「晃、いいな?自分を見失うんじゃないぞ」

マミーズを出たあと、別れる直前、不意に顔を覗き込んで、真面目にそう言った皆守の姿を思い出している。

普段からかなり過保護気味に接せられていると思っていたけれど、今日はその傾向が特に強いようだ。

皆守は、彼なりの行動原理に基づいて色々世話を焼いてくれているみたいだけれど、最近では親切の一言で割り切れない何かを感じる事が間々ある。

思い込みや、勘違いの類とは多分違う。この感覚には覚えがある。

考えすぎなのだろうか?

色々な感情ががごちゃ混ぜに絡み合って、気づけば誰よりも気にしている彼の事。

何かの不意に面影がよぎる。

日に何度も姿を思ってしまう。

そう、まるでこれは

 

―――恋みたいじゃないか。

 

(何だよ、それ)

口元に微かな笑みが浮かんでいた。

こんなに誰か一人が気になるなんて、随分無かった事だ。

変わってきているのは皆守だけじゃない。俺たちは、互いに響きあっているのだろう。

それでも、消せない思い出はまだ時折耐えがたい苦痛をもたらすけれど。

「ねえ、あーちゃん」

テーブル越しの八千穂は、彼女らしくない沈んだ表情をしていた。

玖隆も相変わらず沈鬱したまま思考の迷路をさまよい続けている。

今は昼過ぎ、午後の授業は休講で、二人は自習ついでにマミーズを訪れていた。

「あたし、夢でも見てたのかな?」

悲しみの原因は、失くしてしまった記憶のせいだ。

俺たちが忘れている、大切な誰か。

思い出そうとするたび、重い香りが邪魔をする。

俺も動いてみると言っていたけれど、皆守は本当に大丈夫なのだろうか?

―――いや

考えかけてやめる。

「明日香ちゃん」

八千穂が顔を上げた。

「夢なんかじゃない、明日香ちゃんの想いも、俺の記憶も、全部夢なんかじゃないよ」

「あーちゃん」

ハの字だった眉が、ちょっとだけ緩んで明るい笑顔に変わる。

「ありがと、エヘヘ、そう言ってもらったら、ちょっと安心した」

「ああ」

「そうだよね、夢なんかじゃない、夢なんかじゃ」

自分に繰り返し言い聞かせて、彼女も失ったものを取り戻そうとしているようだった。

八千穂と、俺の記憶。この学園で暮らす人々の記憶。

消された何か。消したのは―――半ば、予測はついている。

これだけ大規模に学園内で行動を起こせる存在は一つしかありえない。

ただ彼らの何者が、どういった意図で行動を起こしたのかまではまだ不明だ。

だから、それを調べなくては。

あたし、そろそろ行かなくちゃと言って席を立った八千穂に、勘定は自分が持つと玖隆は言った。

「ええっ、悪いよ、あたしちゃんと」

「いいから、格好つけさせてくれよ、な?」

間を置いて、八千穂はニコリと微笑むと、ありがとあーちゃんと小走りにマミーズを出て行った。

八千穂が笑っていられるなら、どんなことでもしてやりたいと思う。

七瀬や取手、椎名たちも、彼らが穏やかに暮らすため、俺にできることならなんだってしてやる。

皆守も―――

「あんな元気のない明日香ちゃん、初めて見ましたよー」

皿を片付けに来た舞草が、同じように心配そうな表情でドアの方角を眺めていた。

「今朝からずっと、いい匂いがしてますよね」

「奈々子さんもそう思うのか?」

「ハイ、でも、リラックスしすぎるっていうのかなあ」

あたしはあんまり、好きになれないんですよね。

ウェイトレスは皿を下げながら玖隆を振り返る。

「仕事に差し支えるって言うか、邪魔されてるって言うか、ううん、何ていったらいいのかなあ、とにかく、お料理の匂いとかちょっとわかんなくなっちゃいますし、これよりカレーとかの香辛料の方があたしは好きかなー、なんて」

