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3rd-Discovery

 

「玖隆クン!」

朝から元気な八千穂の声に昇降口付近で呼び止められて、玖隆は振り返った。

「おっはよ、ね、昨日はアリガとね」

「え?」

取手クンのこと、と八千穂は声を潜める。

「あたしも、なんだか嬉しかった、だからアリガと、ね?」

そういうことかと呟いて、玖隆も微笑んでいた。

昨夜、遺跡を探索したときのこと。

暗闇の奥は想像以上に巨大な空間が広がっていて、そこかしこに設けられた鳥居のようなものの奥には数えて十三の扉が控えていた。

ハンター達の間で通称「魂の扉」と呼ばれる一室ともう一つを除き、その全てに鍵が落ちていて開閉は不可能だったけれど、唯一開かれていた扉の先―――そこには、やはり遺跡の守人たる「カァ」の変化した姿、途中で見つけた先人のメモには化ける人と書いて「化人」と呼称してあったが、それら異形の存在が玖隆達を待ち構えていて、何度か交戦する羽目になった。

仕方ないことと覚悟していたのだけれど、民間人であるはずの八千穂は意外に強く、彼女のスマッシュは化人を打ち砕いて十分探索の役に立ってくれた。

皆守は―――相変わらずけだるそうにしていたけれど、大事な局面で玖隆ごと攻撃を避けてくれたりなどしてくれたから、案外侮れないと思う。

ただ、本人は「寝てた」などと嘯いていたのだが。

石室の最奥、蛇の扉の向こう、たどり着いた暗闇の中では―――取手本人が待ち構えていた。

彼に、彼の事を聞き、思いをぶつけ合って、その直後、取手の全身から噴出した黒い砂が形を作り、巨大な獣となって襲い掛かってくるまでをまだ鮮明に覚えている。

神産巣日、といったか。

たしか日本最古の古典「古事記」でその名を見た。天地の初めに現れる三柱の神の一人だ。

まだ探索を始めたばかりだから断言はできないけれど、先日踏破したフロア内の作りはまるでその冒頭になぞらえてあるような箇所がいたるところに見受けられた。

学園地下に広がる遺跡、太古の歴史を象徴するような謎掛け、江見睡院という名の存在と、残されていたメモ、黒い砂、化人、そして―――取手自身が名乗った、生徒会執行委員という存在。

転校初日にも皆守から聞かされた。天香学園の法はすべて生徒会が仕切るのだと。

けれど、そもそも生徒会とは、生徒の自主性を育むために結成された、生徒達自身によるただの統括組織だと、直前に受け取った資料には記載されてあったはずだ。

あんな場所にまで姿を現して、粛清を執り行うようなものだとは思っていなかった。

少なくともそれほどの権限を有する『生徒会』という名の組織の話は聞いたことが無い。

やはりこの学園はどこかおかしい。

あの闇の奥、ひっそりと隠れているものは何なのだろう。

生徒会はそれとどんな関わりがあるというのだろう。

考えるほどに分からなくて、気付けば全身がゾワゾワと総毛だっていた。

―――恐ろしいのではない、これは、興奮だ。

俺はあの場所で得るだろう何かを期待している。

不謹慎だと思うけれど、挑むなら、難易度は高い方がいい。こればっかりは性分だから仕方ない。

右から左へ流れていく八千穂の言葉に適度に相槌を打ちつつ、ひしひしと押し寄せる思いに奥歯を噛み締めていた。

まだ、全ては始まったばかりだ。

鬼がでるか、蛇が出るか―――想像以上に面白いことになりそうだと、玖隆はこっそり微笑んでいた。

 

 一週間後。

 

「玖隆クン!」

昼休みに入り、八千穂が机まで駆けてくる。

「ねえ、ねえ、休み時間空いてる?図書室に行ってみない?」

「どうして?」

「さっき月魅にメールしたらいるって言ってたからさ」

玖隆君も、気になってるでしょ?

