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「5th-Discovery」
スプーンの上の琥珀色の物体を眺めて、玖隆の手元が止まっていた。
フウ、と漏れる小さな溜息に、目の前で同じくカレーライスを食べていた皆守が顔を上げる。
「八千穂の事が心配か?」
「え?」
聞かれて、初めて自分がぼんやりしていたことに気がついて、思わず苦笑いが漏れていた。
「ああ、まあ、ね」
天香学園は現在昼休み時間。二人は連れ立ってマミーズに昼食を取りに来ている。
この頃は殆ど毎日のように皆守と一緒に昼も夜も食事を取っているから、こうして向かい合って座る事がごく当たり前の日常のひとコマになりつつあった。
共に過ごした時間はそれほど長くもないはずなのに、まるで引き寄せあっているかのように、気づけば隣には皆守が、そして、皆守の傍にいつの間にか立っている自分がいる。
それは、昼間だけでなく、夜の探索時にも言えることだった。
皆守は人懐っこいタイプの人間でもないくせに、やけに玖隆を気遣ってくれる。
たとえば身の回りの細々した事や、ここでの生活、仕事中なども。
それは、案外世話焼きな性分のためなのか、それともただ単に気に入られただけなのかもしれないが、それとは違うもっと別の―――予感めいた何かが、常に胸の奥でわだかまるようだった。
それが何なのか、まだよくわからないのだけれど。
「明日香ちゃん、元気なかったからなあ、心配だよ―――友達、だし」
どこか照れて言いよどむ玖隆の姿に、皆守は瞳を細くしてフッと笑った。
「お前らしい答だな」
何がどう『らしい』のだろう。
玖隆は、この学園に来るまで友人関係のようなものを殆ど構成した事がない。
元々人見知りしない性分だから、知人や恩人なら世界中に散らばっているけれど、こんなに密度の濃い、ある種馴れ合いのような関係を築くのは初めてのことだ。
―――もっとも、似たような感情なら、一度だけ覚えがあるけれど。
ただ、アレには馴れ合いのようなものは殆ど存在しなかった。
友達、なんて、実際口に出すのも気恥ずかしくて、今だって少しためらいながらの発言だったのに。
「晃?」
「うん?」
皆守はスプーンを皿に置きながら、いや、と呟いた。
どうやらカレーライスは完食してしまったらしい。
玖隆も残りのカレーライスをスプーンですくって、食事を再開した。
「まァ、にわか同好会なら飽きっぽい八千穂のことだ、すぐ元に戻るだろ、余計な気を回すだけ無駄かもしれないぜ」
「甲太郎は明日香ちゃんの事よく分かってるんだな」
バカ、違うと不機嫌そうに答えられて、皆守はコーヒーを注文した。
何だかんだ言って、こいつは周りの人間をよく見ている。
観察対象はどうやら自分に限ってのことだけではないようだった。元々、結構周囲を気にするタイプなのかもしれない。無関心の姿勢を貫いてはいるけれど。
―――それとも、あえて見ないようにしているのだろうか。
聞いてみたいと思う。
何がお前の心に影を落としているのか。
けれど、それは、封印した過去の話かもしれないから、玖隆にはやはり黙っていることしか出来なかった。
玖隆の指先が無意識に胸の辺りに触れていて、皆守は再び気づかないフリをした。
店内に差し込む陽光は、ガラスを通過してなんだか作り物めいた輝きに変質しているようだった。
八千穂の様子がおかしくなったのはつい最近のことだ。
あれほど熱心だった部活動も休んで、デジタル部という所が主催しているセミナーとやらに通い詰めているらしい。
この頃では何だか少しやつれて、今朝もフラフラした足取りで力ない笑みを浮かべていた。
本人は大丈夫だといっていたが、全然そんな風には見えなかった。
「あッ、晃クン、何か悩んでる事とかない?」
人の心配をしている場合なのかと思ったけれど、八千穂は自分の事をあまり気にかけていない様だった。
ただ、これからは少しでも多くの人に親切にしようと決めているんだと、覇気の無い表情で語られて、玖隆はひどく困惑したのだった。
その時の事を思い出すだけで、胸の奥がギュッと痛くなる。
周囲に不評を買ってまで、一体何がしたいというんだ。自己犠牲なんて偉くともなんとも無い。
マミーズを出てからずっと俯きがちに歩く玖隆に、見かねた皆守が声をかける前に、可愛らしい声が彼らを呼び止めていた。
「こんにちは、お二人さん」
振り返ると巻き毛の少女がトコトコと愛らしい仕草で歩いてくる。
リカちゃん、と玖隆が呟いた。
「晃サマ、ごきげんよう、皆守クンも」
おう、と皆守が答える。
椎名はそちらを見向きもせずに、玖隆の前で丁寧にお辞儀をして、嬉しそうにウフフと微笑みを浮かべた。
「ちょうどよかったですわ、晃サマにお知らせしたい事がありましたの」
「俺に?」
「ええ、晃サマはもう《隣人倶楽部》という集まりの事をご存知ですかァ?」
