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「6th-Discovery」
あれから一週間と少し。
「あーちゃん!」
八千穂が駆けて来る。元気な姿に玖隆はニッコリと笑顔を浮かべた。
「おはよ、明日香ちゃん」
「おはよ!ねえねえ、聞いた?学園の敷地で謎の生物が目撃されたって話」
「ああ、簡単にはね」
今朝からずっと周囲が騒がしいので、ついさっきクラスメートの一人に聞いてみたところだった。
何でも―――ツチノコが出たらしい。
ツチノコとは、古くは江戸時代の書物『和漢三才図会』にも登場したことのある、日本を代表するUMAの一種だ。
目撃談は幾つもあるが、その全てが曖昧で、しかも捕獲されたケースは一度もない。
体長は70から80センチメートル、頭部は大きくて丸く、胴の太さはビール瓶くらい、全体は灰色がかった黒だけれど、腹部のみ、紫に近い白だと言われている。
もっとも学者の中にはそれはナミヘビ科のヤマカガシでは無いかと言う者もいて、真偽の程は未だ定かでは無い。
その、半ば伝説化した生き物がこんな大都会の学校に現れたと聞いて、最初耳を疑った。
けれど直後に、これだけ特異な環境化にあるのなら、そのような怪異が起ってもおかしくないと思い直し、結局、様子見の状態を続けている。
少なくとも仕事への影響は無いだろう。それだけは、多分、確実だと思う。
八千穂は噂話にすっかり乗せられて、ツチノコ出現を微塵も疑っていないようだった。
熱弁を振るう彼女をニコニコ眺めながら、玖隆はその姿自体を楽しんでいた。
「ねェ、あたしたちで捕まえてみようよ、きっと世紀の大発見だよッ」
「ツチノコを?」
「一メートル以上ジャンプできる蛇に似た謎の生物なんて見たことも聞いたことも無いもん、あたしひとりで捕まえに行くのは怖いけど、あーちゃんが一緒なら心強いし、ね?一緒に行こッ」
「そうだなあ、それも面白いかもしれないな」
「―――オイ、晃、悪い事いわないから止めておけ」
不意に水を差されて、二人は声の主を振り返る。
「よォ」
いつも社長出勤を通り越して神様出勤―――朝から顔を見せる事自体が奇跡のようだという意味だけれど―――の皆守が、机に足をかけて気だるそうに自分の席に収まっていた。
これこそまさにツチノコ級のレア度だ。
「み、皆守クン!今朝はどうしたの!凄く早くない?」
八千穂が目を丸くしている。無理も無い。玖隆も気持ちその気持ちがわからなくも無かった。
皆守は面倒臭そうに、階下の二年生が喧嘩をしていたから目が覚めてしまったのだと欠伸交じりに答えた。
「まったく、寮の中で喧嘩なんてしやがって、外でやれっていうんだ」
「そうなんだ、でも、よかったじゃない、早起きできたんだから」
「あのな、そういう問題じゃ無いだろ」
ムッスリした表情に二人は思わず苦笑していた。
「あ、そうだ、皆守クンもあたしたちと一緒にツチノコ捕まえに行く?」
皆守はアロマの煙をフウと吹いた。
「何が、ツチノコを捕まえる?だよ、あんなもん捕まえられるわけ無いだろ、やるだけ時間の無駄だ、俺だったら、その分昼寝でもするがな」
「ああ、それいいなあ」
玖隆は笑いながら思わず相槌を返していた。
今日はいい天気だし、八千穂と一緒にツチノコを探しに行くのも、皆守と一緒に昼寝をするのも、どちらも提案としては悪くない。
皆守はニヤリと笑って指に挟んだパイプを揺らした。
「俺と一緒に寝るか?ベッドから落ちても知らないぞ」
「ベッド?」
どういう意味だ。
詳しく追求する前に、八千穂が口を尖らせる。
「捕まえられるわけが無い、って、皆守クン、ツチノコ見たことあるの?」
「ま、まァな」
玖隆は閉口していた。
―――今の様子といい、皆守は多分ツチノコを知らないだろう。
そもそもアロマとカレーと睡眠くらいしか興味の無い男なのに、そんな特殊な情報を把握しているわけが無い。
そして推察したとおり、八千穂にどんな姿をしていたのかと聞かれて、皆守が黒板に書きなぐったツチノコは子鬼のような姿をしていた。
「ツチノ子っていうくらいだからな、こういう子供の姿をしてたぜ?中々凶悪な面構えだろ?」
呆然とする玖隆をよそに、八千穂が勝ち誇った表情を浮かべた。
「ぶーッ、残念でした!」
「何だよ」
「ツチノコっていうのはね、蛇みたいな形をしているんだよ」
「蛇みたいな?」
「そう、こんな風に」
八千穂が黒板にツチノコを描いていく。
最初、おたまじゃくしかと思ったら、目と舌らしきものが付け足されて、一応蛇のような姿になった。
これがツチノコ、か?
