皆守の姿を、なるべく見ないようにして歩き続けた。

胸の内で、今思うべきでない感情が嵐のように吹き荒れている。

 

「玖隆晃、どうやら再三に渡る忠告は全て無駄だったようだな」

相変わらず威圧的な生徒会長の姿ももちろん気になったけれど、それ以上に―――

「執行委員を解散させただけでは飽き足らず、尚も学園の秩序を乱すか、転校生よ」

やはり、執行委員はトトで終わりだったらしい。

取手、椎名、朱堂、肥後、真里野、墨木、そしてトト、執行委員計7名。

それから先は生徒会役員、計5名。

会長の阿門、書記の双樹、会計の神鳳、副会長補佐の夷澤、そして。

「まるでそれが目的でこの学園に現れたかのようだな」

「俺は、お前達になんて興味は無いよ」

玖隆は冷静に答えたつもりだった。

実際、内側で思考はめまぐるしく回転していたから、どこまで装えたか定かじゃない。

「俺が欲しいのは真実だけだ、お前達は、勝手に俺の前に立ちはだかってるだけだろう?」

だから倒してきた。

前に進むために。

「あいつらが正気に戻ったのは、ついでだよ、副産物ってヤツだ」

そんなつもり無いくせにと、誰かが囁きかけている。けど、俺は本当に大した事をしたつもりは無い。

俺が動いた結果、あいつらが変わった。ただそれだけの事だ。

阿門の口の端に醒めた笑いが滲んでいた。

―――それがお前の正義だとでも言うつもりか」

「さてね、ご想像にお任せするよ」

不意に、気配が動いた。

ずっと立ち止まっていた皆守が、玖隆の半歩前に踏み出していた。

その姿を、玖隆はじっと見つめている。

皆守甲太郎。

転校初日から、ずっと俺の傍で、色々と気遣ってくれた。

今ではこの学園で一番心許せる、俺の友達。

けど、お前は―――

「俺は玖隆が転校してきた時から、その動向を近くで見てきたが、少なくともこいつに悪意は無い」

何故だ。

「こいつの言葉に」

何でなんだよ、甲太郎。

どうしてお前がそんな事を言う。

「行動に、救いを見出した者がいることも確かだ」

アウトロー気味な彼は確かに目立つ存在だけれど、生徒会長と不良では立場も違う、関連性だって無い。

なのに何故。

―――お前のような奴がそんな事を言うとはな」

阿門の言葉に絶望的なものを見出して、玖隆はここから逃げてしまいたかった。

両手を握り、両足を踏み縛って、必死で堪える。

俺はまだ何も見ていない、聞いていない、知らない。

(知らないんだ)

目をそらすことも出来ずに、皆守だけを見詰めていた。

阿門の言葉を受けて、彼は顔を背けて僅かに俯いた。

「いいだろう」

漆黒の声に、振り返る。

「では、玖隆晃、お前にこれをやる」

手渡されたものは、また鍵だった。

豪奢で複雑な造りの鍵、しかも、違うものが三つある。

「それは俺の屋敷の鍵だ、俺がいない時でも、お前には出入りを許す、屋敷の者にも話しておこう」

―――随分、優遇されたものだな」

「俺ももう少しお前と話しがしてみたくなった」

意外な台詞に、少しだけ驚かされる。

阿門はてっきり―――自分を目の仇にしていると思っていたのだが。

「合鍵くれるなんて、愛されちゃってるね、俺」

皮肉めいた口調で、玖隆は顔の前で鍵を振ってみせた。

「けど、俺、あばずれてるから、お前の屋敷を漁るぜ、何たって泥棒猫だし」

「心配はしておらん、我が家には猫いらずもワナも多数仕掛けてある、愚か者の末路は常に同じだ」

「なるほどね、好奇心は猫を殺す、か」

殺すと言う言葉の部分で、一瞬皆守の肩がビクリと震えていた。

玖隆はまた見ないフリをして、じゃあ有り難く貰っておくよと阿門邸の鍵をポケットの中に落とした。

「このまま先へ進もうとする以上、お前は俺にとって、排除すべき存在であることに変わりない、それだけは忘れるな」

馴れ合うつもりは無い、と、言外にそう言い残して、阿門は去っていった。

結局はこうなるのかと、嘆きにも似た淡い溜息が漏れる。

どうしてうまくやれないんだろうか。

阿門も、こんな事をして、本心ではもっと違うことを望んでいるんじゃないのか?

