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8th-Discovery

 

 トントン。

控えめなノックに、答える声は無い。

トントン。

トントントン。

―――ううん」

軽く握った手をふと止めて、晃はドアの前で顎に手をあてた。

僅かな思考の後で、グッと拳を握り締める。

ガン!ゴン!ドンドンドン!

「うるせえ!」

廊下一杯に響き渡った、猛烈な連撃を受けた扉のノブが乱暴に回り、勢いよく開かれる瞬間軽やかにバックステップで距離を取る。

薄暗い部屋を背景に、まるで地獄の悪鬼のような顔をして、険悪な雰囲気の皆守がぬぼっと立っていた。

「お早う、甲太郎」

ニッコリ。

玖隆は微笑む。

「約束どおり、ちゃんと起こしに来てやったぞ、感謝しろよ」

―――ありがとよ」

くぐもった声で答えて、皆守の両肩がガクリと落ちた。

廊下から差し込む朝の清浄な光が、小鳥のさえずりと共に一日の始まりを告げていた。

 

ファァと大あくびを洩らして、せっかく起こしてやったというのに皆守はさっきから文句ばかり垂れている。

「まったく、俺の必要睡眠時間をその辺の奴らと一緒にして欲しくないぜ」

「お前の場合は眠りすぎなんだよ、昼間あれだけ寝ておいて、夜も眠るなんておこがましいぜ」

「あのな、睡眠は俺の最大の娯楽なんだ、放っておいてもらおうか」

「お前、暗いな、ひきこもりってやつか、ひょっとしなくても」

「うるせえ」

おっはようーと元気な声が、二人の背中を勢いよく叩いた。

はずみでガクンと体が揺れて、皆守があからさまに嫌な顔をする。

「皆守クン、今日はまた随分と早いご出勤だねえ、こんな時間にどしたの?」

どうもこうも、学生なのだから登校中に決まっているだろう。

八千穂の言葉から連想される事実に、玖隆はやれやれと苦笑していた。

「見ればわかんだろ」

パイプの先端がイライラと上下に揺れる。

「これ以上遅刻すると雛川があれこれうるさいんだよ」

「あ、また怒られたんだ、だって皆守クン、たまに朝早く来てもすぐいなくなっちゃうし」

仕方ないよねと言外に言われて、皆守はますます不機嫌に眉間を寄せる。

「そういえばヒナ先生の授業って、すんごい出席率いいよね、っていうかうちのクラス自体の出席率も先生が来る前より断然よくなってるし、先生、色々と努力してるんだなあ」

まだ教員免許を取ったばかりだろう、うら若き美貌の女教師は、その見目麗しい外見とは裏腹にかなりの努力家で、一本芯も通っている。

その彼女が、屋上で怯えていた様子を、玖隆はぼんやり思い出していた。

どれ程優秀で確固たる信念を抱いていても、人は時に驚くほど脆い一面を露にしてしまうものだ。

それは性別、年齢を問わない。

心が肉体を侵食したり、またその逆の状況だって、誰にでも起こりうる。

俺達は完璧ではないのだから。

「ん?」

皆守の声と、16和音の着信音で、意識が現実に引き戻された。

八千穂と彼は微妙な雰囲気になったまま、携帯電話だけが賑やかしのように鳴り続けている。

「その着メロ、皆守クンのでしょ?」

メールじゃないのと聞かれても、皆守は携帯電話を取り出そうとしない。

そんな事すら面倒なのかと勘ぐった途端、今度は八千穂のバックの中から着信音が聞こえてきた。

「ありゃ、あたしのもだ、何だろ」

直後に玖隆のHANTからもメールの着信を告げる音声が響く。

ほとんど同時に開封して、内容を確認した途端、八千穂がアッと声を上げた。

「これ、夜会の招待状!」

そこに表示されていたのは、阿門家執事と名乗る人物からの丁寧な招致メールだった。

本日午後九時。しかも、開催場所は件の会長の自宅と記されてある。

わざわざ個人名義で送信してくるとは、なかなか念の入ったお呼び立て様だ。

(夜会、ねえ)

俄かに漂う胡散臭い雰囲気に、胸の内でニヒルな笑いを洩らす。

あの威圧的な生徒会会長が、どんな会合を開くつもりなのだろうか。

(なかなか見物だな、生徒会長―――何を企んでいる?)

