「なあ、晃君、そろそろ交代してみないか?」

情けない声で弱音を吐いた目の前の大人に、ずっと様子を見ていた子供はいいですよと気安い笑みで答えた。

辺りがすっかり夜の帳に包まれるのを待って、玖隆と鴉室は墓地に潜入を果たした。

このあたりはいつも夜霧がひどくて、今夜もうっすらと霞がかっている。

多分土質のせいだろうけれど、もしかしたら遺跡の入り口があるせいかもしれないと、らしくもなくオカルティックな考えがよぎる。

玖隆は首を振って、湿り気のある土にスコップの先端を突き刺すと、ざくざく景気よく掘り出した途端、さすがは若人!と調子のいい祝辞を贈られてしまった。

「はー、もう腰がイタイのなんのって、俺も歳かねえ」

普段年長者扱いするとあんなにむきになって訂正するくせにと、穴を掘り進めながら苦笑いを浮かべた。

「なあ、晃君」

―――何ですか?」

「さっきはああ言ったが、実は俺、結構興味津々なんだぜ?君が一体何者なのか」

玖隆は動作を止めて、顔を上げた。

「晃君は?」

「何がですか」

「俺に興味とかないの?」

墓石の一つに腰を下ろして、立てた両膝の上に腕を乗せ、その先端で組んだ手の甲の上に顎を乗せた鴉室はニッと歯を見せて笑う。

「貧乏探偵っていうのは世を忍ぶ仮の姿で、実は、とかさ」

アハハ。

玖隆も笑う。

そういえば、と、鴉室と初めて出会った時の事を思い出していた。

「宇宙探偵じゃないんですか?もっとすごいヒーローとか」

「あっはっは、そんなに期待されるとなー、どうしよっかなー、晃君にだけ教えちゃおうかなあ」

休ませていた手元を再び握りなおして、玖隆は再びスコップを振るう。

話題の中心がさらりと逸れてしまったが、鴉室もこちらの正体に大まかな目星が立っているのだろう。

七瀬、夕薙についで、彼で三人目。

こうも続くとそろそろ勘がいいの言葉だけでは片付けられなくなってくる。

(甲太郎に言われたとおり、もうちょっと気をつけないといけないかもな)

外気はすでに冬の冷気を含んでいるというのに、重労働に汗が滲んでくる。

思わず額を擦ると、ザラリとした感触と共に泥がついてしまったようだった。

(夜会に行く前にスッキリさせておかないと、さすがに明日香ちゃんも嫌がるだろう)

いくら着るものに無頓着な性分とはいえ、女性をエスコートする予定がある以上、それなりに清潔できちんとした身なりをしていかないと、何より相手に失礼だ。

時間はまだ残っているだろうかと考えた途端、ガツンと硬い衝撃がスコップから腕に伝わってきた。

「ん?」

鴉室が穴の中を覗きに来る。

「お、そろそろか、スコップ貸しな、後は俺がやってやるよ」

残りの土を申し訳程度にかいて、出てきたのは流線型の棺だった。

「ビーンゴ、っていうか、本当に棺が出てきたなあ、ま、当たり前か、墓地なんだし」

「上に出しますか?」

「いんや、このまま開けちまおう、片付けんのが面倒だからな」

晃君、そっち持ってと鴉室が指示して、二人で棺の蓋を持ち上げる。

エジプトなどでもっぱら出土される棺に、この墓地の棺は形がよく似ている。

日本は火葬の国で、骨壷は大概小さな箱型をしているし、日本古来の埋葬形態を取るとしても長方形の石棺が主流のはずなのだが。

「よいしょおっと!」

同時に持ち上げると、ぱらぱらと土がこぼれた。

直後に二人は息を呑んだ。

「おいおいおい―――こいつは、聞いてた話と随分違うんじゃないか?」

鴉室も以前八千穂から聞かされたような墓地の情報を持っていたのだろうか。

墓石の下には、行方不明者の遺留品が納められているらしい。

―――だが、これは。

「確か、彼らの力に襲われた者は、生気を吸い取られるって話があったな」

彼らとは執行委員及び生徒会所属の者達のことだろう。

「ミイラってのは元々死体を保存するための方法だ、ひょっとすると、こいつは」

棺の中に収められていた物体―――麻布をしっかり巻きつけられて、防虫保護処理を施された、多分人と思しき物体を一瞥して、鴉室が顔を上げる。

「死んでるわけじゃ、ないのかもしれないな」

玖隆は息を呑んだ。

鎮魂際の夜に暴かれた真実。

これは、遺体なのか、それともまだ生きているのか。

音楽室で助けた少女の手の様子が鮮明に脳裏に蘇っていた。

あの状態が、ここにいるものの全身に起こっている現象だとしたら。

(これは、殺しだ)

あらためて、背筋がゾクリと粟立つ。

玖隆自身遺跡に潜る時はいつでも死の恐怖と隣り合わせだし、自分で望んでしている行為だから、敵対者に殺意を持って襲われたとしてもなんら疑問は感じない。

けれど、今目の前にある包みの内側は、おそらくごく平凡な一般民間人だったはずだ。

彼らの保護と管理を行うための組織が、生徒会ではなかったのか?