「生徒会か」

皆守がぽつりと呟いていた。

どこか憂鬱な横顔に、自分でも訳のわからない感情がこみ上げてくる。

胸元でリングがカチャンと鳴っていた。

「時計台には何かしらの答えがあるはずだ、行こうぜ、晃」

振り返った姿はいつもの皆守だったので、玖隆も同じように頷き返していた。

それ以上、奥に潜む暗闇に、互いに無言で蓋をして。

 

時計『台』といっても、独立した建造物があるわけでなく、その場所へは本校舎の階段から行ける。

最上階が件の箇所だ。

入り口付近に佇む姿を見つけて、ハッとした。

「やっぱり来たのね、玖隆晃」

双樹は玖隆の表情を見て取って、妖艶に微笑んでいた。

「ねえ、玖隆、あの夜は楽しかったわね、それでも結局、あなたとあたしはこうなる運命だった―――

鼻先に、夜会の夜に嗅いだ香りが漂ってくる。

柔らかな感触と、湿り気を帯びた眼差し。

肌の内側が熱く染まるようで、玖隆は寂しい笑みを浮かべていた。

「初めからわかっていたわよね?」

「何が、かな」

「いつかあたしとこうして向き合う時が来る事を」

―――いや」

双樹と向き合いながら、玖隆の意識は強く皆守に向けられていた。

いずれ、こんなときが来てしまうのか。

「そんなことはないと、思ってたよ」

「うそつき」

赤い唇が寂しく嘲る。

胸の奥がズキリと鈍く痛んだ。

隣で皆守がアロマの煙を立ち上らせている。

「いよいよ役員のお出ましか―――そんなに晃が邪魔なのか?」

「あなたは黙っていてちょうだい、皆守甲太郎、ともかく、玖隆をこれ以上先に行かせるわけにはいかないの」

どこか苛ついた、責めるような口調。

心が今だけ鈍くなって、事実に反応する事を拒否している。

知り合いめいた二人の雰囲気に、玖隆は何も感じなかった。

「なら、その前にひとつ訊かせろ」

皆守の声。

「生徒会が守ろうとしているのは、この学園でも、生徒でもなく、あの遺跡だ、そうだろう?」

双樹は答えない。

ラベンダーが香っている。

「それがどうして白岐にこだわる?あいつはやはりあの遺跡と何か関係があるのか?」

―――フフッ」

「何がおかしい」

「だって、あなたこそどうして急にそんな事を言い出すの?あなたは毎日、ただぼんやりとその香りに埋もれて時を見送っていただけだった、何の希望も目的も持たず、生きていく事さえ面倒なのではなかったの?」

皆守と初対面したときの光景が、今更思い出されていた。

気だるげに、アロマパイプを吹かして、憂鬱にみちた投げやりな表情で。

まるで面白いことなど何もないかのように。生さえ惰性であるかのように。

それが、玖隆を見た途端、驚いて立ち上がってきた。

差し出した手を握り返して、握手をしてくれた。

好意的な姿がとても印象深かった事、今でもはっきりと覚えている。

―――生徒会に手を出すな。

あの言葉は、そういう意味だったのか?

