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11th-Discovery

 

 廊下に出た途端、瞳孔を刺してくる眩い朝の輝きに瞳を眇めていた。

「どうですか、夕薙君の具合は」

振り返るとドアのすぐ傍に神鳳の姿を見つける。

玖隆は心配いらないと穏やかに笑ってみせた。

「瑞麗先生がついていてくれている、とりあえず、大事無いみたいだ」

「そうですか」

どことなくホッとした様子に、玖隆も少しだけ肩の力が抜けていた。

ほんの数時間前には生徒会の魔人として立ちはだかっていた男は、今はこんなにも穏やかな顔をしている。

墓守でなくなった人間は誰も、すがすがしい姿と心を取り戻すようだ。

彼らは一様に「生まれ変わった」的な事を口にするけれど、それは恐らく違うのだろう。

本来押し込められていた純粋無垢な部分が、枷がなくなったために露出しただけだ。

人は、生まれ変わる事など出来ない。

何故なら皮膚細胞は日々入れ替わっているし、昨日と今日は同じでは無いけれど、それらは連続したひと繋ぎの時によって成り立っているのだから。

ならば、生まれ変わったのではなく、好転し始めたと表現すべきだろう。

前と、今と、同じだけの質量と思い出を抱えて、それでも人は変わる事ができる。

少しずつ、けれど、確実に。

世界を拒まず、そこにあるものをただ受け入れるだけで、いつでも新しい自分になれる。

やり直すことができる。

死者の楔から解き放たれた人間が、そしてここにもまた一人。

神鳳はいささか心配気味に夕薙の部屋のドアを見詰めてから、振り返っていた。

「まあ、瑞麗先生がついていれば大丈夫だと思いますが、それより玖隆君」

「何だ」

「君も、これからは気をつけることです」

表情に険しいものが混ざる。

生徒会役員書記に次ぐ、第二の刺客、会計担当。

「夷澤は、僕や双樹さんのようにはいきませんよ、彼は危険すぎる」

次に現れるのはどうやら―――副会長補佐役、夷澤凍也であるらしい。

最近よく彼を見かける。眼鏡の気ぜわしい後輩の姿が脳裏によぎっていた。

一所懸命に肩肘を張って、精一杯背伸びをしているような、あの男。

神鳳がわざわざ忠告してくるのだから、それでも実力は確かなのだろう。

でも、と玖隆は内心首を傾げていた。

どうなのだろう彼は。

会話らしい会話を交わしたこともないけれど、常に何処か違和感を伴う感じがする。

気にしすぎだろうか。

様子を伺う神鳳に、玖隆はニコリと微笑を浮かべた。

「ありがとう」

一つ間を置いて、神鳳は軽く「やれやれ」と溜息を漏らしていた。

「楽しそうですね」

「そう見えたか?」

「まあ、貴方ならば、僕の心配などは杞憂なのでしょうが―――そうだ、君にこれを渡しておきましょう」

ポケットから取り出した何かを差し出される。

受け取ると、それは鍵だった。

「僕が部長を務める弓道部の部室兼練習場、弓道場の鍵です」

「いいのか?」

「スペアーですから御気遣いなく、けど、失くさないでくださいね」

なるほど、と玖隆は笑って、頂いた鍵をありがたく胸のポケットにしまった。

これでまた探索できる場所が増えた。

「これからはいつでも弓道場に遊びに来てくれていいですから」

「出来ればご指導いただきたいなあ、俺は、アーチェリーの訓練ならしていたけれど、日本古来の弓技にも興味があるから」

「それは、お仕事の?」

「知識は多いに越した事は無いからね、経験も」

「ならば貴方のご都合の合うときにいつでもどうぞ、部活動中でしたら、僕手ずから教えて差し上げましょう」

「厚待遇だね、助かるよ」

では、僕はこれで失礼しますと言い残して、神鳳の長い髪がスルリと流れた。

踵を返して去って行く背中を見送りながら、昨晩から今朝にかけての出来事を玖隆は反芻する。

神鳳、八俣遠呂智、そして夕薙と続いた連戦。

彼の重く苦しい過去、そして、その身に負った十字架。苦しみの理由。

望むもの、追い求めていたもの。

老人の姿に成り果てて、倒れた夕薙を彼の自室に運び込んだ直後、神鳳が養護教諭と共に到着した。

診察の合間、柄にもなく不安なひと時を過ごし、とりあえず命に別状がない無いとわかった瞬間は思わず溜息が漏れてしまった。

ポンと肩を叩かれて、振り返ると皆守が気遣うような顔で笑ってくれたので、その姿に随分励まされた事を思い出す。皆守の笑顔は、いつでも玖隆に活気をもたらしてくれる。

けれど彼は、直後にすぐ部屋を出て行ってしまった。