「どこかで聞いたような台詞だ」

舞草はイタズラっぽく笑った。

「あーちゃんはどうですか?」

玖隆も口の端にニヤリと笑みを浮かべる。

「俺もそっちの方がずっと好みだ、何より腹が減ってくる」

「アハ、やっぱりー?あーちゃんもホンットにカレーが好きですよねッ」

皆守と一緒に食事するといつでもカレーだから、玖隆もカレー好きなのだと、最近ではすっかり妙なイメージが定着してしまった。

特に否定せずに、曖昧な笑顔で誤魔化すように会話を流す。

俺は、別にカレーが好物というわけじゃないんだが。

「ありゃ?」

舞草が顔を上げた。

有線を流していたスピーカーの音が不意に途切れて、代わりに生徒の肉声で、養護教諭の劉が玖隆を呼んでいるので、至急保健室へ来るようにと伝えていた。

「あらら、呼ばれちゃってるみたいですよ?」

席を立った玖隆の背中に、ありがとうございましたと明るい挨拶が響く。

笑顔に少しだけ手を振り返して、会計を済ませると、マミーズを出た。

屋内、野外を問わず、相変わらずむせ返るような匂いだ。

昼食のカレーや、ハンバーガーを食べていた時も、この香りと混ざって正直まともに食事を取った気がしなかった。

通路を抜け、昇降口を入ってすぐ、不意に声をかけられた。

「玖隆サン」

振り返ると、トトが歩いてくる所だった。

玖隆は足を止めて、ニコリと笑顔を返す。

「よお」

一瞬面食らったような顔をしたトトは、それから少しだけ頬を染めて、照れ臭そうに、嬉しそうに歯を見せて笑っていた。

「コンニチワ、ココデ会エル、思テマシタ」

これを、と差し出してくるので、受け取ってみると、それは随分頑丈な造りの鍵だった。

ご丁寧に紫の房までつけられてある。

「これは?」

「生徒会室ノ、鍵デス」

玖隆は思わず目を見開く。

そんな貴重なものを―――これまでの特別教室とはわけが違う、いわば彼らの総本部の鍵を、俺なんかに渡してしまっていいのか?

らしくなく動揺していると、トトは、それよりもっと他の事が気になっているようだった。

「僕ノタロット、間違イハ少ナイデス、カードハダイジョウブ出マシタ」

そういえば彼は、タロット同好会というものを設立していた。もっとも、名前どおり同好の徒を集めて研究するような集まりではなくて、もっぱら女生徒や男子生徒達の恋愛や将来の占い屋めいた活動が主らしいが。

