※ゲーム未クリアの方はお読みになられませんよう、ご注意申し上げます。
「2nd-Discovery」
チャイムの音を聞きながら、廊下へ出た玖隆はわずかに溜息を漏らす。
昨晩あんな事があって、今までずっと気が重い。
おまけに、ぼんやりしたまま登校した途端、反対にやけに元気な八千穂に気圧されてバディの契約なんて結んでしまったし、のっけから何だか散々だ。
口約束とはいえ、約束は約束。彼女は同行する気満タンでいる。
民間人を守りつつ、遺跡を調査するだなんて、どう考えたってかなり厄介な難事だろう。
まだハンターとして駆け出しの自分にそんなことできるのだろうかと不安もあって、気分は塞ぐ一方だった。
(でもまあ、やるしかないよなあ)
いい加減落ち込むことにも飽きたので、玖隆は半ばやけっぱちに自分に言い聞かせていた。
やるしかないなら、やるだけだ。
覚悟さえできれば人間どんなことだって案外こなせてしまう。
それは、過去において幾度となく体験して身についた彼なりの考え方だった。
その気になれば大体の事はできる。人生において、実は手に入らないものの方が意外と少ない。
何気なくポケットに突っ込んだ指先が硬質な感触を探り当てて、取り出すとそれは石ころだった。
玖隆の口から再び溜息が漏れていた。
八千穂の件が一区切りついた途端、また妙な人間と知り合ってしまった。
3-D所属、黒塚至人。遺跡研究会という集まりの部長を務めていると自己紹介した彼は、この石で玖隆の嗜好を見抜こうとしていた。
はっきりいって、わけが分からない。
ただ、両親の職業や協会の性質上、昔からこの手の人間は周囲に沢山いたので、特に違和感なく会話に応じていたら随分気に入られてしまったようだった。
嬉しそうに今度部室に遊びに来てくれと言う黒塚に、苦笑いを浮かべることしか出来なかった。
昨晩寮の前で出会ったマミーズとか言う食堂のウェイトレスの少女といい、どうしてここにはこうもズレた人種が多いのだろう。
もっとも、突き詰めればこの天香学園自体がすでに異常な場所なのだけれど。
(でもまあ、一番変なのは俺だよな、きっと)
石をしまって、片手のH・A・N・Tをきゅっと握り締める。
今まで気にしたことなどなかったが、多分、遺跡発掘のために転校してくるトレジャーハンターが生業の学生なんてまずいないだろう。
三度目の溜息を漏らすと、気を取り直して次の授業の移動先に足を向ける玖隆の背後から、聞き覚えのある声があくび交じりに聞こえてきた。
「眠い、午前中から授業になんて出るもんじゃないな」
振り返ると眠そうな顔の皆守が立っていた。
「よォ、転校生、どうだ?授業は楽しいか?」
相変わらず覇気の感じられない言動に、玖隆は少しだけ苦笑いを洩らす。
変り種というなら、こいつも仲間の内だ。
「そこそこは」
「浮かない顔だな、まァ、教師もサラリーマンだ、過大な期待はしないこった」
すでにドロップアウトしているらしい皆守に言われるまでもなく、玖隆も、実際こんなものなのかと一般教育のレベルの低さを、身を持って思い知らされていた所だった。
将来を選択するためとはいえ、こんなにばらつきのあるカリキュラムでは知識が飽和状態になってしまう。
早いうちから適正を探り当てて専門的な分野に詰めていけば、結構な数の使える人材が生まれると思うのだが、世間の学校教育とはどこも同じようなものなのだろうか。
こんな環境で、それでも今後の人生の取捨選択を迫られる学生という身分はまったく不自由なものだ。
小さな箱庭の小社会で、連日同じことの反復では脱線する人間が出たって少しも不思議じゃない。
人は、それほど合理的にはできていないのだから。
その代表格というか、見るからにやる気のない雰囲気を漂わせつつ、皆守は相変わらずアロマパイプを燻らせていた。
「―――そうだ」
突然思い立ったように話題を振られて、玖隆はうん、と首をかしげてみせた。
「八千穂から聞いたんだが、お前トレジャーハンターなんだって?」
直後にまるで思い切り殴られたような衝撃が走る。
思わずフラリとして、そのまま盛大にコケる様子を皆守は呆れたように眺めていた。
「なに、コケてんだよ」
廊下に座り込んだ玖隆は返す言葉も無い。
気を取り直してヨロヨロと立ち上がると、八千穂に見つかったのが運の尽きだったなと、とどめの一言が脳髄に突き刺さっていた。
(やッ、八千穂さん!)
昨晩誰にも言わないと約束してくれたはずなのに。あれはただの口から出まかせだったのだろうか。
ショックを隠しきれずにいると、皆守はアロマをふかしながらフッと横顔で笑う。
「まァ、お前が何であろうと俺には関係のない事さ、誰でも人に言えない秘密のひとつふたつある、俺にはそいつを誰かに喋る趣味は無いから、安心するんだな」
玖隆は顔を上げて、どこか気だるげなその表情をまじまじと窺っていた。
こうして改めて見て気付いたが、皆守は結構意志の強そうな、整ったいい面立ちをしていると思う。
瞳の色は相変わらず茫洋としているけれど、その奥に秘めた何かを予感させるような気配が時折ちらちら覗くようだった。
見掛けより真面目な人間なのかもしれない。
果たして信用してもいいものか―――
わずかに迷い、結局最初の印象を素直に信じることにする。
彼自身が言うとおり、こいつは誰彼構わず秘密を暴露するような人間じゃないだろう。
とりあえず八千穂から事情を聞くために、立ち去ろうとした玖隆を背中越しの声が呼び止めた。
「オイ、転校生」
首だけで振り返る。
「んなことより、お前ら今日も墓地に行く」
つもりじゃ、の声と、女性の悲鳴は殆ど同時に聞こえた。
一斉に発信源と思われるほうを向いて、直後に顔を見合わせると皆守も緊迫した表情を浮かべていた。
「―――音楽室の方からだな、行ってみよう」
返事も待たずに駆けていく。
後を追って走りながら、こいつはこんな顔もするのだなと、玖隆は少し意外な気がしていた。
(次へ)