「太くて短い胴体と恐ろしい顔つき、これがツチノコの姿だよ」
「何だよ、その不細工な生き物は」
「ひっどーい!」
もはや掛ける言葉も見つからない。
五十歩百歩、お互い様だ。確か日本に上手い格言があったと思ったが。
「あーちゃん!」
記憶の底をぼんやりさらっていた玖隆に、振り返った八千穂が泣きついてくる。
「あたしのツチノコ似てるよね、ね?」
「いいや、ツチノコと言えば俺の方が似てるだろ?」
皆守も必死だ。無理も無い、これほど大胆な絵を描いた人間を他に知らない。
知ったかぶりで大見得切った手前、引くに引けなくなっているのだろう。
しばらく考えて、やれやれと呟きながら、とりあえずより恥ずかしい方の味方をしてやることにした。
「甲太郎のほうが似てるよ」
「さすが、晃、絵心っていうのをわかってるな」
満足げな皆守に反して、八千穂は不満たっぷりの様子だ。
玖隆の思惑など微塵も気づいていないようで、また頭が痛くなってくるようだった。
苦笑いを浮かべる背後で、溜息が漏れる。
「―――おはようございます」
「あ、月魅、おっはよー」
「古人曰く」
七瀬は眼鏡のフレームを押し上げて、ちらりと皆守を見上げた。
「友情のための最大の努力は、友人に我々の欠点を見せる事ではない、彼に、彼の欠点を悟らせる事である」
「どういう意味だよ、七瀬」
「特に深い意味はありません」
皆守はまだ何か言いたげだ。眉間にしわが寄っている。
―――仕方のない奴め。
「ツチノコとは古代よりこの日本に存在していたUMA、未確認生物です、玖隆さんはツチノコの伝承を知っていますか?」
「ああ」
「では、私達がツチノコをどうしなければならないのかもわかりますよね?」
八千穂が不思議そうに、捕まえて賞金を貰うんじゃないのかと尋ねたものだから、すっかり憤慨して七瀬はツチノコ講義を始めてしまった。
ロマンティストな彼女は、超常現象の類を馬鹿にされると、時折こうやって爆発を起こす。
「元々野に棲んでいるといわれたツチノコが、こんな場所に現れるなんて、きっと文明の進歩と共に自然が失われ、棲むべき野を追われた結果かもしれません」
玖隆さん、と学園一の才女がガラスの奥の瞳を輝かせる。
これだから、若さというのは恐ろしい。未熟と愚かはまさに紙一重だ。
皆守と八千穂の事はさておき、まさか七瀬まで噂を鵜呑みにしているとは。
(まあ、俺も同い年なんだけどね)
醒めているのは過ごしてきた日々の違いだろうか。それともロマンが足りないのだろうか。
「もしそうだとしたら、私達人間にも責任があるのでは無いでしょうか?」
玖隆は笑いかけて、慌てて神妙な面持ちになると、そうだなと七瀬に相槌を打った。
彼女は満足したようだった。
「責任か」
ずっと黙っていた皆守が口を開く。
「文明の進歩がもたらしたのは迫害と破壊だけじゃないさ、高度な文明は、俺達に豊かな暮らしを与え、銀色の未来を見せてくれた、そういう上で生きている俺達に文明を非難する資格は無いと思うがな」
ちらりとこちらを見るので、玖隆は再び頷き返す。
どちらのいうことも一理ある。
人間は、文明だけでも、自然だけでも、生きていけない厄介な生き物だ。
けれど文明論云々より、皆守が時折見せるやけに理路整然とした部分は、ある意味驚きだった。
この間のように異星人騒動に本気で振り回されたり、臆面無くあんなツチノコを書いてのける人間と同人物とは思えない。頭でっかちな感は否めないけれど、それ以外にも秘密がありそうだった。
皆守もやはり満足そうに、俺の言葉に感動したか?とアロマのパイプを煙らせている。
今度は逆に七瀬のほうが黙り込んでしまった。
見かねて、八千穂が助け舟を出した。
「月魅だって文明の上に立つ人には責任があるって言っただけで、文明を否定したりなくなればいいなんて言ってないじゃない」
「俺も一般論を言ったまでだ」
中立の玖隆は黙って話の行きつく先を見守っていた。
三人の話題は結局ツチノコに戻って、皆守が八千穂に捕まえられるわけがないと揶揄した所で予鈴が鳴った。
「お、せっかく早く登校したのに授業に遅れたらシャレにならないぜ」
俺は先に行くからなと言い残して、皆守は教科書も持たずにぶらりと教室を出て行ってしまう。
「あ、待って、あたしも行くッ、あーちゃんも早く行こッ、それじゃ月魅、また後でね!」
八千穂があわててその後を追いかけた。
七瀬も、まだ複雑そうな表情で、それじゃあと言って教室を出て行きかけたとき、入ってきた男子生徒と肩がぶつかっていた。
「あ、ご、ごめんなさい」
「気をつけよ、女」
ギロリと睨まれて、怯えた様子で去っていく姿を目で追いかけてから、改めて、玖隆はそのまま正面まで歩いてきた男子生徒の姿をまじまじと観察してしまった。
―――こういう場合、驚くべきなのだろうか。
確か天香学園の校則では、学生服の改造は原形をとどめる程度までなら許容していた。
これまで出会った中では、唯一椎名が学生服をすっかりドレスのように作り変えてしまっていたけれど、まだ天香学園女子制服だとわかる程度の名残は残してあった。
しかし、さすがにこれはやりすぎだろう。
黒の羽織に紺の袴、足元は草履で、髪は白髪、おまけに眼帯まで着用している。
以前日本人は全員曲げを結っているものだと本気で思い込んでいた知人を何人か知っているけれど、こんな生徒が誰に咎められることも無く通学していたら、自分だって勘違いしてしまいそうだ。
和装の男子生徒は真里野剣介と名乗った。
「つかぬ事を聞くが、お主の名は?」
口調まで時代劇がかっている。
玖隆は半ば呆れながら答えた。
「玖隆晃だ」
「―――やはり、お主がそうか」
真里野の瞳に好戦的な光が浮かんでいた。
「噂によるとお主、随分と腕が立つようだな?その腕に敬意を表し、拙者も正々堂々と素性を明かして進ぜよう」
素性?
