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Last-Discovery

 

「晃」

呼ばれて振り返る。

片手に掴んだノブを後ろ手に閉じながら、向き合った先の皆守が片手を挙げて挨拶した。

廊下に差し込む淡い日差しはオレンジがかった鈍い色をしていて、もうすぐそこまで夕暮の闇が近づいている事を暗に示している。

「よお、こんな日にサボりとは、お前もなかなかやるじゃないか」

「ご本家には負けるさ」

「ぬかせ」

笑いながら近づいてくる姿に、玖隆も歩み寄っていく。

昨日あんな事があって、今日は臨時休校になるかと思ったのに、天香学園はスケジュールどおりちゃんと終業式を行った。

それは、どうやら生徒会の指示のようであったが、真実は誰も知らない。

とにかく、学園に大挙して事情を聞くため訪れた警察への説明も、学内の混乱も、阿門を筆頭とする彼らが実に手際よくこなし、朝にはもう何事もなかったかのように天香学園は平常を取り戻していたのだった。

事情聴取は一応、一般生徒数人に対しても行われたようだったが、体育館内に収容されていた学園関係者たちは一様に、一連の騒動の顛末をおぼろげにしか記憶していなかった。

「ただ、なんかずっといい香りがしていて、落ち着いて」

―――彼らが一様に語った言葉だ。

けれど、『普通の』人間である警察官たちにその真に指し示すところなどわかるはずもなく、彼らは首をかしげながらも、とりあえず騒動が収集し、現場に居合わせる必要がなくなったということで引き上げていった。

事件自体もお蔵入りになるだろう。

協会やレリックドーンが動くという事は、そういうことだ。

彼らの活動は正史に残らない。

「寝てたのか?」

「ん?」

雛川から頼まれた成績表やプリントの類を、皆守は玖隆に手渡す。

―――まあ、昨日は色々と忙しかったしな、かく言う俺も、式の後のHRにちょっと顔出しただけだ」

「へえ、お前、ちゃんと学校行ったのか」

「どこかの誰かさんとは違うさ」

「その言葉、そっくりそのままお前に返すぞ、この不健康優良児」

「フン」

紙の束をさして興味もないように適当に束ねるしぐさを目で追いながら、不意に伸ばされた手が玖隆の肩を掴んだ。

「晃」

「どうした、甲太郎」

「その」

怪我は、と、低い声に、玖隆はああと言って笑う。

「米粒でくっつけておいたから、大丈夫」

「は?―――お前、時々年寄り臭いこと言うよな、本当は幾つなんだよ」

「失礼な、俺はまだピチピチの18歳だぜ」

「本当かよ」

「これは嘘じゃないさ、ホントの話」

皆守は苦笑いを浮かべていた。

(これは、ね)

それなら、どれほどの話が、本当の話なのだろう。

まだ知らない事、訊きたいことがたくさんある。

けれど―――

ふと窓の外を見た、冬景色に玖隆が瞳を細くする。

「随分曇ってるな」

曇天の隙間から差し込む輝きが眩しい。

「ああいうの、なんていうか知ってるか?」

「いや」

「天使の階って言うんだ」

「へえ」

「ロマンティックじゃないか、こんな日にさ」

言われてフッと口元だけで笑う。

今日、1224日こそ、クリスマスイブだ。

「フン」

皆守は口元の消えかけたアロマパイプの先にライターで火をつけなおす。

昨日体育館で壊してしまったものでない、部屋にあった予備のもう一つだ。

「ロマンティック、ねえ、野郎同士で寒い事この上ないな」

「まあ、それに関しちゃ同感だな」

そこで、少しムッとした掌が軽く玖隆の後頭部を叩く。

「った、何するんだよ」

ふてくされた姿はわずかにそっぽを向いて、それから窓を振り返った。

「あの雲」

玖隆も再び外を見る。

―――降るかな」

「さて、どうだろうなあ」

立ち上った紫煙がゆらりと揺れる。

鼻腔に感じる淡いラベンダーの香りに、胸の奥が締め付けられるような思いがする。

苦しくて、わずかに強張らせた背中を、温かな掌がそっと撫でた。

振り返ると玖隆はそのままくるりと踵を返して、自室のドアの前まで歩いていく。

「ここは寒いな、お前も来いよ、あんまりぼっとしてると、風邪ひいちまう」

わずかにためらう皆守に、肩越しに振り返った顔がニッコリと微笑みかけてくる。

「そろそろ夕飯時だからな、カレーでも作ってやるよ」

「晃」

「それまで中で暖まってろ、熱いコーヒーも淹れてやるから」

軋んで、ひび割れそうになる心が、途端ほぐれだす。痛みが消えていく。

―――玖隆と出会ってから、ずっとそうだった。

何かを期待してしまいそうになる想いを必死に押し殺してきた。

―――世界は、自分を否定している。

―――ならば。

(違う)

勘違い、するなと。

もう一度、わからないように深く息を吐き出して、直後に皆守はいつもの飄々とした仕草でパイプの先を燻らせていた。

「ま、そこまで誘うんなら、仕方ねえな」

何だよお前、と玖隆が笑う。

今ここにある全てが、すでに思い出の中の景色のようだ。

胸の奥が再び軋みだす、あの頃と同じように血を流し始める。

全部を忘れるように振り払って、背中を向けて歩き出した。

皆守の、背後に迫る夜の闇が、終末の足音を響かせてすぐに追いついてくるようだった。

 

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