受け取ったメールの本文を読んで、アアと玖隆は肩を落としていた。
前回の異星人騒動からこちら、気味の悪い出来事が続いている。
「朱堂も、普通にしてる分には悪い奴じゃないんだけどなあ」
同性同士の恋愛に差別も嫌悪感も抱いてないけれど、こう情熱的に迫られては対処に困ってしまう。
それは、例え相手が女性であっても同じように感じただろう。
あまり正面切って近づいてくるような人間は好みじゃない。熱意だけは見習いたいと思うけれど。
「朱堂がどうした?」
傍で寝転んでいた皆守が顔を上げる。
二人は屋上にいた。
売店に行った際、ちょっとした出来事に遭遇して、気分転換に昇ってきたら案の定別れたはずの友人の姿がゴロゴロと惰眠を貪っている現場に出くわしたのだった。
なんだ、やっぱりそうかと思いながら、何しに来たんだと尋ねる皆守に昼寝に来たんだと答えて、適当に近くに腰を下ろした。直後に端末が朱堂からのメールを受信していた。
玖隆はH・A・N・Tの画面を開いて渡しながら、モテ過ぎるのも困りものだよと青空に向けて嘯く。
「やっぱり、俺ってイイ男だから」
「言ってろ、っていうか朱堂なんかにモテて嬉しいのか、お前は」
「そんなこと誰も言って無いだろ、どうせモテるんなら、雛川先生とかリカちゃんのほうが断然いいに決まってる」
「そういや椎名は随分お前を気に入ってるみたいじゃないか」
「まあね」
前回の事件後、執行委員を辞退した椎名は、今度は玖隆の探索に付き合ってくれるようになった。
彼女が遺跡で手にしたという不思議な力は消滅していなくて、それは他の執行委員であった者たち―――取手と朱堂も同様で、彼らは皆委員を辞めて、玖隆の仕事を手伝ってくれている。
結果として元属していた生徒会に弓を引くような格好になってしまっているのに、そんなことは誰も気に留めていないようだった。
むしろ積極的にバディ同行を申し出てくれて、時折こうやってメールまで送ってくる。
正直、嬉しいと思う。
手助けならいつでも大歓迎するし、特に、彼らのように特殊技能に優れるものならば、それなりの活躍も期待できるだろう。
まあ、そうは言っても民間人であることには変わりないから、無理だけは絶対にさせないけれど、少なくとも自分の身を守る以上のことができる彼らの力は心強かった。
なのになあと玖隆は隣でH・A・N・Tをいじっている皆守を眺める。
こいつは、遺跡に同行しても何をしてくれるわけでもないし、戦闘中アロマを吸ったり、事もあろうかうとうとしていたりもする。
巻き添えを食って敵の攻撃を逸れたことも何度かあったけれど、その図太すぎる神経はある意味賞賛に値するだろう。玖隆には、命がけの場面で眠気を感じるようなゆとりは微塵も持ち得ない。
能天気なのか、それとも日本という穏やかな土地柄のせいなのか。
どちらにせよ危機感が足りないことだけは確かだ。八千穂にしても、どうにも遠足気分で俺についてきているきらいがある。
皆守と八千穂は、特殊な力も何も持たない一般民間人だから、本当なら遺跡まで連れて行きたくないのに、八千穂はともかく、同じ男子寮で暮らしているせいか、皆守はやけに鼻が利くようだ。
探索作業に出かけようとするとまるで申し合わせたように現れて、どこへ行くんだ、何をするんだと問い詰めてくるものだから、こちらもやむを得ず、彼に同行を依頼する羽目になる。
それで、気づけば皆守はほぼスタメンのように常に遺跡を行く玖隆の後ろにいた。
仕事中や、その他の場面で頻繁に目にしていたから覚えたのだろうか、最近では協会の端末まで、教えてもいないのに大体の事は出来るようになってしまったようだ。
―――正直あまり、芳しくない傾向だと思う。
皆守はただの高校生なのに。特殊な訓練や教育を受けたわけでもない、おかしな力を有しているわけでもない、どこにでもいるごく普通の、ただ少しアウトロー気質な男だというのに。
彼から一本線引きした、別の世界で生きている自分などにあまり踏み込まれては、俺は責任を取りきれない。
それこそ、いつ何が起こるか、誰にもわからないのだ。
もしかしたら最悪の事態だって予想できる。
なのに、最近では黒塚にまでバディとして名乗りを上げられてしまって、内心辟易していた。
彼と八千穂にはやむを得ず、最近はまったく連絡を取っていない。
皆守だけ、仕方なく。
(俺は何に言い訳をしているんだろう)
傷つくなら俺だけで十分だ。
もう二度と、誰かの傷つく様子も、苦しむ姿も見たくない。この手から零れ落ちたものに後悔するのなんて、一度きりで十分だ。
「ん?ああ、悪い」
視線に気づいた皆守が、いじっていたH・A・N・Tを返してきた。どうやら勘違いしたらしい。
受け取って、モニタを閉じる前に時間を確認して、玖隆は立ち上がった。
そろそろ戻らなければ。午後の授業が始まってしまう。
「じゃあ、俺行くから」