大の男が雁首並べて、野郎の心配をするのも不気味だと、失礼な事を言い残しながら。

「ああ、カウンセラー」

「何だ」

「この馬鹿の怪我も診てやってくれないか、ま、そんな心配いらないだろうが、アンタがここにいるならついでだ、オマケのつもりでよろしく頼む」

さらりと言い捨てて、ドアがバタンと閉まり、一同はなんとも言えない表情で顔を見合わせていた。

―――玖隆よ」

「ハイ」

「愛されているな?」

「ううん、その辺微妙なんですよねえ、アイツって案外世話焼きだから」

「本当に素直じゃない人ですね」

三人は同じように苦笑いを浮かべる。

とりあえず夕薙の処置が一段落着いたら診てやろうと言われて、玖隆はおとなしくその言葉に従うことにした。

実を言えばこの程度の傷、きちんと手当てして、何日か開かないように気をつけていればそのうち治ってしまうのだけれど、皆守がわざわざ頼んでいってくれたのだし、何より本職の養護教諭がそのつもりでいるようだから、ついでだ、診ていただこう。

ロープを登攀した際、患部はまた少し開いてしまったようだった。血の滲む感触に、そっと手をあてる。

「ところで玖隆」

「はい」

「君は、バイオタイドというものを知っているか?」

「生体潮汐、バイオタイド理論の事ですね、人の心理、肉体などに月の満ち欠け、つまり引力が影響を及ぼしているという」

「ほう、中々博識だな」

瞳を細くして、満足げに頷いた養護教諭は、更につなげて夕薙の病とバイオタイドの関連性を話し始めた。

事実、月光を浴びた途端急速な変化が起ったのだし、彼女の話はあながち的を外してはいないだろう。

ただ、それがどのような影響を、どういった段階を踏んで夕薙の身体に及ぼしているのか、その辺りの具体的な解明は多分容易なことじゃない。

それに、バイオタイドの話はあくまで要因の一部分でしかないような気がする。

こんな状態で、それでも内臓機能が変調をきたしていないのはある意味驚きだと、瑞麗は夕薙の姿をしげしげと見下ろしながら呟いていた。

月光の元から連れ出された彼は見る間に元の姿に戻っていったが、相変わらず衰弱がひどくて、今も苦悶の表情を浮かべたままでいる。

「大学病院にでも診せようものなら、研究材料にされて学会にでも発表されかねないだろうさ、正に、神の奇跡か悪魔の業か」

それは協会のラボの人間も似たようなものだと、玖隆がぼんやり知り合いの顔を思い出していた時だった。

「どちらでも、ない」

苦しそうに呻いて、夕薙が目を覚ましていた。

「この体を蝕む病は、救えたはずの女の面影が俺に見せている夢さ、もっと、俺に力があれば」

彼女は今もあの笑顔を見せて暮らしていたはずだ―――

胸の辺りで小さく金属音が響く。

玖隆は無意識に、襟より少し下辺りを握り締めていた。

「おや、気づいたか?」

養護教諭がまだ寝ていたほうがいいと制止するのを押しのけて、夕薙は玖隆に、君に話しておかねばならない事があるんだと半身だけベッドから起き上がった。

―――すまないが、あんたは出て行ってもらえないか?」

言われた神鳳は、もの言いたげな顔を夕薙に向けて、それでも結局、素直に部屋を出て行った。

「先生も、すいませんが」

「馬鹿を言うな、私は君の手当てをしに来たんだぞ、患者の都合で追い出されてはたまらん」

「しかし」

「夕薙、俺は別に構わない」

夕薙はふと玖隆に視線を戻すと、僅かに逡巡して、やがてそうかと肩の力を抜いた。

「すいません先生、けれど、これから俺がする話は他言無用でお願いします、出来れば何も聞かなかった事に」

「わかっているさ、生徒のプライバシーを守るのも、教員の務めだ」

瑞麗は椅子の向きを変えて、こちらに背中向けるようにして座りなおした。

彼女の気遣いに、玖隆は夕薙と顔を見合わせて、少しだけ微笑んでいた。

「玖隆」

呼ばれて、ベッドの傍らに立つと、夕薙の口調が急に強い響を帯びる。

「君は、喪部をどう思っている?」

唐突な質問に多少面食らいながら、玖隆は正直に思うところを答えた。

「どうとも、ただ、気にはなっているな、あいつの思想は多少問題アリ、だ」

「そうか、警戒しているなら、それでいい」

奴も、君と同じように、この学園に隠された<秘宝>とやらを探している。

そう前置きをして、夕薙は、彼が入手した情報を全て開示してくれた。

天香学園高校地下深くに存在する、遺跡に関係するだろう、様々な歴史的証言や背景、そして、それらから連想される、今後玖隆の前に立ちはだかるであろう、具体的な障害の姿。名前。