玖隆は僅かに身構えた。
まさか、こいつは。
「剣道部の主将というのは世を忍ぶ仮の姿、拙者の真の姿は、生徒会執行委員―――つまり、お主がここまで戦ってきたものと同じ、呪われし力を与えられた者よ」
全身がギュッと引き締まる。
よりによって、こんな時間帯のこんな場所で、執行委員が俺に何用だろう。
戦いの場はここより遥か地底の、石室の中では無いのだろうか。
こんなにも多くの無関係な人を巻き込む形で戦うつもりなど、少なくともこちらには無い。
有事の際には逃げ出すつもりで、油断無く様子を探っていると、真里野はこれまでの玖隆の宝捜し屋としての仕事振りを伝え聞いて、是非一度手合わせをしてみたくなったと用件を述べた。
(生徒会の人間としての用件じゃないのか?)
執行委員と名乗った以上一般人でないことだけは確かだけれど、その戦闘目的は、どうも不穏分子の排除などでは無いらしい。
「わかった」
玖隆は慎重に頷く。
「俺でいいなら、相手になってやる」
どのみち戦う相手だ。できることなら戦闘は避けたいが、障害が自ら名乗り出てきたなら、引くわけには行かないだろう。
「中々の慧眼、手合わせせずとも拙者の腕を見抜くとはな」
ますます手合わせしてみたくなったと、真里野は不敵な笑みを口の端に滲ませた。
これが、サムライというものなのか。
日本式の剣術に覚えは無いけれど、この際我流で迎え撃ってやろう。
刀剣の扱いはスクール時代嫌というほど叩き込まれた。必要となれば銃器の類も使用するつもりだった。
ただの剣士相手では卑怯かもしれないが、相手は特殊能力を持った超人、遠慮などしたらこちらが殺されてしまう。
「どうしたの、晃君」
場の雰囲気にそぐわない優しい声が、殺気だった空気をふわりと和いだ。
睨み合っていた二人は同時にビクリと肩を揺らす。
教室のドアから、雛川教諭が不思議そうな顔でこちらを見ていた。
「おはよう、あなたは確かB組の子ね?真里野君だったかしら」
「玖隆晃よ、続きは後でだ」
真里野は素早く耳打ちをする。
「正々堂々と、この事は他言せぬよう、それでは御免」
彼女を見向きもせずに去っていく。
入り口で少しよけて、雛川教諭は怪訝な表情を浮かべていた。
「あ、ごめんなさい、話の邪魔をしてしまったかしら?」
慌てて振り返った様子が少し不安げだったので、なんだか気がそがれてしまう。
いいえと答えながら、玖隆はニコリと微笑んでいた。
「丁度終わった所です、お気遣いなく」
「そう」
「そんなことより、おはようございます、先生、今朝も綺麗だ」
「もう、晃君、先生真面目に言っているのよ?」
赤らめた頬を少し膨らませる、その仕草すら、少女じみていて可愛らしい。
ずっと年上のはずなのにと、思わず目を細くしていた。
―――彼女の存在は、いつも記憶の底を少しだけざわつかせる。
「晃君」
雛川は、不意に思い詰めたような顔をすると、まだそこにいる玖隆の傍まで近づいてきた。
見詰める瞳の奥に、僅かに影を落とす。
「実は、あなたにお願いがあって探していたの」
「俺に、ですか?」
「今日の夜、7時くらいに先生の家に来てくれる?ちょっと学校じゃ話せない内容で」
一体何だというのだろう。
まさか、色っぽい話でもないだろうに。彼女とは、そんな関係では無い。
「あなたの考えを、聞かせて欲しいの、いい?」
「わかりました」
玖隆は頷いていた。
雛川は、ホッとしたように口の端を少しだけ綻ばせていた。
「晃君、ありがとう、それじゃ、夜の七時にまたね」
「はい」
「もう授業が始まるわ、音楽室に急ぎなさい」
はい、と答えて、教室から出ると、入り口の前で雛川と別れて、玖隆は音楽室へと足を急がせる。
一連の騒動のせいなのか、何か、予感めいたものが胸の奥で渦を巻いているようだった。
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