トトの占いはよく当たると、最近では以前より多くの生徒たちが足繁く通いつめているらしい。

それもやはり、彼が大切なものを取り戻して、少しだけ変わったからだろうと思う。

何かをしてやったと、そんなおこがましい事を考えたわけじゃないけれど、単純に嬉しかった。

トトは急に浮かない顔で言葉を淀ませる。

「デモ、ボク、心配―――コノ香リハ、アノ女ノ仕業」

「あの人?」

「生徒会役員」

背筋が、ゾワリと総毛立った。

「ボクタチ執行委員ヨリモットモット怖イ、人ノ記憶ヲ勝手ニ変エテシマウ香リ」

怖イデス。

けれど、恐怖以上に沸き立つ何かが、彼の内側に滲み出そうとしていた影をあっさり焼いて消し去る。

「デモ、今ハ怖イヨリ許セナイ、大切ナ思イ出奪ウハトテモスゴク酷イ事、ボクハ許セナイデス」

強い意志の瞳。

それは、真摯に何かを願う時の瞳。思わず胸が熱くなる。

―――彼は、自分を取り戻したのだろう。

「ソウ思ウハ、間違イジャナイ、デスヨネ?」

玖隆はフッと笑っていた。

常に迷い振り返るのは、彼の気質であるらしい。

手を伸ばしてポンポンと肩を叩きながら、もちろんだよと頷き返した。

「俺も、そんなのは絶対に嫌だ」

「ハイ」

「ありがとな、トト」

「玖隆サン―――優シクテ、トテモイイ人、ボク、玖隆サンガ大切ナモノナクスノ見ルハ辛イデス、玖隆サンニ会ウ前ノボクミタイニ」

「トト」

「デモダイジョブ!元気出シテ、玖隆サン、ナンタッテボク、憑イテマス!」

―――今、少し変な響きだったなと、玖隆は僅かに首を傾げる。

「困ッタ時イツデモボク呼ンデクダサイネ、鍵ハ自由ニ使ッテクダサイ、ソレジャ、マタ!」

そのまま、トトは去ってしまった。

残された玖隆は掌の鍵に視線を落とす。

何故、彼がこれを持っていたのだろうかと、疑問が脳裏を掠めていた。

もしかしたら彼が、最後にして最も信任厚い執行委員であったのかもしれない。

「下っ端がみんなやられて、いよいよ本隊のお出ましってわけか」

玖隆の口の端に薄い笑みが浮かんでいた。

先ほどの会話で、事の真相は大分読めてきた。

トトは生徒会役員と言っていた。あのヒトと、口ぶりからしてそれは多分女だろう。

以前教えてもらった役員は四名、内、女性は書記ただ一人きり。

―――不意に、胸の奥がズキリと痛む。

最後の一人、副会長。

あの時皆守は話してくれなかったけれど、いまだ知り得ないその人物もまた、男だろう。

半ば確信に近い思いだった。

バカらしい。

予言や、未来見の類は一番あてにならないというのに。

明日になってみないと、明日の事など何もわからないじゃないか。

指先が無意識のうちに胸元のリングの感触を探し出していた。

掌で握りながら、微かな声が漏れる。

「嫌だ」

それは、俺のバカな空想であって欲しい。

時折見え隠れするカードがすべて同じ答でも、俺は信じたい。信じ抜きたい。

僅かに唇をかんで、グッと前を向くと、玖隆は再び足を大きく踏み出した。

考え込んで立ち止まるのは苦手だ。

俺は、たとえ翼が折れたとしても、前へと飛んでいかなければ。

ようやく保健室に辿り着いて、ドアを開こうとした瞬間、中から聞きおぼえのある声が響いてきた。

「用が済んだらさっさと帰りたまえ」

「まァまァ、そう邪険にする事ないだろ?今じゃあの匂いに思考を邪魔されずに済むのはこの部屋くらいだ、それにまんざら、知らない仲ってわけでもあるまいし」

玖隆は極めて慎重な動作で少しだけ扉を開いて、中を確認する。

女の方は劉教諭だ。

だが、男の方は―――

(宇宙探偵?)

そこにいたのは見知った髭面、鴉室探偵の姿だった。

(何で鴉室さんがここに)

二人はやけに親しげに会話をしている。もっとも、劉の方はいささか迷惑気味のようであるけれど。

「誤解を招くような言い方はやめてもらおう」

美人が怒ると、本当に怖い顔になるなと玖隆は内心こっそり笑った。

目を三角にしている劉をのらりくらりとかわしながら、鴉室はこの間夜会の夜に話してくれた調査内容のより詳細な報告を彼女にしていた。

状況から察するに、二人は何か関係があるのだろうか。

以前鴉室が話していた協力者とは、どうやら劉のことであったらしい。

でも何故、養護教諭が?