寝転んだままの彼はこちらの葛藤などどこ吹く風で、じゃあなと口元のパイプを揺らす。
「お前は?やっぱりサボるのか」
「わかってるなら聞くなよ、アア、眠いぜ」
ごろりと背中を向けて、欠伸をしているようだった。
やれやれと溜息を吐いて、玖隆は屋上を後にした。
少し肌に寒い風が黒髪をそよそよと遊ばせていた。
六時間目の体育の授業が始まってすぐ、不機嫌そうな声に呼び止められて、振り返るとジャージ姿の皆守が憮然とした表情で突っ立っていた。
「あれ、どうしたんだお前」
「雛川に見つかったんだ、クソ」
アハハと笑う玖隆に、笑い事じゃないと皆守は眉間を寄せる。
「屋外じゃなかっただけ良かったじゃないか、体育館なら風が吹かないし」
「冗談じゃねェ、午後の体育なんて最悪だぜ、どこだろうがダルい事に変わり無い」
「まあ、来たもんはしょうがないし、諦めて真面目にやろうぜ」
「優等生さんは言う事が違うよな」
「甲太郎」
「オイ晃、大和の野郎はどこだ」
「五時間目に早退した」
「チッ、またかよ」
俺も早退してやるかなとか言うので、玖隆は皆守の頭を軽く小突いてやった。
「うるさい、お前は往生際が悪すぎる、ホラ、笛だ、集合だぞ」
体育館に教員の吹くホイッスルが響いた。
「やれやれ、仕方ねェ」
ダラダラと駆け出すので、隣につきながら仕方ないなあと苦笑を洩らす。
皆守は心底嫌そうだった。
運動神経自体はわりと鋭敏のようだけれど、授業となると話は別物らしい。
それは、玖隆もそう変わりなくて、だからいつも手を抜いて適当にやり過ごしている。
バスケットの最中にボールを持ってダッシュしたのはさすがに演出が過ぎたかなと思ったけれど。
クラスの男子生徒達に散々笑われて、玖隆自身も苦笑いを浮かべながら、スポーツは苦手なんだと適当にお茶を濁した。
可もなく不可もなく、多少の劣等性の立場が、一番目立たず波風も少ない。
呆れ顔の皆守だけは、玖隆の素性を知っているから、本心から表情を曇らせているようだった。
「バカ、やりすぎだぞ、お前」
「ああ、やっぱりバレたか」
「当たり前だ、ったく」
「けど甲太郎だって真面目にやってないじゃないか」
「俺とお前を一緒にするな、俺はわざとじゃない、本気でやりたくないんだ」
「また駄々こねやがって」
「うるさい」
他のクラスメイトに呼ばれて、じゃあなと玖隆は駆けて行ってしまった。
「―――お前とは、違うんだよ」
寂しげな皆守の、どこか含みのある声は、周囲の喧騒にかき消されていた。
「キャーッ」
ようやく、皆守の言う所の「最悪な授業」も終わり、男子生徒達は全員で後片付けをしている。
この寒空の下、体育会系の教師が開け放った出入り口から寒風が吹き込んで、肌寒いことこの上ない。
ジャージの襟を立ててしのいでいたら、それは唐突に聞こえてきた。
ボールを抱えて玖隆は立ち止まり、運動場のほうを振り返る。
すぐ傍で皆守も同じように顔を向けていた。
出入り口付近まで歩いていくと、外ではちょっとした騒ぎが起こっているようだった。
数人の女生徒達が固まって、その中心はしゃがみ込んでいるらしく、並び立った下肢の合間に頭部がチラチラと見える。
怪訝な顔の女性教諭が彼女らの元へ駆け寄ってきた。
「どうかしましたか!」
「先生、明日香が、八千穂さんが、急に倒れてッ」
名前が聞こえた途端、玖隆はグッとボールを握り締めていた。
では、今彼女達の中央に八千穂がいるのか。
急に鼓動が早くなる。
「―――やっぱりこうなったか」
横で皆守が舌打ちを洩らした。
「おい晃、どうする、様子見に行くか?」
「ああ」
玖隆は運動場から視線を離さずに頷いた。
今、ここにこうしている事すらもどかしい。すぐに行って様子を自分の目で確かめなければ。
そうか、と皆守の声が答えた。
「ここで放っておいたら、後で何言われるかわかったもんじゃないしな」
―――本当に素直じゃない。
口には出さなくても、それくらいわかる。彼の言葉の端々にも、判りやすく焦燥感が滲み出していた。
「仕方ない、クラスメートの一大事だ、様子見くらいは行ってやるか」
「急ごう、甲太郎」
玖隆は振り返って、かなり離れたボール入れの中へ綺麗なロングシュートを決めた。
すでに七分目くらいまでボールが入っていたにも関わらず、バウンドも無しに見事収まったので、周囲の生徒達は一様に目を丸くしている。
無理も無い。
授業中、玖隆はドリブルだってまともにできていなかったのだ。
けれど、そんなことに構う余裕も無くて、背中はそのまま体育館を飛び出していた。
皆守だけ、ちらりと振り返って彼らの様子を伺って、ニヤリと微かに笑みを浮かべていた。
そのまま自分も駆け出して、玖隆の背中を追いかける。
サボり二人組みに、体育教諭も唖然と見送るだけだった。
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