首をもたげそうになる感情を無理やり押しつぶして、玖隆は不感症のフリを続けていた。

言葉に詰まった皆守が、どこか罪悪感に駆られた様子で少しだけ視線を背けていた。

双樹は笑う。

「それに、そもそもそんな事をあたしに訊くだけ無駄だと解からない?」

自信に満ちた仕草の影に、常に不安が付きまとっている。

それは何故だろう。

彼女も遺跡に、いや、阿門帝等に、心を捧げた人間なのだろうか。

「学園も生徒も遺跡も、あたしにはどうでもいい事、あたしはただあの方の―――阿門様のお役に立ちたいだけ、ねえ、玖隆?あなたはどうしてここに来たの?」

彼女はあなたにとって、そんなに大切な存在?

玖隆は深く頷く。

譲れないものがあるなら、後は想いの強さだけだ。

強ければ勝つし、弱ければ負ける。俺は、負ける勝負はしない。

「ああ、そうだ、白岐は俺たちにとってかけがえのない人だ」

八千穂も、きっとまだ不安な顔をしているのだろう。

トトを始め、昼にメールをくれた取手も、他の者たちもきっと心配している。

白岐自身の秘密や、生徒会の思惑なんて、この際どうでもいい。

彼らの笑顔を取り戻せるなら―――

「素敵」

双樹がウットリした表情で呟いていた。

相変わらず暗い瞳の奥に、情熱の炎がちろちろと燃えている。

「なんだか真っ直ぐすぎて、少し妬けちゃうわ」

赤く塗られた指先が、ねえ、と玖隆を指差して囁いた。

「あなたはこんな話を知っているかしら、古事記にある逸話のひとつで―――

また、これか。

邇邇芸命のくだり、木花佐久夜毘売の段だ。

永遠に不変であるものと、刹那に咲き乱れるもの。

人は、変わらない今を望むのに、変化無しでは生きられない厄介な生き物だ。

そして同じであり続けるという事は、ある種の醜さを伴う。

儚いものは美しい代わりに、常に恐れや不安と隣りあわせだ。

「貴方ならどちらを望むの?美しくても儚い木花佐久夜毘売?それとも、醜いけれど悠久に傍らに在り続けてくれる石長比売?」

僅かの間を置いて、玖隆は微笑んでいた。

「どちらも」

片方だけ選ぶなんて事出来ない。

どちらも同じように魅力的なのだから、手に入るものなら、どちらも欲しい。

「俺は欲張りなんだ、欲しいものは、全部貰う」

「フフ、正直な人ね、あなたのそういうところ、凄く好みだわ」

嫣然と微笑んで、双樹はそれでも鋭い眼差しをそらすことはなかった。

「それがお前の遺跡から手に入れた知識か」

焦れた声が隣から響く。

望むのに手を伸ばさないで誰かのせいにするなんて、卑怯だ。

「何故なんだ、あの遺跡は何なんだ、何故」

皆守の声だけ聞いていた。

姿はまだ見たくない。

今の―――生徒会役員と向き合っている、お前の姿は。

「残念だけど、あたしにはあなたの問いに答えてあげる事はできないわ」

ふわり。

香りが鼻先をかすめて、玖隆はハッと双樹を凝視していた。

塗香の香りを打ち消して漂う、先ほどまでと比べ物にならないくらい濃厚な香り。

意識が急に朦朧とし始める。

「でも、あなたたちを不毛な疑問から解き放ってあげる事はできる、玖隆も―――もう彼女の事など忘れてしまいなさい」

寂しげな声。

足元が、ぐらりと大きく揺れた。

「晃!」

誰かの手が肩を掴む。

支えられて、ぼんやりと、視界が白く濁り始めていた。

「晃、しっかりしろ、オイ!」

「さあ、これであなたたちは再び忘れる、彼女の事も、遺跡の事も、あたしの事も、ね」

クッと呻き声がして、両腕が玖隆を抱きかかえていた。

むせ返るような香りに、息が出来ない。

途切れ途切れの感覚の合間に、何度も名前を呼ばれているような気がしていた。

「オーホホホホホ!」

突然、脳髄を引き裂くような甲高い笑い声の後で―――

「う、うう」

玖隆は目を開く。

すぐ傍に制服の肩が見えて、直後に皆守が至近距離から大丈夫かと覗き込んできた。

「こ、うたろ?」

段々蘇ってくる意識の中で香る、強烈な別の香り。

薔薇、だろうか?

