領や、財政会の中枢にいるような大物依頼主もいて、彼らの支払いはかなり羽振りがいい。

その中からいくつか吟味して、次の目的地でとりあえずの仕事内容を決めようとしていた。

 

―――晃の元に、次の遺跡への派遣依頼が協会から届いたのは昨夜のことだ。

 

ほんの23日前、九月末から開始したこの天香学園地下深くに広がる遺跡調査も無事終了し、今回の任務は一応の完了を見た。

地下から出てきた自分たちを待っていたのは仲間の温かな出迎えと喜びの言葉であり、そしてロゼッタ協会の人間までがすでに何人か姿を見せていた。

驚いて事情を聞けば、道というコードネームのハンターから天香高校地下の遺跡に眠る「秘宝」の入手に成功したとの報告を受けて、急遽この地に赴いたとのことだった。

更に詳しく尋ねて、その男が榊 玄道だと知り、晃達は二度驚かされた。

なんでも彼は晃より随分前からこの地に潜伏を果たしており、晃同様、協会の依頼で遺跡に眠る「秘宝」のありかを追い求め、密かに情報を集めていたらしい。

晃が地上に戻ったとき、すでに手柄は横から彼に攫われてしまっていたというわけだった。

事情を知った甲太郎や明日香などはまるで自分事のように腹を立てていたようだったが、晃は驚きこそすれ何やらすっきりした清々しい気分で、今は地中深くうずもれた遺跡の跡を見詰めていた。 

神になることで人である苦痛から逃れようとした男は、最後は人に戻り、天に召された。

その時の感動や光景を自分は一生忘れないだろう。

この学園でのひととき、それはこれからの長い人生の中でほんの一瞬のことでしかないけれど、晃にとってはかけがえのない時間だった。それは掛け値なしで真実だと言える。

自分はもう、この遺跡で「秘宝」を手に入れていたのだから。

それに、実を言えば協会への定時連絡は欠かした事が無かったし、「秘宝」そのものは榊の手によって見つけ出されたけれど、今回の調査の功績はちゃんと本部に記録されているだろう。

何もかも掠め取られたわけでもないので、実際被害らしいものなど殆どない。

それが証拠に協会は晃に遺跡についての詳細な報告書を求めてきたし、ほぼ時間を置かずしてこの―――

 

次の派遣依頼メールが、届けられたのだから。

 

今回はここよりはるか遠い異国の地で見つけられた、比較的難易度の高い遺跡の調査及び発掘と、秘宝の保護が任務内容だった。

メールによれば荷物をまとめ次第即刻向かって欲しいとのことで、学校側の手続きは晃がここを去ってすぐ協会が手配してくれるらしい。旅客機のチケットは日付だけ未記入で用意してあった。

身の回りの必要最低限の荷物と、この端末、そして、旅券を持って空港へ行けば、そのまま次の場所へ飛べる算段になっている。

協会が自分に期待してくれている事が、正直とても誇らしく、また嬉しかった。

手持ちの不必要な荷物を全て処理して、クロゼットの中に置きっぱなしだったトランクの中身はすでにきっちり整理が済んでいる。

ただ、あたりに怪しまれないように、普段来ていたものやインテリア品は全くの手付かずになっていた。

晃が急に姿を消しても、何日かは誰も気付かないだろう。

全てここに置いていくのだから。

身一つで遺跡を駆けずり回る、自分にそれほど多くのものは必要ない。

銃器と、刀剣、協会と連絡を取るためのこのH.A.N.Tに、自分の命。

それだけあれば事足りる。思い出は胸の中にあるから、荷物にはならない。

だから、いつもと代わり映えしない部屋で、晃はいつものように端末を覗き込んでいた。

明日早朝にここを立つ。

そんな気配すら見せずに。

 

「晃」

モニタを見たまま甲太郎が口を開いた。

 

長いので分割、続きはここから