人の世に、望みの多くあれど、神の望みは果たして、人に解することができようか―――
「お前がいては、封印の巫女の心も乱れよう―――」
バカな一言と共に、立ちはだかった阿門帝等は、迷うことなく玖隆に戦いを挑んできた。
彼の、最後の意地だったのだろうと思う。
前々から感じていたことだ。
阿門と俺は似ている。
自分の『道』を定めていて、それを好んで巻きつけている。
それは生に、そして、魂に。
頑固で融通の利かない所や、案外苦労性な所までそっくりだ。
(こんな出会いでなければ)
違った道もあったのだろうか。
引き金を引き絞り、弾丸を撃ち込みながら想う。
「晃ぁッ」
怒号と共に、阿門の放った攻撃を、紙一重で皆守が玖隆の腕を引いてかわさせる。
倒れこみつつ体勢を整えて、そのままマシンガンを撃った。
「おのれ」
苦悶の表情を浮かべる阿門。
皆守は、生徒会副会長という立場をかなぐり捨てて、今は玖隆晃個人のためだけに加勢してくれている。
正直、対峙していたときには興奮していて気付かなかったけれど、彼の能力は非常に魅力的だ。
攻撃力もさることながら、その運動能力、特に、動体視力には驚くべきものがある。
(出し惜しみしてやがったな、こいつ)
今までの探索場面を思い出して、玖隆は内心苦笑いを浮かべていた。
かつての同胞に迷わず駆け寄り、体重を乗せた素早く重い蹴りを繰り出し、こちらが攻撃を受けそうになると、かなりの高確率で回避を誘導してくれる。
もし、これからもずっと、バディとして同行してくれたなら―――非常に心強いのだけれど。
阿門が片膝を付いた。
玖隆は、それでも彼に照準を合わせた。
戦いは、相手が本気なら、こちらも本気で応じるのが礼儀だ。
それは何であれ変わらない。
弾丸の雨が降り注ぎ、ナビゲーションボイスが画面の敵影表示を消去して、目前の阿門は今度こそ―――完全に、床に崩れるようにして、両膝をついた。
「阿門」
名前を呼んで、近づこうとする、玖隆の姿を生徒会長はまだ戦意に満ちた眼差しで睨み返してくる。
「まだ、だ―――俺は、まだ倒れていない」
炎の燃え盛る玄室に、それでも彼の声はやけに小さい。
「さあ、玖隆、もう一度、俺と戦え」
「阿門」
「墓守として、荒吐神を地上に解き放たせないために、秘宝も、封印の巫女も、誰の手にも渡らせるわけにはいかないのだ」
倒れ伏してなお、意思を捨てない姿に、玖隆は再びマシンガンを構えようとした。
けれど銃口に背を預けるようにして、二人の間に皆守がサッと立ちはだかった。
「阿門、もうやめておけ」
「皆守」
「お前が立ち塞がろうと塞がるまいと、荒吐神は目覚める、今となってはこいつの可能性に賭けるしかない」
「可能性だと?」
吐き捨てるように阿門は笑う。
まるで痛々しい、苦悩と落胆に満ちた声で。
「何のために今まで墓守が墓を守ってきたと思っているのだ、奴は、生徒会の魔人や今までの化人とは違う、超古代文明の叡智が注ぎ込まれた存在―――倒す事など不可能だ、完全に目覚める前に封じれば」
「もう、目覚めてしまったわ」
凛と澄んだ声。
三様に振り返ると、そこに―――倒れたと連絡を受けたはずの、白岐幽花の姿があった。
およそ、この埃塗れの玄室に相応しくない、けれど、誰よりも風景にしっくりと収まるような、そんな不思議な気配を伴って。
白岐は語った。
荒吐神がずっとこの機会を窺っていたことを。
彼女という『鍵』を探し出し、手を伸ばす瞬間を。
玖隆が訪れる、もうずっとずっと、遙か以前から、怨嗟の意識は学園を蝕んでいた。
ファントム、そして、喪部等は、かの存在に憑かれ、呼ばれたのだという。
(白岐の鎖がなくなっている?)