「晃」

僅かに安堵した皆守の背後から、また先ほどの声がけたたましく叫んでいた。

「このアタシの高貴な薔薇の香りに勝てる匂いなどないわ―――

「そうね、あたしの繊細な香りじゃ太刀打ちできないほど強烈で悪趣味だわ」

「同感だ」

顔を向けた皆守と、同じように玖隆も視線を移す。

両腕が離れて、開けた視界の先に朱堂が憤慨しながら仁王立ちになっていた。

「朱堂」

「ふんッ、負け犬たちは好きに遠吠えてるといいわ、アタシはただダーリンを救うためだけにやってきた愛の使者ッ、そうよね、ダーリン?」

玖隆はへどもどしながら、ああとしか答えられなかった。

この雰囲気にいつも飲み込まれてしまう。

まだ少しフラフラしている身体を、皆守がさりげなく気遣うように傍に立っていた。

朱堂は勝ち誇った表情で高らかと笑い声を上げている。

「あらあら、随分と愛されちゃってるのね」

賑やかしのせいで紛れてしまった場に、双樹が皮肉交じりの視線を投げてよこす。

けれどその仕草は憎らしいというより苦笑に近いものだった。

皆守にまでよかったなと茶化されて、ようやく調子の戻ってきた玖隆は困り顔で朱堂を眺めていた。

状況としては助けられたことになるのだろうけど、素直に喜べない気分だ。

「さあ、どうするの、双樹咲重ッ、あんたの匂いはもう効かないわ!」

「ねえ、朱堂ちゃん、あなた随分と玖隆がお気に入りのようだけれど、どうしてなの?」

「あらヤダ、アンタともあろう人がこの匂いに気付かないの?」

朱堂は呆れたような視線を双樹に向ける。

「ダーリンからはね」

誇らしげに胸を張ってみせる。意味深な視線が、ちらりと玖隆を見て微笑んでいた。

「自由の匂いがするのよ」

うっとりと、陶酔しきった声に、再び足元がふらついて、玖隆は思わず皆守を支えにしていた。

気遣うような掌が同情気味に背中に添えられる。

双樹も、唖然として朱堂を凝視している。

ロマンティストもここまでくれば立派なものだろう。半ば才能かもしれない。

自由、の言葉自体は、ほんのりと嬉しかったりもしたのだけれど。

(けど、匂いって)

