「うう、寒い」

隣で縮こまる皆守の様子を見ながら、玖隆も自分の両手に息を吐きかける。

まだ十月とはいえ、さすがに夜になると冷え込みも厳しい。

日本の冬はシベリアやロシアと比べれば大したこと無かったけれど、それでも寒さだけはどうにも誤魔化しようが無かった。

「晃、お前は寒くないか?」

「寒いに決まってるだろうが、聞くなよ」

「だよなァ」

二人して鼻をすすって、周囲を見渡す。

こんな事になったのも、あの後八千穂からとんでもない『お願い』をされてしまったためだ。

最近女子寮を覗いている不審者がいるから、付近の見廻りをして欲しい。

想像力豊かな八千穂はどうやらこの一件を―――異星人の仕業だと考えているらしい。

情報源が七瀬だと聞かされた地点で、玖隆はあっさりと諦めてしまった。

今朝方その七瀬から異星人存在説を熱く語られてしまったばかりだ。

地球以外に知的生命体が存在しているという説に関しては賛同するけれど、それがまさかこんな島国の一学園でわざわざ騒動を起こすとは考えられない。

けれど、知識過多の才女と思い込みの激しい行動派の少女が揃っては、そういう結論に至っても仕方ないような気がする。

決め付けてしまった以上、それよりもっと明らかな現実を提示しなければ説得は不可能だろう。

皆守は最後まで抵抗していたが、八千穂の拙い挑発にまんまと引っかかって、結局引き出されてしまった。

そういう部分はまだまだ子供だなと思う。

自分も、あまり人の事は言えないとわかっているけれど。

「やっぱり、やめときゃよかったぜ、俺とした事がつい」

「何だよ今更」

「大体なあ、こんな危険な事を同級生の俺達に頼むか?」

異星人に誘拐―――と言いかけた地点で、皆守は慌てて口を噤む。

玖隆は思わず耳を疑っていた。

「いや、変質者相手に怪我でもしたらどうするんだよ、なあ、晃?」

―――白々しい。

(こいつ、思ったよりバカだな)

思わず溜息が漏れてしまう。

何だかんだ言って、結局は皆守も異星人存在説に諸手を挙げて賛同していたというわけか。

確かに今の状況は果てしなく不快で気味が悪いが、まさか本当に異星人が出てくるわけも無い。

仮に、百歩、いや、一億万歩くらい譲って異星人が現実に現れたとして、それはそうなってから心配すべきことであって、今から本気で気にかけること自体がバカらしい。

それでも目の前の様子はまだどこか不安げなので、仕方無しに笑顔で肩を叩いてやった。

「そんときは俺がついてるさ、心配するな」

―――お前に全て任せておけば、俺は何もしなくていい気がしてきた」

皆守は別の意味で気が反れたらしい。

僅かに姿勢を正して、しかしだ、と呟いた。

玖隆としては、その直前に見せた唖然とした表情がとても気になっていたのだけれど。

「これで風邪でもひいたらシャレにならないぜ、それに」

電子音が鳴り響く。

「ん、オイ、何か鳴ってるぞ、お前の携帯か?」

玖隆はHANTの画面を開いた。

液晶モニタにメール着信の表示がついている。開くと、発信元は八千穂からだった。

読んでいる最中にまた電子音が響く。

今度は七瀬からのメールだった。

けれど、こちらのほうは途中で制限文字数を超過して、肝心な部分が読み取れなくなっていた。

結局どちらもただの賑やかしメールで、半ば呆れながら端末の電源を落とす。

「もしかして女からか?」

皆守はのん気だ。

「お前も中々隅に置けない―――

言いかけた途端、今度は彼のポケットから電子音が鳴り響いていた。

今度は俺かと言いながら、着信内容を読んで表情を曇らせている。

「もう異星人に接近遭遇した?月魅がいうには」

覚えのある内容だ。

それと全く同じものを、今さっき受信したばかりだ。

黙って携帯を閉じた皆守が、振り返って眉を寄せる。

「八千穂の奴、まさか俺達が異星人と接触するのを期待してるんじゃないだろうな?」

アハハ、まさか。

乾いた笑いを遮って、今度は二人分の電子音が夜闇を震わせた。

お互い受け取ったメールの内容を読んでから、何ともいえない顔で互いを見返した。

「おい」

「ああ」

「あいつ、どっかから俺達を監視してんじゃないだろうな?」

「どうだろうな、けど、そんな感じのメールだよな」

やれやれと嘆息して、皆守が呟く。

「仕方ない、軽く見廻りでもすりゃ、女どもの気も晴れるだろ、行こうぜ」

「だな」

玖隆も苦笑いで頷き返した。

こうなってしまっては、こっそり寮に帰って、次に会った時『見張っていた』と誤魔化すこともできないだろう。

どこから見ているか知らないが、大した気合の入れようだ。

そんなに気になるなら八千穂と七瀬で見張ればいいのにとも思うけれど、こういうことはやはり男の仕事なのだろう。

アブダクト説はとりあえず横に置いておくとしても、もし本当に変質者の仕業であったなら、少女二人では非常に心配だ。

とりあえず右から廻ることにして、二人は寒風吹き荒れる寒空の下、夜闇に目を凝らしながらとぼとぼと歩き始めた。

 

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