「もうすぐ生徒が来るんだ、詳しい話はまた後で」

体よく追い払われそうになって、鴉室がけろりと切り返す。

「生徒って、晃君だろ?なら大丈夫だって、アイツとはちょっとした仲―――

「貴様、生徒に手を出したのか」

劉の表情が、先ほどまでと比べ物にならないくらい人相の悪いものに変わった。

僅かに殺気まで漂わせている。見ていた玖隆も、思わず隙間から身体を引いていた。

「手を出すって、そんな人聞きの悪い」

慣れているのか、鴉室は相変わらずヘラヘラと笑っていた。

怖いもの知らずの男だ。馬鹿なのかもしれない。

「ただちょっと、仕事の手伝いを―――って、あ、ちょ、ちょっと、暴力反対!」

話している間に、劉は拳法か何かの構えを取った。

見覚えのある型にも似ているから、多少古武術も混ざっているのだろう。玖隆も、昔習った事がある。

「発剄?」

呟いたのと、突き出した掌から打ち出された衝撃波で鴉室の体が吹っ飛んで、窓ガラスの外へ飛び出していったのはほとんど同時だった。

物凄いガラスの音のあとで何事もなかったように涼しい顔をしているので、玖隆は少し様子を見てから扉を開いた。

「失礼します」

「やあ、ようやく来たか―――何か言いたそうな顔だな」

「いえ」

寒風吹き込む窓辺にちらりと視線を向けると、劉はやれやれと溜息を落とす。

「まさか君があの男と知り合いだったとはな」

―――もしかしなくとも、これは、覗きがばれている。

「相変わらず運だけはいい男だ、とにかく、あんなロクデナシとは係わり合いにならない事だ、いいな?」

まだピリピリしているようなので、玖隆は素直にハイと返事をしておいた。

女性は怒らせないに限る。

劉も納得したように頷いて、おもむろに話を始めた。

「まず初めに確認するが」

緩やかに紫煙が立ち昇る。

「君は、白岐幽花という名前に聞き覚えがあるか?」

聞かれて、ふと妙な感覚に気が付いた。

ここに入る前までと、今と、明らかに意識が違う。霞み掛かっていた頭の中がサアッと晴れやかになって、今は普段程度か、それ以上の状態だ。

クリアーになった景色の向こう側から、今までおぼろげにかすんでいた記憶が形を伴って蘇ってきた。

長い髪、儚げな姿、どこか悲哀を含んだ眼差し、間違いない、彼女は―――

「知って、います」

ようやく取り戻せた。

俺は、白岐幽花を知っている。

同時にわだかまっていた澱のような感情がユルユルと解け始めて、様子を伺っていた劉も、そうか、やはりなと何らかの確証を得たようだった。

「安心したまえ、今この部屋は私の使っている塗香で清めてある」

「塗香?」

「清め香とも呼ばれる粉末状の粉の事だ、体に直接塗布したり、祭壇に撒いたりする事で邪気を近づけないようにする」

邪気、とは、穏やかでない話だ。

顔をしかめた玖隆に、劉はかいつまんで事の次第を説明してくれた。

今朝、彼女が保健室を訪れると、生徒のカルテを何者かが触った痕跡があったらしい。

その事実自体はすぐに気づいたのだけれど、劉自身、それが誰のカルテであったのか思い出せず、個人的に造詣の深い占術を行った結果、ようやくたどり着いたのが白岐の名前だった。

「失せ物を探す符のおかげで見つけ出せたよ―――白岐幽花、君達の級友に違いないな、皆守」

はた、と振り返ると、閉じていたカーテンの一つが横柄に開かれる。

そこから何でもない素振りで覗いた顔に、玖隆は僅かに唖然としていた。

「よお」

片手を上げて挨拶してから、皆守は、いきなり話を振るなよと劉教諭に文句をつけた。

昼から寝ていたのか、髪が少しくしゃくしゃしている。

「おや、違ったのかな」

「俺が寝てるのを知っててそんな話をするほうが悪い」

相変わらずの屁理屈だ。

呆れていた玖隆に振り返ると、傍に近づいてきて、不意に顔を覗き込まれた。

「お前、本当にあんな匂いなんかで忘れていたのか?」

窺うような眼差しだ。多分、まだ心配されているのだろう。

玖隆は困り顔で微笑んでいた。

「情けないって自分でも思う、笑ってくれてもいいぜ」

そのまま俯くと、微かな声が悪い、と詫びた。

「けど、安心したぜ、お前が思っていたほど間抜けじゃなくてな」

顔を上げた玖隆に、意地の悪い顔で笑ってみせながら、それでも皆守は言葉以上に安堵しているようだった。

片手で軽く髪を直したあと、そのまま玖隆の背中をポンポンと叩く。

「それにしても、不思議な香りだな」

劉教諭は学園内に蔓延している芳香が気になっているらしい。

彼女の推察によれば、香りの成分はサンダルウッド、マージョラム、ビターオレンジ、どれも精神をリラックスさせる効能のある香りばかりだ。

巧妙に作り出された香りによって、人々は皆一種の催眠状態に陥り、白岐の記憶をなくしたのだと劉は言う。

そして、やはり、この学園でこんな大規模な手段を講じることができるのは、生徒会の人間以外考えられない。

「つまり、生徒会が白岐の存在を隠蔽しようとしてるって事だな」

皆守が言う。

けれど、何のために?