素面ではなかなか言えない台詞だ。皆守がぽつりと突っ込みを入れていた。

―――そりゃ、確かにクサいな」

「どういう意味よッ」

噛み付いてくる朱堂に、余計な事を言わなければいいのにと溜息を漏らす。

様子を見ていた双樹がフフフと声に出して笑っていた。

「いいわ、ここは朱堂ちゃんの愛の力に免じて退いてあげる、それが阿門様のご意思でもあるし、それに―――

あなたとはいずれ、あの場所で会うのだから。

双樹の瞳に見詰められて、玖隆の全身が熱く疼く。

血が沸き立つようだ。多分、彼女の熱にあてられているのだろう。

「これ、預けておくわよ」

何かを放ってよこす。

「時計台の鍵、その代わり、玖隆、必ずあなたが彼女を守りなさい、いいわね?」

しっかり受け止めて、再び見つめる双樹に視線を戻した。

玖隆は強気の笑みで答える。

「必ず」

妖艶な少女はさらりと髪をかきあげて、再び艶やかな唇が再び弓張り月のような笑みを浮かべている。

まるで期待していたような、満足げな表情で。

「フフ、まるでそれが自分の役目だって言いたいみたいね」

「言っただろう、俺は欲張りなんだ」

「強欲なのね、それがあなたの魅力なのかしら」

それじゃ、また会いましょうと囁いて、ヒールの高い足元がくるりと踵を返した。

立ち去る瞬間、彼女の香りがふわりと玖隆の身体を撫でて、遠くなっていく。

手の中の鍵に視線を落としていると、隣から皆守が、時計台へ行こうと促してきた。

「ちょっとちょっと、アナタたち、本当にこの中に入っていくつもりなの?」

―――呼びかけられるまで、朱堂の存在をすっかり忘れていた。

意識がすっかり他所へ向いていた玖隆は僅かに苦笑していた。

双樹の撒いていた香りはすでに微塵も感じられないというのに、これだから深層心理というのは恐ろしい。

忘れていたかったのかもしれないと、友人甲斐のない事を考えて、いやいやと内心首を振っておいた。

どんな形であれ、協力者なのだし、不誠実ではいけないだろう。

「時計台ってなんだか埃っぽくてカビ臭くて、お肌に悪そうッていうかアタシ―――フワッ」

ハアアアアアアアッ

「は?」

皆守と同時に呟いた、直後。

「ブェ――――――くしッ!」

「うわッ」

「な、なんてお約束な」

呆気に取られる玖隆の隣で、皆守が嫌そうに顔をしかめていた。

「あら、やだわ、鼻の穴に埃が、ふがッ、ふごッ」

吸い込まれそうなほど黒々とした鼻の穴に指を突っ込んで、散々ほじくったあと、朱堂は二人の視線にようやく気づいた素振りで、頬を染めながらわざとらしく恥らってみせる。

「ホホホ、それじゃあアタシは消えるけど、ダーリン、浮気したりしちゃイヤよ?」

「う、浮気?」

「そうよ、皆守ちゃんも、変なモーションかけないでね」

「なッ、だ、誰が!」

皆守が急に赤くなって目を三角に吊り上げていた。

こちらも唐突に何を恥らっているのだろうと、玖隆は怪訝な視線を向ける。

「ね、ダーリン、約束よ?」

「ああ、ハイハイ」

「あーんクールなんだからァー!もっと冷たくあしらってッ、ああ、アタシはアナタの従順な愛のド・レ・イ」

「いいから、お前はもう帰れ、朱堂」

「何よ、皆守ちゃんッたら、妬いてるのね?」

「っつ!いい加減にしろッ」

少し汗もかいているみたいだ。

ちらりとこちらを窺って、目が会った途端、即座に視線を外されてしまった。

そんなに動揺する必要が今の会話にあるのだろうかと、半ば呆れ気味に様子を伺う。

この程度の冗談、軽く流せば済むだけだろうに。

「ウフフ、やーね、照れちゃって!」

朱堂は余裕の表情だ。

すっかり慌てている皆守とあわせて、なんとも妙な光景だなあと、気がそがれてしまった。

まるで、俺をめぐって取り合いでもしているような雰囲気だ。そういえば前にもこんな事があった。

「それじゃ、またねん、ダーリン」

朱堂がツツツと近づいてくる。

反応する間もなく頬にムチュッと口付けされて―――

「キャーッ」

唐突に、砂埃を巻き上げて駆けていってしまった。

さすが陸上部のエース、数秒後にはもう姿が見えない。

玖隆は、直後に頬を押さえて、ウッと呻き声を洩らしながら膝をついていた。

青ざめて俯く彼の肩をポンポンと叩いて、ラベンダーの香りが慰めるように鼻先で香る。

―――俺は何も見なかった、何も見なかったからな」

「こ、甲太郎ッ」

「さ、行くぞ晃」

伸びてきた腕が立ち上がらせてくれたけれど、それでもまだ足元がフラフラした。

双樹の香りはもうないけれど、再び記憶を失ってしまいそうだ。

しゃんとしろと、首を振って、皆守の手を離れて歩き出す。

―――頬を押さえていた掌を、こっそり、皆守の制服にこすり付けたことに、皆守は気づいていたようだった。

 

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