皆守は相変わらず携帯電話を開こうとせず、かわりに玖隆の様子を伺っているようだった。

「わ、あーちゃんにも来たんじゃないの?すごいよーッ」

八千穂だけが無邪気にはしゃいでHANTの画面を覗き込んできた。

「あのね、あーちゃんは知らないかもしれないけど、夜会って言うのは毎年この日に生徒会長の主催で行われるパーティーなんだよ」

「毎年?」

うん、と八千穂は頷く。

「その招待状は選ばれた人にしか来ないんだ、明日は休みだし、夜会は日付が変わるまで行われるから、参加者だけは大手を振って夜更かしできるんだよッ」

「そうなのか」

ふうん、選ばれた人にだけ贈られてくる招待状、ねえ。

今頃、取手や椎名、黒塚などにも同文のメールが届いているんじゃないだろうか。

教員の雛川にまで届けられたのだろうか。

「ねーねー!皆守クンにも来てるんじゃないの?さっきのメール!開いてみなよぉ」

八千穂は皆守のポケットに手を突っ込みそうな勢いだ。

煩わしそうに振り払って、皆守はアロマの煙を吸引している。

「関係ないね、そもそも、その選ばれる基準ってのは何なんだよ」

「それは―――わかんないけど、でも、ねえ、いいから見てみなって」

貸して、やめろよともみ合っているうちに、バランスを崩した八千穂がすぐ傍を通りかかった男子生徒にぶつかった。

「きゃッ」

よろめいた彼女の腕をとっさに捕まえて、玖隆はグッと引き寄せる。

ぶつかられた男子生徒は、顔をしかめてから、少しオドオドと視線をよこした。

(何だ?)

その、彼の眼が玖隆を見た途端、一瞬ハッと見開かれた―――ような気が、したのだが。

「ご、ゴメンなさいっ」

慌てて頭を下げる八千穂に、男子生徒はダイジョブデスカラと片言の日本語で短く答えて、そのまま歩いて行ってしまった。

「馬鹿、道の真ん中ではしゃいでるからだ」

皆守の的を得た、しかし手厳しい一言に八千穂はムウと頬を膨らませる。

「だって」

「まあまあ、甲太郎、向こうもなんとも無かったみたいだし、もういいだろ?それより明日香ちゃんは大丈夫?」

「あ、う、うん」

そこでようやく自分が玖隆に寄りかかったままでいることに気づいて、八千穂は慌てて距離を取るとあーちゃんもごめんねと上目遣いに謝ってきた。少し、頬が赤い。

皆守が男子生徒の去っていった方角を眺めている。

「あの子、A組の留学生だよね」

「ああ、トトとかいったか、確かエジプトから来たとか」

ぶつかった箇所をまだ押さえているので、玖隆は八千穂の顔を覗き込んだ。

「痛いのか?」

「あ、ううんッ、そうじゃないの、ただ―――触ったトコが熱いっていうか、なんかビリビリする感じで」

「静電気か何かじゃないのか?」

「うん、多分そうだと思うけど」

皆守の言葉に僅かに表情を曇らせて、すぐ吹っ切るように、うん、そうだよと明るく頷いている。

確かに八千穂は心配ないようだけれど、玖隆は今の男子生徒が気になって仕方なかった。

一瞬見せたあの表情、あれは、何だったのだろうか。

「あーちゃん」

「うん?」

八千穂が微笑みかけてくる。

「早く行こう?急がないと遅刻しちゃうよッ」

「そうだね」

(少し気にしすぎだろうか)

玖隆はとりあえず考えを除けておくことにした。

それ以上に、今晩は件の夜会が行われるのだから、もっとそちらに集中しなければ。

皆守に届いたメールの事は、さっきのゴタゴタですっかりうやむやになってしまったらしい。

楽しげに他の話を始める八千穂に相槌を打ちながら、玖隆は今更に内容を知りたいような気分がしていた。

 

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