学園の治安を守り、すべてにおいての秩序を尊ぶことで、この地下に潜む漆黒の瘴気から守っていたのではないのか。

―――いや)

違う。

玖隆は、唐突に気づいてしまった。

生徒会の人間は生徒も、学校関係者も、いや、天香学園自体、守るつもりは無い。

これまで遺跡で立ちはだかってきた執行委員達全員が口にしていた通り、彼らの本来の目的は―――

「墓守だ」

「ん?」

鴉室が顔をしかめる。

「墓を、守っているんだ」

「どうした晃君、今更これしきのことで動揺する君じゃないだろう?」

恐ろしい事実に、知らず血の気が引いていく。

あれは、あの力はやはり、この遺跡に寄るものだ。

生徒会の人間は皆対価を差し出し、この地に縛られている。

捧げたものは心や、それに匹敵するだけの思い出。与えられたものは新しい暮らしと、常人を凌駕する力。

自ら縛鎖に連なり続ける訳は、それが彼らの望みだから。

そして墓守の長である阿門帝等という男は、きっと―――

「そこにいるのは誰だ、何をしておるッ」

夜霧を貫いて響いた怒号に、鴉室が慌てて棺を閉じるように指示した。

「ヤバイ、墓守の爺さんだッ、今日は色々と面白い事がわかったな晃君」

口早にまくし立てて玖隆の背中をポンポンと叩く。

「んじゃ、また会おう!」

穴から出た直後、一目散に闇の中へと逃げていく。

玖隆は、そのまま立ち止まり、近づいてくるカンテラの光をじっと睨みつけていた。

―――何故逃げない」

やがて現れた襤褸くずのような老人が、その風体に見合わない鋭い眼光を玖隆に向けていた。

今、体の内側で、様々な感情がめまぐるしく回っている。

それは、怒り、恐怖、不安、そして―――好奇心。

やはり最たるものはそれなのかと、物好きな自分に口の端がつりあがる。

老人が一瞬怪訝な顔をして、それから足元の穴に目を向けた。

「それを見たのか、この学園で生徒会に背いた愚か者の末路を」

「なあ、教えてくれないか、爺さん」

「何?」

ふつふつと湧き上がってくる思いが、そのまま言葉に変わっていく。

「これは、いや、ここに眠る人達は、全員こんな姿なのか?」

墓守は身じろぎもせず、間を置いて、不気味な笑みをしわだらけの顔面に滲ませた。

「そうだ、こいつらは死んでいるわけじゃあない、この学園を覆う呪いとやらの正体さえわかれば、元に戻す方法もあるかもしれん」

ボロボロの裾を引きずるようにして穴の傍まで来ると、転がっていたスコップを拾い上げた。

「玖隆よ、それを見つけて、呪いなどという非科学的なものなど存在しないということを証明してみせろ」

―――どこかで聞いたことのある台詞だ。

「それはお前の目的にも適うはずだ」

「何?」

「この棺は俺が元に戻しておく、お前には行くべき場所があるだろう」

墓守は穴の周りに盛り上がった土を緩慢な動作で戻し始める。

「もうここへは来るな」

初めて声に感情が篭っていた。

老人は、それでも玖隆がまたここに来る事を予見しているかのような口調で続ける。

「お前が棺に納まる姿など、見たくは無いからな」

月明かりが照らす姿を暫し見詰めて、玖隆は踵を返すと墓から一気に駆け出していた。

もどかしい想いが、薄皮一枚の下で飛び出す瞬間を待ちわびてうずうずしている。

生徒会、そして遺跡。墓守と墓の関連性。生きたまま葬られた学園の関係者達。そして、今夜の鎮魂際。

「ふ、フフ、フフフ」

こらえきれずに笑い声が漏れていた。

「俄然、楽しくなってきたじゃないか」

それでこそ、命を掛ける意義があるというもの。

お前達がその気なら、俺は必ず真実にたどり着いてみせる。

らしくもなくナーバスに沈んでいた気分が、一気に沸騰するようだった。

みなぎる両足に速度を乗せて、闇を疾駆する玖隆はまるで自分が獰猛な獣になったような気がしていた。

 