様々な事象が奇妙な符号点を伴って、ここに潜む闇と密接に繋がりあっている。

それは人であり、現在であり、過去であり、神という名を冠した何者かの存在。

太古に栄えた蝦夷たち、東方のまつろわぬ民、それらを束ねていた長髄彦。

荒吐族と邇芸速日命、そしてその子孫、物部。

「どうだ、喪部と名前が似ているとは思わないか?」

「そうだな」

夕薙は更に、物部氏に関しての情報も与えてくれた。

この短期間の間によく調べたものだと、玖隆はその知識量に深く感心していた。

自分でも、天香学園遺跡に関わる伝奇や伝説の類では、古事記や日本史記からの解読がやっとだったのに。

「この遺跡について、喪部が何も知らないはずがない」

仮説からの推論ではあるが、事実彼には胡散臭い雰囲気が常に付きまとっている。

俺なんかにそう思われたらお終いだなと、内心皮肉な笑みが漏れていた。

「俺が君に喪部に気をつけろといった意味がわかるだろう?俺は―――

直後にクッと呻いて身体を折り曲げた夕薙に、振り返った瑞麗が、すぐ容態を窺いながら無理をしすぎだと彼を叱る。

多分、話をするのも辛かったのだろうと、玖隆は手伝って夕薙の身体を横たえた。

夕薙は、その手を強く握り返してきた。

「これが、俺の知っていることの全てだ」

今すぐにでも途切れてしまいそうな意識を必死に引き止めて、夕薙は玖隆の瞳の奥を、なんとも言えない様子でじっと見詰めている。

「気をつけろ、お前の敵は、生徒会だけじゃない」

「夕薙」

「気をつけろ、玖隆、気をつけて、くれ、俺は、君に―――

そのまま声は小さくなって、やがて、糸が途切れるように、夕薙の全身から力が抜けた。

養護教諭はあちこち窺って、意識を失っただけだと玖隆に告げた。

「あれだけ衰弱していたのに、大した精神力だな」

玖隆はまだ夕薙の姿を見つめていた。

戦うことも辞さないと、それほどまでに真理を欲していた夕薙。

彼との戦い自体に関して、玖隆は一切の悪い感情を抱いてはいない。

本気の想いであれば、それを貫き通そうとするのは万人に与えられた権利であるのだし、玖隆自身、望みのために夕薙と刃を交えたのだから、元を質せばお互い大差ないだろう。

その上で、これまで彼がもたらしてくれたものや、与えてくれたものの大きさを考えれば、嫌悪感など沸くはずもない。

敵である前に、友であったのだから。

その友が一度振りかざした武器を捨てて、再び手を伸ばしてきたら、何度でも繋ぎ直したいと思う。

それが俺の愛情であり、友情の形だ。誰かを裏切る事は、まず自分自身を裏切る事だ。

一度や二度の衝突でくじかれてしまうような弱い感情など、何より玖隆自身が自分に認めたくない。

俺は、俺のエゴで、ここで縁を結びあえた彼らを大切だと思っている。守りたいと願っている。

求めるなら、何度でもこの手を伸ばしてみせる。

幾らでも、欲しいままに、望むなら、その望みのままに。

たとえ何が起ろうとも、俺だけは誰も、絶対に、裏切らない。

そう誓ったのだと、遠い記憶を噛み締めていた。

「玖隆」

振り返ると、君の傷の手当てをしてやろうと瑞麗が笑っていた。

気を使われるほど深刻な顔をしていたらしい。玖隆は苦笑いを浮かべながら制服の前を開いた。

「夕薙が忠告したとおり、これからは、今まで以上に用心したほうがいいだろう」

包帯には案の定血が滲んでいた。

患部に張り付いた木綿布を丁寧に取り除き、持って来ていた消毒薬などを使って治療して、再び綺麗に包帯を巻きなおすと、これでよしと養護教諭は頷いた。

「君の敵となるものがどこに潜んでいるかわからない、それに」

手当てした患部付近をポンポンと叩く。

「君が死んだら悲しむものがいる事を、忘れない事だ」

「はい」

無骨な体に不似合いの、華奢なネックレスに通されたリングに視線を留めて、瑞麗が瞳を細くする。

直後にそれは玖隆の手によってサッと隠されてしまった。

シャツを着て、上着を着て、一番上までホックを留める。

カーテンの隙間から差し込む陽光に気づいた彼女に、もう戻れと言われて、玖隆は今に至る。

神鳳の向かった先と逆方向に歩き出しながら、胸の内で様々な想いがめまぐるしく渦巻いていた。

朝の光りだけが変わらず、いつもと同じ様に、まだ静かな廊下を照らし出していた。

 

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