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7th-Discovery

 

「それで」

影は言う。

「例の『転校生』は、どうする」

お前がそれを聞くのかと男は思う。

気づかない振り、見ない振りをしてはいるが、本当は随分前から知っていた。

これまで多くの同胞が見出してきた光を、この者も彼の者に見出しかけている。

ただ、自らその事実を認めることも決してないだろうと、男は知っていた。

あの日、あの場所で、差し出された代価と、代わりに与えた安息。

自ら痛苦の中に身を置き続ける者などいない。

例えそれがどれ程の意味を持つと、知っていたとしても、安寧の中に安らぎを求めてしまう。

それが人間というものだ。

日々千の氷柱に貫かれ、それでも耐えて、歩み続けることの出来る強靭な精神など存在しない。

捧げられた供物は、明日への光。

それを内心渇望していたのは他の誰でもない、この者自身だ。

けれど、天照はその心ごと連れ去って、遠く黄泉路の岩戸の奥深くへと引き篭ってしまった。

閉ざされた扉を開く踊子は、いずれ現れるのだろうか。

そしてそれは―――彼の者で、あるのだろうか。

「玖隆晃か」

遺跡の闇で踊る、天宇受売命の名を男は呟く。

真実そうであるかはまだ予測すらできない。

ただ、これまでの踊り子よりいくらかましであるあの男は、果たして―――どれ程の扉を開けるのだろう。

「そろそろ見極めねばならないようだな、あの『転校生』の存在が、この学園に何をもたらすのか」

影は何も言わない。

内に秘めた複雑な心理は、男にすら推し量ることなど出来なかった。

ふらりと踵を返して、去っていく姿を見送りながら、足元に絡みつく闇は常世のものだ。

この地すら、影にとってはすでに安息をもたらしはしない。

知っていても男にはできる事が何も無かった。

どこにも行き場をなくして、それでも果たして、茨の檻からまだ羽ばたけるものなのだろうか。

「思い出の抜け殻を満たせるほどの光など、果たして」

―――あの男は持ち得るのだろうか。

濃い闇は、男の足元にこそ尚、より深々と纏わりつくようだった。

 

なんだか本当に妙なことになってしまったと、溜息を洩らす玖隆の姿は、彼本来のスラリとした男性の体躯に戻っている。

前回の真里野との一件、七瀬月魅の姿のまま、見事執行委員である彼を撃破した後、ファントムと名乗る謎の存在と遭遇して、気づいたら女子寮の部屋で倒れていた。

慌てて起き上がってあちこち見回して、元の姿に戻れたと安堵する間もなく、管理人に見つかって大騒ぎになってしまったのだった。

七瀬は案の定、他の生徒に玖隆の体のまま部屋に戻るまでを見られていたらしい。

勘違いした女生徒達に痴漢だ変質者だと散々騒がれて、挙句、今では自分と七瀬が付き合っているという噂がまことしやかに囁かれているようだ。正直途方に暮れている。

(まいったなあ)

七瀬と付き合っている云々の噂話に関して、それ自体はそう悪い気もしない。

実際七瀬は可愛らしいし、才気溢れる魅力的な少女だから、こちらにその気は無いにせよ、腹を立てるまでには至らないだろう。

玖隆の体が朝まで七瀬の部屋にあったことも事実なのだし、根も葉もない話だと真っ向から否定するのもおかしいような気がする。

けれど、やはりいい加減な情報の流通は多少なりとも損害をもたらしていて、あれ以来八千穂がやけによそよそしいのだ。

ハアと溜息をついて、机に顎を乗せる。

「まいったなあ」

ぼんやりしていると、ここの所すっかり耳慣れたファントムの噂話がまた聞こえてきた。

近頃は誰も彼もがあの怪人の話をしている。

英雄然と現れて、生徒達の危地を救っているらしいが、玖隆からしてみればそれこそ眉唾物の流言蜚語でしかないように思う。

俺と七瀬が付き合っているとかいう噂のほうがまだ可愛らしいじゃないか。

事実の如何はともかく、人質を取るような卑怯者を信用できるはずがない。

「あーちゃん」

ヒラヒラと目の前で手を振られて、玖隆はパチリと大きく瞳を開いていた。

起き上がるといつの間にか机の傍に皆守と八千穂が立っていた。

「どしたの、疲れてるの?」

「あ、や、そういうわけじゃないけど」

ゴメン、ぼんやりしていてと笑うと、八千穂は僅かに勘ぐっているようだった。

七瀬の事でも考えていたと思われたのだろうか。

皆守がアロマのパイプを口元から離しながら、周囲を半目で見回してやれやれとぼやいた。

「猫も杓子もファントム、ファントムか」

「最近はファントム同盟って言うのも出来たらしいね」

「アホか、自分から何かする勇気のない奴に限って、ああいうのを祭り上げたがるんだ」

大衆真理ってのは哀しいなと振り返るので、玖隆は曖昧に笑って見せる。

「けど、それが大多数の意見だろ?一人で頑張れる奴なんて、そうそういないさ」

それに徒党を組んだ人間は何をやらかすかわからない。

ある種フーリガンめいた暴徒に化す事もありうると、答えた玖隆に皆守は醒めた目で笑う。

「お前はまだわかっていない、本当の『生徒会』というものをな」

「なら、お前は知っているのか、甲太郎」

「フン―――少なくとも、転校数ヶ月の奴よりは知ってるつもりさ、なにせもう三年もここにいるんだからな」

それは確かにそうだろうけれど、もっと違う違和感を言葉の端々に感じてしまうのは何故だろうか。

玖隆は、表情こそ笑ったままだったけれど、胸の奥になんとも言えないわだかまりを覚えていた。

この頃強く思う。

それは、初めてであったときに感じた、強い予感に似ているようだった。

皆守の印象ばかりやけに強く残った、その理由。

あれからいつも隣にいてくれる、この案外面倒見のいい、ドライに振る舞うくせに実は気概ある友人、彼には多分―――そう、まだ憶測でしかないけれど―――目を逸らしてしまうにはあまりに明確な―――得体の知れない混沌。