途中まで来た所で、玖隆はようやくはたと思い出して、ひとまず寮へとつま先の方向転換をした。

制服の汚れは叩き落とすしかないが、下着とシャツは着替えていけるだろう。顔と両手も洗っておかなければ。

目的が楽しむことでないとはいえ、あまり汚い姿では格好がつかない。

泥だらけの靴底を出入り口の縁にゴリゴリこすりつけて、汚れを落としてから廊下を歩き始める。

今の時刻は誰も自室に戻っているか、どこか他の室内で過ごしているのだろう。蛍光灯が照らし出す薄暗い景色に人影は無い。

自室のノブに手を掛けた瞬間、コツ、と背後で靴音が響いた。

「晃?」

振り返った視線の先に、部屋着姿の皆守が立っていた。

「なんだ、夜会に行ったんじゃなかったのか?」

言いながら近づいてきて、急に困惑したように眉を寄せる。

「って、そんなに泥だらけになって何やってたんだよ、まったく―――

手を伸ばして服の汚れを叩き落していく。

玖隆は苦笑いを洩らした。保護者の顔はお前の十八番だよな。

「そんだけ汚れてちゃどうしようもないな、お前、夜会行く気だろ?」

「ああ、まあ」

「だったら、その前に風呂くらい入っていけよ」

「え?」

「外は寒かったろ?一度あったまってから行くのも悪くないぜ」

本当に母親か何かのようだ。

少し逡巡して、玖隆は結局おとなしく頷いていた。

まだ多少時間もあるし、せっかく誘ってくれているのだから、風呂ぐらい入っていっても構わないだろう。

「ああ、そうだな」

「じゃあ、さっさと着替えとってこいよ、先に向かってるから」

言われて初めて気が付いた。皆守の片腕には、桶とシャンプー類、タオルなどが抱えられている。

「お前も入るのか?」

「ああ、そうだ」

じゃ、後でなと残して去っていく後姿を見送りながら、俺はついでだったのかと、玖隆は再び苦笑を洩らしていた。

 

ガラス戸を開ける前から大勢の気配がしていて、僅かに入室をためらう。

(止むを得ないな)

