※ゲーム未クリアの方はお読みになられませんよう、ご注意申し上げます。
「9th-Discovery」
懐かしい笑顔が笑っている。
金色の髪、ブルーの瞳、白い肌―――懐かしい、懐かしいあの人の笑顔が。
「晃」
優しい声で呼びかけてくる。
「私達が仕事を続けていく上で、大切なことって、何だかわかる?」
「ええっと」
俺はまだ幼い姿だ。
バカみたいに幸せそうで、ああ、本当に、なんて顔で笑ってるんだ。
「死なないこと、確実に依頼を成功させること、かな?」
フフフ。
彼女は微笑んだ。
「あなたって真面目ね、そういうところ、好きだけど、ちょっと違うわ」
「じゃあ、一体何なんだ?」
「それは―――」
―――信じること。
「信じる?」
「そう」
「そんな事が一番大切なのか?」
「信じるっていうのは、まず自分自身を信じなくちゃならない、これは、簡単なようで一番難しいことよ」
晃、あなたは自分を信じている?
「勿論!でなきゃ、こんな所にいないさ」
「そうよね」
ウフフ。
「なら、あなたの信じるものを、信じなさい、あなた自身を信じるように、心から信じなさい、それが、最後には必ずあなたを助けてくれるから」
けど、何を信じたらいいんだ。
今の俺は何を信じたらいい。
「あなた自身を、信じるのよ」
姿が急に遠く霞む。
―――待ってくれ。
「貴方が愛しているものを、その心のままに、信じなさい」
―――行かないでくれ。
―――愛する者も、想い出も、君が連れて行ってしまったじゃないか。
―――最後まで信じて、そのまま、何もかも失くしてしまったじゃないか。
「忘れては、ダメ、いつでも思い出はあなたの傍にある、だから、信じて」
―――行かないでくれ。
「忘れないで」
―――俺を置いていくな。
―――待って、待ってくれ!
「愛した記憶も、想い出も、全ては真実なのよ、だから、忘れないで、信じて―――」
「いくなあ!」
叫んで、上掛けを跳ね除けたまま、肩で荒い息を繰り返す。
まだ薄暗い部屋の中、カーテン越しに宵闇が忍び込んでいた。
胸元でチリリと音がして、見下ろした玖隆は、深いため息を落とす。
リングに触れて、握り締めると、そのままギュウと目を閉じた。
「―――何で、今更思い出すんだ」
低い呟きは部屋の闇に紛れて、深く沈み、消えた。
―――鼻先に淡い香りが漂っていた。
「みんな、静かに、今日はまた一人転校生を紹介します」
教室に入ってきた男子生徒の姿を、机の上にだらりと乗っかったまま、玖隆は気のない素振りで眺めている。
近頃はここでこうして普通の男子高校生のフリをしていることにもすっかり慣れてしまった。
顎を天板にくっつけて、両肩も乗せて、腕は下に降ろしている。傍目からは明らかにやる気のない姿だろう。
怒らないのは雛川教員だけだから、彼女の前でだけ、よくこうして弛緩してくつろいでいた。
夜中は色々と忙しいから、心と身体を休めるのに、昼間の太陽は心地よい。
雛川はそんな玖隆の姿を目にとめて、かすかに苦笑を浮かべている。
「今日からみんなと一緒に勉強することになった、喪部銛矢君です」
よろしく、と長い前髪を軽く払う仕草をして、隣に立っていた男子学生はつまらなそうに教室を見回していた。
目つきの悪い、感じのあまりよろしくない男だ。こういうのは大体雰囲気で察知する。
きざったらしい物腰にもいけ好かないものを感じたけれど、何より彼の纏っている気配が玖隆は気になっていた。
なんだろう、この―――肌をピリピリさせるような、妙な緊張感は。
適当に挨拶を済ませると、喪部は雛川に指示された席に腰を下ろした。
別にどうでもいいような表情だ。
