※ゲーム未クリアの方はお読みになられませんよう、ご注意申し上げます。

1st-Discovery

 

「ねえねえ、知ってる?」

「転校生のこと?」

「やっだうそ、情報早すぎ、せっかく驚かそうと思ったのに」

「残念でした、エヘヘ、確か3-Cでしょ」

「そうそう、男子だってね」

「マジで?どんな子だろ、イケてたらチェックしとかないと」

「アハハ、何それ、本気なの?」

「だってわかんないじゃん、人生何が起こるかなんてさあ!」

 

皆守は億劫気に階段を登っている。

朝のこの時間が一番面倒だ。人は多いし、何より雑音が酷い。

こいつらはよくもこんなに話すことがあるものだなとつい感心してしまう。

必要な言葉なんて、絞っていけばかなり少ない。

無駄口を叩くことがいけないとは思っていないけれど、騒ぎすぎるのも苦手だった。

ふわり、アロマが香る。

ラベンダーの匂いを鼻腔に感じながら、重くさび付いたドアを押す。

その向こうに広がる青空を見ても、彼の物憂げな眼差しになんら変化は現れなかった。

面倒くさそうに長い足を運び、給水等の脇、定位置に腰を下ろしてフウと溜息を吐く。

今日はクラスに転校生が来るらしい。

三年の、しかもこんな時期にやってくるのだからきっと大層なタマだろう。

お友達になりたくないタイプの人間に違いない。

聞いた話では海外生活が長かったとのことだが、大方どこかで一騒ぎ起こしてここへ送り込まれた厄介者の口実だろうと踏んでいた。

この―――外界から切り離された学園へ。

「アロマがうまいぜ」

紫煙は空の青に溶けて消えた。

寂しい唇の友は片時たりとも手放せない。

積鬱とした心に、唯一慰めを与えてくれる甘い花の香り。

見上げると少し眩しくて、瞳を閉じてようやく落ち着くようだった。

このまま、いつものようにゆるゆると眠りの縁に落ちていく。

何も変わらない日常。

サッと吹き込いてきた風に髪を揺らされて、ふと見開くとアロマの火が消えていた。

小さく舌打ちを洩らして、懐から取り出したオイルライターで火をつけなおす。

「厄介ごとは、ゴメンだぜ」

何に向けた言葉でもなかったが、何となく、そんな気分が胸中をよぎっていた。

 

(カチャン)

小さな物音で目が覚めた。

けれど瞼は下りたままなので、傍目からは寝ているように見えるだろう。

皆守は気配を窺っていた。

男と、女が一人ずつ。

女の方はすぐにわかった、このうるさい声はクラスメイトの八千穂明日香だ。

けれど、男の方はどう考えても思いあたる人物がいない。

ひょっとして―――転校生、か?