結局誰一人具体的な事は皆目わからず、劉は、君にとっては挑み甲斐のある謎なんじゃないかと玖隆に振ってきた。

養護教諭は―――大方、取手と出合った頃から、それとなく感づいていたのだろう。

彼女自身只者でない様子を幾度と無く目の辺りにしているし、鴉室とも知り合いだったのなら、もしかしたら俺のように秘密裏で派遣された調査員かもしれない。

憶測ではまだなんともいえないが、予測できる事態には違いないだろう。

そして、彼女はまだ、障害では無い。

「ハイ」

劉は裏の無い笑顔でニッコリと微笑み返した。

「君のそういう姿を見ていると、無条件で応援したくなるな、ただし、あまり無茶はしないように」

頑張りたまえと紫煙を燻らせて、ついでのように話を付け足す。

「それと、私が実際に見たわけではないが、時計塔の幽霊が白岐に似ているとの話しがある、幽霊、墓地、そして、生徒会、君の手で数々の謎が明らかにされるのを、楽しみにしているよ」

喪部とは違う、明らかに好意的な眼差し。

彼女が何者であれ協力する姿勢でいてくれるのなら、こちらも誠意をもって応えるのが筋というものだ。

「有難うございます」

「ああ」

劉は、塗香をいくらか手持ちにさせてくれた。

ためしに少し首筋に塗りこんでみると、立ち上る香りが意識をはっきりと保たせてくれる。

玖隆と一緒に部屋から出されて、不本意に愚痴を洩らしていた皆守は、不意にパイプを手に取って鼻先を香の塗りつけられた部分に寄せてきた。

「ふうん、そんなに匂うもんじゃないな」

「甲太郎はラベンダーの匂いしかわかんないんだろ?」

「何だよ、そりゃ」

指先で件の香りが揺れている。

「言わせてもらうがな、こいつのほうがずっといい香りだぜ、お前もこっちをつけりゃいいんだよ」

「なら、お前がつけてくれよ」

「なっ」

直後にカッと頬を染めて、それから、煩わしそうに後頭部をグシャグシャと掻く。

玖隆は苦笑いで悪いと謝った。

香りならラベンダーの方がずっと好きだけれど、今は塗香の効力に頼るしかない。

その辺りを詳しく突っ込んだら、皆守の立つ瀬が無いだろう。

「お前が、構わないんだったら」

「え?」

皆守の顔はまだ赤い。

おかしな様子に、ふと玖隆は瞬きを繰り返した。

―――何だろう、そういう話じゃなかったのか?

「いや、何でもない」

急に突き放されてしまって、どうにも後味が悪い。

何だよ、話せよと詰め寄ると、何でもないとさっきよりキッパリ言い切られてしまった。

(訳分からん)

眉間を寄せていた玖隆は、不意にフッと笑っていた。

皆守は最近、二人きりのときにだけ、こんな顔をよくする。

素の彼が滲み出すような、裏の無い表情。

誰に対しても鉄壁である守りを、玖隆の前でだけほんの少し解く。

内側に覗く世界は暖かくて、触れるたび、どうにも幸福な気持ちに多少困惑すら覚えていた。

何だろう、これは。

こういうのを何と呼んだだろうか。

口に出すのも照れ臭い、あのバカみたいな言葉が当て嵌まるような気がするのだけれど。

「やはり、時計台か」

不意に真顔に戻って、皆守がぽつりと呟いていた。

「俺も、色々と考えてみたんだが、やはり答えはそこに隠されている気がする、晃、今から行ってみるか?」

劉の話を盗み聞きしていたのも、情報収集の一環だったのだろう。

ただ寝ていただけな気もするけれど、その辺の突っ込みはとりあえず置いておいて、玖隆は頷き返した。

「なら、決まりだな、俺の予想が正しければ、恐らくそこに―――

歩き出そうとした皆守が、はっと足を止める。

玖隆も立ち止まって、見上げた姿に瞬間的に意識のアンテナが全開になった。

―――玖隆、晃」

殺風景な灰色の景色の中で、ひときわ存在感を放つ黒。

二人の目の前に、生徒会長、阿門帝等の姿が、立ちはだかっていた。

 

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