皆守には何か、秘密がある。

それは誰でも幾つかは必ず持っているものだけれど、彼の秘密は自分に直結しているような気がしてならない。

つまりが、宝捜し屋としての玖隆晃―――あの遺跡の闇に関わる秘密というわけだ。

どうしてそう感じてしまうのか、自分でもよくわからないし、実際皆守に胡散臭い箇所は多々あるけれど、それは彼が常に厭世観を纏っているせいだと言えなくもない。

気のない素振りで、自分なんかに構う矛盾は、本当は彼が今の姿を望んでいない何よりの現われだろう。

ここにはそうやって、変化を求める人間が多く存在している。

その最たるものが皆守で、彼が危険の伴う遺跡探索に同行してくれたり、玖隆の仕事を手伝ってくれるのは、ただの善意だけじゃない、そういう思いもあるのだろうと、言われないまでも酌んでいた。

彼らの向けてくれる好意は、嘘偽りを含むものではない。

だから、皆守の事も取るに足らない、ただの杞憂だと―――そう、信じたいと思う。信じなければと思う。

人を疑うのは簡単だけれど、そんなものを自分に簡単に許してしまいたくは無かった。

例え、誰に裏切られたとしても、俺が誰かを裏切るような事だけはしたくない。それだけは絶対に嫌だ。

俺は、誰のことも決して、裏切ったりなんかしない。

僅かに強ばった口元に、気づいた皆守がすうと瞳を細くする。

「とにかく、小さな力をどれほど寄せ集めてみても、絶対に敵わないものがある事を奴らは知るべきなのさ」

「皆守クン」

まだ何かいいたそうな視線が玖隆の上を惑って、皆守はくるりと踵を返していた。

ぶらりと歩き出した背中に、八千穂が慌てて声をかける。

「もうすぐHR始まるよ?」

「無理に早起きしたせいで頭が痛いんだ、保健室で一休みしてくる」

「もう、さっき来たばっかりなのにーッ」

「いいんだよ、HRが始まる前に教室に入るという偉業を成し遂げたんだ、後はゆっくり休ませろ」

立ち止まるそぶりも見せずに出て行ってしまった皆守を見送って、振り返った八千穂はもうと頬を膨らませていた。

「皆守クンっていつも訳のわからない理屈ばっかりこねてるんだから」

「あいつなりの道理は通ってるんだよ、多分」

―――そういえば、さ」

声の様子が少し変わったので、玖隆は笑うのを止めて八千穂を見上げる。

「結局、あれからちゃんと聞けなかったし、ずっと気になってたんだけどね」

「うん」

「その、あーちゃんって、月魅のこと―――好き、なの?」

困ったように眉を寄せて、少しだけ頬を染めて、こちらを見ない八千穂の顔をそのまま見つめ続けた。

今何と答えたら、彼女の疑念を取り除いてやれるのだろう。

少しむくれている表情がとても可愛らしいと思う。玖隆はかすかに微笑んでいた。

今更だけど、八千穂に恋人がいない事がとても不思議だ。少なくとも俺なら放ってはおかない。

―――恋をするほどの余裕があれば、の話ではあるけれど。

「明日香ちゃん」

八千穂がそろりとこちらを向いた。

「七瀬は友達だろ、俺と、君の」

互いを指差しながら、ニッコリと笑いかける。

「だから勿論好きだよ、明日香ちゃんのことも、甲太郎のことも、他の皆も、大好きだよ」

「あ―――

いよいよ眉を寄せて、八千穂は慌てて手を振った。

「ご、ごめん、そうだよね、あれってやっぱり誤解だったんだよね?」

苦笑いで誤魔化して、玖隆は内心やれやれと溜息を吐いていた。

事情を話せば一番手っ取り早いけど、七瀬や劉教員の手前、そういうわけにも行かないだろう。

全く本当にややこしいことになってしまったと、つくづくあの災難を思い返す。

まさに人知の及ばぬ出来事だ。そう考えれば、案外貴重な体験でもあったのだろうか。

「みんな、静かに」

教室に雛川教員が入ってきた。

八千穂が慌てて席に着く。

教諭はHRの時間を使ってファントムに関しての注意を促す話をした。

これだけ騒ぎになっていれば、さすがに耳に入ってくるのだろう。真摯な対応に好感が持てる。

もっとも、それも教員という仕事の内なのだろうが、騒いでいる生徒達には多分釘にもならないとも思う。

熱狂している人間に、自らの浅慮を省みるような冷静な判断力は無い。

それは、雛川自身も同様に考えているらしく、彼女らしい理性的な論理でよく考えるようにと締めくくりながら教壇から降りた。

「玖隆君」

教室を出る前に、玖隆の机に立ち寄って、どこか控えめな笑みで微笑みかけてくる。

「まだ少し早いかもしれないけれど、その、進路のことで話しがあるの、良かったら今、先生に少し時間をくれるかしら?」

「わかりました」

頷きながら立ち上がった様子を見て、雛川はホッとしているようだった。

多分、彼女の本当の用事はそんなことではないのだろう。

不思議そうな顔をしている八千穂に、勉強頑張ってねと一言かけてから先導する姿に続いて、教室を出た。

廊下から望む窓の外には、今にも泣き出しそうな空が広がっていた。

一雨来るかもしれない。

そんな事をぼんやり考えながら、雛川の提案で、二人は屋上へ向かって歩き出した。

 

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