その名前は今朝、八千穂の付き合いがこの頃悪いと文句を言っていた女生徒達が話していた。
マミーズで舞草にも聞かされた名前だ。
タイゾーちゃんとかいう人物が主催する自己啓発セミナーで、八千穂が通い詰めている例のいかがわしげな集団でもある。
目に見える形で色々と効果があるらしくて、最近一部の生徒の間で噂になっているらしい。
「知ってるよ」
ウフフ、と椎名は満足げな笑みを浮かべる。
「晃サマは何でもご存知なんですのね、さすがですわ」
「やれやれ、今日は随分その名を聞く日だな、まさかお前も参加希望者なのか?」
「ご冗談を」
椎名の可愛らしい唇が、不意に容姿に不似合いな醒めた笑いを端に浮かべた。
こうして関わってみないと分からないことだけれど、彼女は案外リアリストでしっかりしている。
毒舌的で解析好きなのは自分にも思い当たる所だから、玖隆は苦笑いでその様子を見ていた。
「神様にも、ただの隣人にも、リカを救う事なんてできませんでしたわ、それができたのはただ一人だけ―――ね、晃サマ?」
椎名に微笑まれて、玖隆は照れたように笑った。
今度もまた仕事の延長線上だったけれど、こうして感謝されるのはやはり嬉しい。
彼女が、また素直に微笑めるようになった事は、とても価値のあることだし、素敵なことだと思う。
それは秘宝の発見と同じくらい価値のあることだ。多分。
「ただ、あそこには晃サマのお友達が熱心に通っているようなので、ご忠告申し上げた方がよろしいかと思ったんですの」
それは八千穂のことだ。
二人の表情が急に硬くなった。
「あの集まりはとォっても危険ですの、このままではきっと、晃サマのお友達も大変なことになってしまいますの、晃サマはどうなさいますの?」
椎名が上目遣いに瞳の奥を伺ってくる。
「放っておおきになりますの?」
「まさか」
直後に首を振って答えた。
今朝の八千穂の姿と、椎名の忠告。そして、デジタル研究部。
やはり、早急に対策を練る必要がある。叶うなら今すぐにでも。
晃の様子を見て、椎名は少しだけ頬を染めていた。どこか嬉しそうにウットリと視線を緩ませている。
「ふふふッ、晃サマはやっぱり素敵ですわ」
「リカちゃん」
「気をつけてくださいね、この学園にはまだまだ晃サマの知らない怖い人がたくさんいますの、リカの力が必要な時にはいつでも呼んで欲しいですゥ、リカ、すぐに駆けつけますから」
「有難う、リカちゃん」
「いいえ、晃サマのためでしたら、どうってことございませんわ」
それではごきげんよう。
椎名は会釈をして、くるりと踵を返すと、来たときと同じようにトコトコと去っていった。
後姿を見送りながら、何か言いたげな表情の皆守が後頭部をガリガリと掻き毟っていた。
「八千穂の奴、予想以上に面倒なことに首を突っ込んでるみたいだな」
「ああ」
「どうにも―――お前が転校してきてから、厄介事に出くわすことが多くなった気がするぜ」
玖隆が振り返る前に、それはねェと間延びした声が聞こえてくる。
「この地の石たちが晃君を呼んでるからさ、僕にはわかるよ、君は、これを受け取るのに相応しい人物だ」
二人が振り返ると、通路の反対側から黒塚が歩いてきた。
いつもと同じように、懐に大事に抱えたパワーストーン入りのケースを撫でながら、晃の正面で立ち止まって、内ポケットから何かを取り出す。
差し出してきたそれを受け取ると、鍵だった。
「それは、僕が部長を務める遺跡研究会の部室の鍵だよ、それさえあれば、例え僕がいなくても、あの神聖な部屋に入ることができる」
神聖ねえと皆守がぼやく。
「ありがとう、黒塚」
「お安いご用さ」
協力してもらう分には、例えそれがどのようなことであっても嬉しい。
黒塚はしきりに石の話をしては、こちらの気を惹こうとしているようだった。
聞いていると面白くて、こちらもつい調子に乗って喜ばれるような受け答えをするものだから、会話は随分弾んでしまった。
隣で皆守がつまらなそうにパイプを揺らしている。
すっかり気を良くした黒塚は、玖隆が早く仲間に入る事を期待するかのような囁きを残して行ってしまった。
随分な奴に見込まれたものだなと、隣から皮肉めいた口調と共に笑われる。
「さて、俺は用事があるから行くぜ、昼休みが終わるまでまだあるし、お前も適当に過ごすといい、じゃあな」
「ああ、また」
ヒラヒラと手を振って去っていく皆守の背中を見送りながら、玖隆はまた屋上だろうかとぼんやり考えていた。
昼寝とサボること以外、あいつに用事なんてあるとも思えない。
それとも他に色々とあるんだろうか。
どちらにせよ気にすることではないかと思い、玖隆も踵を返した。
今はもっとほかに考えるべき事がある。
デジタル部のこと、そして、タイゾーという名前の主催者について。
「少し、調べてみるか」
とりあえず売店によってみる事にして、正午の日差しの差し込む廊下を歩いた。
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