あの後、両手の生気をすっかり抜かれた女生徒を音楽室で発見して、皆守と一緒に急ぎ保健室まで運び込んだ際、玖隆はまた新たな人々と知り合っていた。
保健室の担当医、劉瑞麗。
きつい目をした華僑の女性は、清廉な気を纏ったなかなかの好人物に思えた。
少なくとも、害意は無いと判断する。何か裏があるような気はするのだけれど。
そしてもう一人。
保健室に頭痛薬を貰いに来ていた、顔色の悪い男子学生―――取手鎌治。
彼こそむしろ、玖隆は気になっていた。
出会った瞬間、空気がビリリと震えたように思う。
まずその異様な外見に目を引かれたけれど、それ以上に彼の持つ気配、どこか危うげな、不安を煽るような儚さが、殆ど会話も交わしていないにもかかわらず、何故だか異様に印象深かった。
皆守の反応から察する限り問題のある生徒では無いようだったけれど、どこか引っかかるような感じはどうにも否めない。
取手はその後すぐに出て行ってしまったし、劉にも戻れと言われてしまったので、結局玖隆は後ろ髪引かれるような気分のまま皆守と一緒に保健室を後にしたのだった。
「さてっと、そろそろ昼休みだな」
窓の外を眺めながら、アロマパイプが煙る。
「俺は行くぜ、保健室がああじゃ、屋上にでも行って昼寝するしかないからな」
「ああ」
「じゃあな、転校生―――」
いや、と言葉を区切る。
「玖隆晃、だったな、お前となら何か上手くやっていけそうな気がするぜ」
急にこちらを振り返って言うので、なんだか少し気後れしてしまった。
もしかしたら、彼自身が振舞っている様子よりもずっと―――友好的な人物なのかもしれない。
皆守がやけに親しげな雰囲気なので、気がそがれて、こちらもつい笑顔を浮かべていた。
「そうだ」
制服のポケットを探って、取り出した携帯電話のメモリを開いて差し出してくる。
「俺の連絡先だ」
玖隆は多少驚きながらH・A・N・Tを開いて連絡先一覧に追加した。
「俺も気が向けばお前の夜遊びに付き合ってやるよ」
揶揄するような声に顔を上げると、皆守はすでに背中を向けて歩き出す所だった。
片手をヒラヒラと振って、何の気もないように言い残していく。
「墓地に行く時は教えてくれ、じゃあな」
そこでようやく意図を理解して、玖隆はなんともいえない気分で後姿を見送っていた。
アイツは一体どういう奴なんだろう。
まだ知り合って一日しか経っていなくて、彼の全てを理解できるなんてまさか思っていないけれど、これまでに知り合った誰よりずっと複雑な精神構造をしているように思う。
親切に振舞うくせに、どこか一本線引きをして、向こう側からこちらを窺っているような印象だ。
発露しそうになる感情をわざと押さえつけるような言動を取ったりして、本心のありかを知らせようとしない。
そこまで考えて、自分が皆守甲太郎という人間に随分興味を持ち始めている事に気付き、口元に苦笑いが滲んでいた。
「やれやれ」
俺も、知りたがりもいいところだ。
以前にも叱られた悪いくせだと自身を戒める。
(それにしても、あの女の子、あの手は一体どういうことなんだろう)
ふと、先ほどの少女を思い出して、玖隆の表情が不意に曇っていた。
この学園に在籍する人間の殆どが、いや、ひょっとしたら誰も知らないことかもしれないけれど、天香学園の地下数十メートルには広大な古代の遺跡が広がっている。
そんな異質な環境において、あの怪異、どう考えても無関係とは思えない。
生徒や教員の様子から察するにそれほど異質なものは感じられなかったのだけれど、もしかしてこういった事はここでは日常的に起こりうる出来事なのだろうか。
昨晩、墓地で突然開かれた入り口といい、何か起こり始めているような気がしてならない。
それは、まさか自分がここを訪れたから?
そこまで考えて玖隆は首を振った。
幾らなんでも買いかぶりすぎだ。
確かに俺の目的は勉学などでは無いけれど、だからといって特別な存在だというわけでもない。
こうして同じ格好をして混ざっている限り、ただの男子高校生の一人だ。それ以上でも以下でも無いだろう。
(それに、俺はまだ何もしていない)
全てはこれから、少しずつ解き明かされていく事なのだから。
そのためにも、早速今夜再び仕切りなおすつもりだった。
不安や恐れなど、いつものことだ。この生き方を選択したときから、つねにそれは共にある。
見渡せば正午の日差しが廊下に穏やかに降り注いでいた。
ここからは―――墓地は見えない。
昼休みを告げる鐘の音が聞こえて、途端、騒がしくなる教室から、気の早い生徒達がもうすぐ顔を覗かせるだろう。
玖隆はぶらりと向きを変えて、わざとのんびり歩き出しながら、今日の昼食に思いを馳せていた。
(次へ)