玖隆はふと異変に気付く。
封印の巫女を縛る、鈍色の鎖。
ならば、華奢な肢体に似合わない、あの忌まわしい拘束こそ、最後の封印を司る鍵だったというわけか。
それが失われているという事実、ならば、今正に―――
震動が玄室を包んだ。
重く、深く、冷たい声が、空間全体に響き渡る。
『暗い』
魂まで震え上がるような、恐ろしい声。
全身が総毛立つのを感じながら、玖隆は波紋に覚えがあった。
以前、七瀬や、神鳳に取り憑き、口寄せの媒介として利用した、あの存在。
地の底から這い登ってくるような威圧感、恐怖、そして、慟哭。
『誰だ、我が室を侵す者は』
白岐が長髄彦の意識だと呼んだ、その何かが彼女に這いよるのを察知し、玖隆は思わず白岐を引き寄せた。
「―――有難う、玖隆さん」
そっと寄り添ってくるぬくもりは、優しい。
けれど、すぐ胸元を押して離れていく、彼女の手が触れたとき、濡れた音と共に玖隆は僅かに顔をしかめていた。
「晃」
側に立った皆守が気遣うように背中に触れようとするのを、玖隆は口元だけ微笑んで片手で断った。
副会長、会長と、続く激戦にすでにそこら中にガタがきている。
骨の折れている箇所は無いようだけれど、あちこち裂けて出血していた。
患部は、コートや装備の陰になって、周囲からはあまりよく見えていないはずだ。
白岐は太古の神と語らっていた。
(ああ)
今の彼女を見れば、どうしてあんな頼み事をしたのかわかる。
預かった剣の柄にそっと片手を忍ばせて、玖隆は時を待っていた。
件の剣は、玉水をかけると内側から暗青色の本体が姿を現したのだった。
神の黄金に隠された、それは、遙か昔、出雲に災いを成した蛇を倒したという、八つの柄を有する剣。
物部氏の宝物であり、スサノオがニギハヤヒを大和に送り込むときに授けた十種神宝の一つ。
「想い出して、自分が何者だったのか」
白岐の呼び声に呼応するように、震える声が低く呻いた。
『暗い―――血の匂いがする―――血だ』
血だ。
血だ。
声が繰り返す。
白岐がそっと視線を伏せた。
「長髄彦様、やはり、あなたはもう―――」
秘宝を手に入れて、倒すしかないという。
心優しい巫女の、悲痛な最後通告を、神は鼻先で笑い飛ばした。
『教えてやろう、ここには何も無い、あるのは墓を築きあげるために運び込まれた冷たい石と黄泉の国の如き、光の届かぬ漆黒の闇だけだ』
白岐の絶望した声が聞こえる。
阿門が、まだふらつく足元で立ち上がりながら、逃げろと言った。
玖隆は立ち尽くしていた。
―――動悸が早い。
体中の血が沸騰して、噴出してしまいそうだ。
皆守と戦ったときとはまた別の興奮―――そう、これは興奮だ。
恐怖でも、恐れでも、不安でもなく。
突然、魂を揺さぶる不快な気配が流れ込んできて、白岐と阿門は膝をつき、共に苦しみ始めた。
「皆守、お前は何ともないのか?」
「あァ」
「そうか―――お前はすでに玖隆によって墓の呪いから開放されている、だから荒吐神の影響を受けないのだろう」
神も、巫女も、墓守も、全てテクノロジーで作り上げられた存在。
超古代の、暴走した叡智が、その果てに生み出した狂気の産物。
玄室がまた揺れた。
『おおおォォォ、我が身体が目覚めるのを感じる、長き眠りより、再び動き出す』
「玖隆さん、お願い」
『ついに、ついに我は復活せり』
「荒吐神を止めて」
『見よ、人間よ』
「あなただけが、この学園に残された最後の希望―――」
『我が偉大なる姿を』
「お願い―――おね、が―――」
白岐の声が途切れると同時に、その肢体が、紙でできた人形のようにフウッと倒れ伏す。
阿門は、まだ何とか意識を保っているようだが、それが精一杯のようだった。
玄室中央の空気が淀み、撓み、そして、集中する。
おぼろげな姿が浮かび上がり、それは徐々に実像を伴って玄室に蘇った。
天香学園に封じられた神。
(これが)
玖隆は暫し呆然と見上げていた。
おそらく―――体長は数十メートルあるだろうか。
三つの頭部、八つの腕、後部に伸びているのは尾だろう、それらを強靭な両足が支え、陰陽を模した衣装のようなものを身にまとっている。
「これが神か」
ポツリと呟いた、自分の声がやけに耳に響くようだった。
人が創り出した神。
墓守達が長い間、自由なき生を強いられてまで守り続けさせられてきた存在。
(荒吐神)
玖隆は、柄を握る手に力を込めた。
すらりと引き抜いて構える。
天璽瑞宝十種の御魂、八握剣。
「まるで道化の姿だな」
すぐ側で皆守も、身構えたような気配を感じた。
あちこち痛くていい気分だ。
誰かが傷つく姿を見るのは好きじゃないが―――きっと俺は基本的に、闘争自体を嫌ってはいない。
(前言撤回、だな)
神の片腕が振り上げられた。
『神の力を思い知れ』
そうして、今回探索依頼における、恐らく最後にして最大の戦いの火蓋は、切って落とされた。
(次へ)