程よく低音の耳ざわりのいい声を聴く限り、それほど要注意人物でもない気がしてくる。

八千穂が余りにはしゃいでいるので、鬱陶しくなって思わず口を挟んでしまった。

「うるせェなあ、転校生ごときで盛り上がりやがって、おめでたい女だ」

パタパタと足音がして、回りこんできた八千穂が驚いた声を上げる。

「皆守君!」

呼ばれて気だるげに瞳を開くと、見慣れた八千穂の少し後ろに見慣れない姿が立っていた。

学生服をきっちり着込んで、すらりとした体躯、漆黒の髪、瞳の色も黒だというのに、皆守には一瞬赤く輝いて見えた。

思わずまともに見詰めてしまった。

程よく日焼けした健康そうな少年は、ニッコリと会釈を返してきた。

―――何だ、想像よりずっとまともそうな奴じゃないか。

降り注ぐ陽光に縁取られて、全身がまばゆく光り輝いているように思う。

まるで光そのものだ。

俺とは対照的だなと、シニカルな囁きがどこからか聞こえた。

何だか毒気を抜かれたような気分がして、ついフラフラと立ち上がってしまった。

「ったく、こう騒がれたんじゃおちおち昼寝もしてられねえぜ」

向かい合って立つと視線が少し上を向く。こいつのほうが背が高い、約一センチの差といったところか。

「皆守君、朝からずっとここにいたの?」

「ああ、まあな」

皆守はアロマパイプを燻らせる。

教室などという、あんな薄暗い檻の中にいるよりも、ここのほうがずっと魅力的だ。

空は近いし、風も吹いている。鳥の声、木々のざわめき、人々の声、それらの醸し出すハーモニーは、この上ない誘眠効果を伴って夢という安息の地へいざなってくれる。

屋上で過ごす至福のひととき。

邪魔をされて、普段なら不機嫌に立ち去るだけなのに、まだ話しかけるつもりでいる自分自身がわからない。

「なあ、それって煙草なのか?」

急に指摘されて、振り返ると、転校生は興味深そうに皆守の口元を眺めていた。

フッと笑いながらパイプを指で挟んで顔の傍に近づけてやる。

「違う、こいつはアロマだ」

「アロマテラピー?」

「そうだ」

「この香りはラベンダーだな、乾燥させた花や葉を何種類かの植物とあわせて紙巻にしてあるのか、学名ラバンデュラ・アングスティフォリアまたはオフィキナリス、主だった原産国はイギリス、中枢神経をリラックスさせて、躁鬱やストレス、不眠症なんかに効能を発揮するっていう」

皆守と八千穂は、揃ってあんぐりと口を開いた。

―――お前、詳しいな」

「えっ」

「ホントホント、私もビックリしちゃったよ!玖隆君って何でも知ってるんだねえ!」

「玖隆?」

「何?」

転校生が返事をする。

「あ、いや」

皆守はなぜか慌ててアロマを持っているほうの手を振った。

「そういえば自己紹介がまだだったな」

気安い笑顔がニッコリと姿勢を正した。

「俺は玖隆晃、転校してきたばかりで知らないことだらけなんだ、よろしく、仲良くしてください」

なんだこいつは、ちょっと様子がおかしいんじゃないか?

妙に親しげな、それでいてどこか一本線引きされているような態度に、ほんの少し警戒心が首をもたげる。

よろしくと差し出された手をついうっかり握り返してしまって、皆守の混乱はますます深まった。

「そうだ、転校生」

まるで思い出したかのように話題をふって、自分でも白々しかったかもしれないなどと直後に後悔する。

幸い、気付かれずに済んだようだ。

「お前が楽しい学園生活を送りたいなら、ひとつだけ忠告しておく」

話すうちにだんだん気持ちが落ち着いてきた。

そうだ、この感覚、これこそが俺だ。

アロマの紙巻を一吸いして、悠々と煙を立ち上らせた。

取り乱すなんてらしくない、それこそもう何年も、こんなことは無かったはずなのに。

(急にどうして)

自身の中の思いに、答えを出さずに視線を背ける。

「生徒会の連中には目をつけられないことだ」

その名前を口にするたび、言いようのない想いが胸の奥で交錯する。

「いいな?」

「生徒会って言うと、学内の生徒で構成された、同じく学内の生徒たちを統括する組織のことだな」

そんな当たり前の事をいちいち確認する必要もないと思うのだけれど。

「ああ、そうだ」

皆守はアロマをふかした。

「なるほど」

転校生―――玖隆は、何か考えているようだった。

「わかった、気をつけるよ」

案外あっさりした答えに、少しだけ拍子抜けする。

もっと色々聞かれるかと思っていたのだが。

(まあ、面倒は少ないに越したことは無いか)

皆守は納得して、ああと返事をした。

「ま、これも同級生のよしみって奴だ、忠告はしてやったからな、後は勝手にしろ」

そのままふらりと背中を向ける。

八千穂の声がどこへ行くのと呼びかけてくる。

「ここはうるさいからな、他所に寝床探しだ」

屋上の扉を開けて、騒がしい校内に踏み込んだ。

せっかくの憩いのひとときを邪魔されてしまったが、それほど悪くも無いタイミングだ。

昼食時だし、腹も減っているから、マミーズに行って食事ついでに時間を潰そう。

「玖隆、晃、か」

思わずこぼれた一言に、皆守自身ぎょっとして危うくパイプを落としそうになってしまった。

どうしてあいつの名前がここで出てくる。

いや、それ以上に、俺は何を動揺している?

さっきから、あいつが現れてから、どこか変だ。何かがおかしい。

階段の途中で、ふと足が止まっていた。

「まさか、転校生だからっていうのか―――

この学園においての「転校生」という存在と、それが持つある種特別な意味。

あんなのん気な野郎に当てはまるとも思えないけれど、転校生だからなのか。もしかしなくとも。

皆守はアロマの香りを深く吸い込んでいた。

忌々しい。

人のことなど、どうして気にする?

俺は何を考えているんだ。

あんな奴、どうでもいいだろう。ただクラスが同じ、それ以外何も無い。

「俺には、関係ないことだ」

言葉はすんなり馴染んでいった。

徒党を組んで楽しげに笑う生徒達の合間をすり抜けながら、日常はいつものような気だるさを取り戻しつつあった。

 

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