晃は意を決してサッシを開いた。

「よう、来たか」

真っ先に姿を見つけた皆守が声をかけてくる。随分目ざといので、入ってくるのを待っていたのかもしれないと、都合のいい考えが脳裏をよぎっていた。

「うん?お前も風呂か」

夕薙の大きな体躯は、いくら共同とはいえ湯船が随分小さく見える。

「ぼけっとしてないでさっさと入れよ」

これは―――と、玖隆は後ろ手に扉を閉めながら、あらためて閉口していた。

最大15人同時入浴可能と聞かされていた風呂場には、同性の裸がひしめき合っている。

いわゆるイモ洗いという状態だ。

いつも入浴可能時間ギリギリに浴場を利用して、殆ど人のいない風呂に入っているから、ここまで密度が高い状況は初めてだ。

やっぱり、断っておけばよかったかなと、ついため息が漏れてしまった。

手近な椅子に腰掛けると、お前その怪我どうしたんだよと隣の生徒が早速興味津々に話しかけてきた。

「あ、ああ、昔ちょっと」

「なんだ?ん、あれ、こっちにもでかい傷跡があんじゃん、ここにも、お前何事?ヤバイことでもやってんの?」

アハハ。

引きつるように笑いながら、玖隆は昔サマースクールでしごかれてと適当にお茶を濁す。

「サマースクールってあれだろ?外国の子供とかが夏の間だけ森で過ごしたりする」

「あれってサバイバルゲームなわけ?うっわこえー、外人ってガキの頃から訓練受けてんだ」

大いに語弊があるようだが、まあどうでもいいことだとそのまま苦笑いで済ませた。

―――正直、こうしてヘタなツッコミを受けたくないから、いつも他の生徒たちと入浴時間をずらしているのだ。

今日は泥まみれだったのと皆守誘われたのとで、ダブルの不可抗力だった。

これ以上話のネタにされないようにと、玖隆はさっさと身体を洗い、髪を洗って、そのまま逃げるように湯船に向かう。

「ちょっと、アンタ、もう満員っすよ」

浴槽に片足を突っ込もうとした瞬間言われて、振り返るとどこかで見たような顔が目を眇めてこちらを見上げていた。

「けちけちすんなって、まだ入れるだろ」

皆守がアロマを吹かす。

こいつ、こんなところでも吸っているのか。葉や紙はしけってしまわないのだろうか。

「遠慮するな、玖隆、こっちは空いてるぞ」

夕薙に言われて、玖隆は彼の隣に場所を確保した。

ふう、と息を吐くと、温もりが隅々まで染み渡ってくる。

「玖隆、君のわき腹と腕の傷は、比較的新しいものみたいだな」

「ん?ああ」

玖隆は夕薙を振り返らずに、目の前で行われている皆守と先ほどの男子生徒のやり取りを眺めていた。

男子生徒は夷澤だった。眼鏡をかけていないと随分印象が変わるものだ。前髪も濡れて落ちていたからかもしれない。

「晃、お前は?」

湯加減のことで言い争いになっていた皆守がムッスリした顔で振り返るので、つい笑いながら普通が丁度いいんじゃないかと答える。

途端、彼は勝ち誇った表情で夷澤に向かって湯加減を調節しろと命令していた。

悔しそうに愚痴りながら蛇口をひねりに行く夷澤の背中は相変わらず舎弟風味だ。

夕薙の視線は、もう感じなくなっていた。

「お前って、髪の毛濡れると雰囲気変わるなあ、案外猫ッ毛なのか?」

「パーマのせいだろ、髪質自体はそんなに柔らかくねえよ」

「そうかな」

皆守の髪の毛に触れていると、同じように玖隆の髪に触ってお前は少し固めだなと笑われた。

視線が、肩の傷跡に移る。

今は湯船に浸かっているからあまりわからないだろうけど、体中くまなく傷だらけだ。

顔はさすがに目立つから気をつけているけれど、服の下は常に切れたり裂けたりしている。

汚い痕もたくさん残っている。

治った部分の肉が変に盛り上がっていたり、皮膚が引き攣れていたり、変色していたり、えぐれていたりと、つぶさに見たらかなり気持ちの悪い体だろう。

玖隆は三角に座りながら首まで湯の中に沈みこんだ。

代わりに露になった背中にも大きな切り傷と弾痕がある事を思い出して、そろそろと奥に身を寄せる。

「バカ」

皆守が不意に苦笑した。

「そろそろ出るか?もう十分あったまっただろう?」

「ああ」

「それじゃあ、行こうぜ」

玖隆はつれられて、一緒に浴場を後にした。

 

「なあ」

脱衣場のドアを出てすぐ、少しためらいがちな皆守の声がしんとした廊下に響く。

「ん?」

「お前さ、あの傷は、やっぱり仕事でついたものなのか?」

「ああ」

気にしていたのかと、口元に笑みが浮かぶ。

「そうだよ」

「怪我ばかりしているよな、お前」

「アハハ」

「笑い事じゃねえよ」

珍しく襟元を開いている玖隆の、覗いている鎖骨に眼をやって、皆守はなにか言いかけた。

「うん?」

「いや」

何でもないと目を反らされる。

「食えない野郎だよな、お前って」

「甲太郎にだけは言われたく無いぜ」

「フン、お前みたいなのはあの遺跡でとっととくたばっちまえばいいのさ」

「コラコラ、本気か?」

「冗談に決まってるだろ」

不意に立ち止まった皆守に、玖隆も足を止めて振り返った。

蛍光灯に照らされた姿はやけに暗く見える。

「晃」

掌が、まだ濡れている玖隆の髪に触れた。

くしゃりと間に指を突っ込んでくる。

「風邪ひかないように、ちゃんと髪の毛乾かしてから行けよ」

先端をつまんで弄ぶと、絞り落ちた雫がポタポタ肌を伝った。

「外は寒いだろうからな」

そのまま耳の後ろに触れた途端、手は慌てて引っ込められた。

唖然としている玖隆の頭に、持ってきたフェイスタオルをかぶせて、それでよく拭いておけと皆守がぶっきらぼうに言い捨てる。

タオルにはほのかにラベンダーの香りが染付いていた。

「サンキュ」

微笑むと、皆守の口元でアロマの煙が揺れる。

「じゃあ、また後でな」

「おう」

「気をつけて行ってこいよ、晃」

頷いた玖隆に、皆守はスッと瞳を細くして、そのまま歩いていってしまった。

―――今、一体何を言いかけたのだろう。

いつも身につけているリングを通したチェーンは、はずして自室に置いてきた。

細かいツッコミを受けるのが嫌で、風呂の時間同様、こちらも人目につかないように気をつけている。

この間の一件、やはり不可抗力で見られてしまった養護教諭と皆守以外、誰も知らない事だ。

ぽたり、と雫がまた肌を伝う。タオルは柔らかくて、被っていると少しだけ暖かかった。

適当な言葉の見つからない感情がグルグルと胸でわだかまっている。

照明で照らされているのに、風景は相変わらず暗い。

足元から伸びる影に、僅かに胸を痛めながら、玖隆は吹っ切るように自室に向かって歩き出した。

 

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