そのまま、一時間目の授業が始まっても、喪部は隣の席の生徒に教科書を見せてもらうでもなく、また個別にノートを取るでもなく、ただ煩わしそうに黒板を眺めていただけだった。
シャープペンを動かして、真面目にノートを取っているフリをしながら、玖隆は時々感づかれないように様子を伺う。
「―――ねえ、ねえ、あーちゃん」
休み時間になり、隣の席から八千穂が身体を乗り出して話しかけてきた。
「びっくりしたねえ、また転校生だなんて、しかもまた外国からだよ、あーちゃんは前はどこにいたんだっけ」
教科書とノートをしまって、玖隆は振り返る。
どうやら彼女も、別な意味で新たな転校生に興味津々であるらしい。
「アラブ連合、カイロだよ」
「今度の人は南米だって聞いたよ、ねえ、あそこって」
「キミ」
呼び声に、八千穂がウワッと声を上げる。
見上げると、すぐ近くに喪部が立っていた。
気配を殆ど感じなかったのと、身のこなしのよさに、玖隆の警戒心が頭をもたげる。
この男は何者だろうか。
「何か用かな?」
こちらの友好的な対応に、喪部はフンと鼻を鳴らして答えた。随分横柄な態度だ。
「キミ、確か、玖隆晃だね」
エッと八千穂が小さく声を洩らした。
何故名前を知っているのかと、そう思ったのだろう。驚いた顔で振り返ってくる。
玖隆は、別に喪部とは知り合いでも何でもなかったので、八千穂の視線を無視して彼の様子を伺い続けていた。
俺は、それほど有名人ではないはずだが。
「この学園では他所ではお目にかかれない面白い場所があると聞いたんだが、よかったら今度、案内してくれないかい?」
見下ろしてくる侮蔑を孕んだ眼差しに、ニッコリと笑い返す。
「ああ、構わない、ただ俺も転校してきたばかりだから、まだあまりこの学園に詳しくないけど、それでもよければ」
喪部の顔にあからさまな嫌悪が滲んだ。
「キミ、鬱陶しいね」
「何か気に触ったかな」
「―――まあ、いいさ」
くるりと踵を返した。
「そのうち、ゆっくりと話をしよう、ゆっくりと、ね」
肩を震わせて、笑いながら去っていく。
あからさまに様子のおかしい喪部の背中を見送って、八千穂が椅子から立って傍に近づいてきた。
「喪部クンって、何ていうか、ちょっと雰囲気が怖いね」
「そうだね」
「でも、せっかく同じクラスになったんだから、仲良くなれればいいな」
玖隆は隣の八千穂を見上げて、ニッコリと微笑み返した。
この性質の善さは、彼女の最大の美点だ。いつでも大いに好感が持てる。
「そうだね、なれるといいな」
「うん」
エヘヘ、と嬉しそうに笑って、それから少しだけ照れた顔をした彼女は、不意にとろんと目の奥を濁らせた。
玖隆も唐突に、意識が朦朧としてくる。
鼻先に、今朝部屋で嗅いだものと同じ香りが漂っていた。
「あれ、まただよー」
八千穂が鼻をくんくんさせながら、不思議そうに首を傾げる。
「今朝からずっと、なんかいい匂いがしてるんだよね、なんだろう、頭の奥がちょっとぼうっとするみたいな」
「明日香ちゃんもなのか」
「あーちゃんも?あれ、じゃあみんなもなのかなあ」
香り自体は決して嫌悪感をもたらすもので無いのに、玖隆のどこかが、この匂いを否定していた。
頭全体が霞に包まれているように、思い出せない何かがあるような気がする。
それがなんなのか、考えようとすると、香りが漂うのだ。
困惑する二人の間に、チャイムが鳴り響いていた。
「おっと、いけない、そろそろ座らないと」
教室に入ってきた次教科の教員の姿を見て、八千穂が慌てて椅子に戻っていく。
もう一度あたりに漂う芳香を吸って、僅かに眉間を寄せながら、玖隆も授業を受ける準備をした。
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