八千穂は含みのある視線を投げてくる。

「あのときの取手クン、墓地の地下でも、体から黒いのが出てきたし―――黒い砂って、一体なんだろうって考えてたら、授業なんて全然耳に入ってこなくてさ」

なるほど彼女らしいなと、玖隆はわずかに嘆息していた。

好奇心が強いのはいい事だけれど、過ぎた行為は命を奪いかねない。

果たしてそれをちゃんと理解した上で発言しているんだろうか?

俺の仕事は遊びじゃないんだが。

(やれやれ)

仕方なく立ち上がると、いつのまにか傍に来ていた皆守が八千穂に突っ込みを入れながら声をかけてくる。

「お前、図書館に行くのか?」

「そうだ、皆守クンも一緒に行こうよ!」

「はあ?なんで俺が」

あのな、と前置きをして、けだるそうな口元が紫煙を煙らせた。

「取手の件では成り行き上付き合ったが、これ以上俺を巻き込むな、所詮、俺には関係のないことだ」

―――関係なくなんか、ないもんッ」

八千穂が頬を膨らませる。

「はあ?」

「だって、友達の友達は、皆友達って言うじゃない」

「誰と誰がだよ」

指先で玖隆と皆守を交互に指し示す。

「皆守クンと玖隆クン、で、玖隆クンと私、ほら、皆守クンと私ももう友達じゃないッ」

「お、お前な」

皆守はあんぐりと口を開けていた。

だらしのない顔だ。

強引なこじ付けに、よほど唖然としたのだろう。

玖隆はちょっと噴出しそうになって、それから八千穂の心根にしみじみとした思いを寄せていた。

彼女は、多少口の軽いところもあるけれど、とてもいい子だ。

他人のために本気で怒ったり喜んだりできる人間はそういない。

自分と皆守、そして八千穂が友達だと言ってくれた事も含めて、胸の奥が何だか暖かくなっていた。

彼女がバディになってくれた事は、もしかしたら幸運だったのかもしれない。

「本当は白岐さんにも聞いてみたかったんだけれど」

「どうしてそこで白岐が出てくるんだよ」

二人の言葉に、いつも窓際で虚ろに外を見ている女生徒の姿が甦る。

転校初日に紹介された白岐幽花という少女は、あの日にだけああして憂鬱気にしていた訳では無いらしい。

気が付けば、教室の隅のほうでいつもぼんやり立ち尽くしていた。

儚げで、朧に霞む月のような存在。

夜の闇は嫌いでは無いから、彼女のことも疎ましいとは思っていない。

ただ、どこか気になる人物ではあった。

白岐は、いつもああして―――何を思っているのか。

他人が気安く触れてはいけない領域かもしれないから、声を掛けてはいないのだけれど。

八千穂はやけに白岐をかっているようだった。

しきりに気にする素振りを見せたあとで、急に気を取り直して図書室に行こうと廊下に駆け出していく。

まるでモンスーンのようだ。

「ほらっ、早くしないと休み時間終わっちゃうよ!」

「あ、おいッ、八千穂!―――まったく、なんて強引な女だ」

皆守はうんざりした表情を浮かべる。

「玖隆クン、皆守クン、早く早くぅ、もォ、皆守クンまだぁ?」

「うるっさい!人の名前を連呼するなッ」

怒鳴る隣で玖隆は苦笑いを浮かべていた。

さすがの不健康優良児も、彼女の前では形無しらしい。

「ねェってばあ、皆守クン、聞こえてるぅ?」

八千穂の声がのん気に廊下にこだましている。

周囲の生徒達がクスクス笑いながらその様子を見ていた。

皆守は後頭部をガリガリと掻き毟り、不意にガックリ肩を落とすと疲れた表情で玖隆に振り返った。

「仕方ない、面倒なことはさっさと済ませるに限る、行こうぜ玖隆」

まだァと呼びかける声に再び皆守が怒鳴り返す前に、玖隆が柔らかく今行くよと答える。

さっきから目立つ一端を担っていることに皆守自身は気付いていないらしい。

お気楽なのはお互い様だろう。

溜息をついた背中をポンポンと叩いて、玖隆は皆守と一緒に八千穂の後について歩き出した。

 

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