「Love Life 3」
「はああああ―――」
グッタリと両肩を落として歩きながら、晃は大仰に溜息を漏らす。
昼休みの校舎内はにぎやかだ。
あまり人気の無い通路を選んで歩きながら、手にした鞄とH・A・N・Tを所在なさげにぶらぶらと揺らす。
ビクビクしていてはかえって目立つから、ごく自然に、さりげなく、けれど気配はしっかり消して、足早に昇降口を目指す。
昼食の事など考えている場合じゃない、そろそろ限界だ、今日は早退して寮に帰るつもりだった。
「さ、さすがに、ごまかしきれて三日かな」
呟いてみて苦笑がもれた。
女の子に変身してから早三日目。
今日は、甲太郎がもしかしたら部屋に来てしまうかもしれないから、いつもより早めに登校した。
温室でぼんやりと授業開始ギリギリまで過ごして、チャイムの音とほぼ同着に着席すると、四時間目終了までは一切席から離れないようにした。
―――寝ているフリをして。
それもこれも、あれもどれも、こんなに面倒な状況なのは全部自分のせいなのに、どうにも悔しくてやりきれない。
学校に登校しようと考えたこと自体が間違っていたのかもと、そんな事を考えながらぼんやり歩いていた。
「ねえねえ、あーちゃん、今日さ、なんかスッゴク可愛いよねえ?」
早退のきっかけは、明日香の何気ない一言だ。
よくよく周囲を窺ってみれば、クラスメイトの男子生徒達と今日はやけに視線がぶつかる。
(ヤバイ)
今の状況に詳しいツッコミを入れられることも、ましてや事実を悟られることも絶対に避けたかったので、直後に腹痛を訴えて教室を後にした。
明日香にはよく謝っておいた。
ため息が漏れる。
窓から見上げる空は、昨日もその前もずっと青いのに、晃の心の中だけ鈍い色の雲が立ち込めているようだった。
「俺、これからどーしよ」
小さな呟きは喧騒に飲まれて、消えた。
寮館の扉を開けて室内に踏み込むとようやく安心するようだった。
晃は小さく嘆息して、それからいやいやまだ気を許すわけにはいかないと急いで自室を目指す。
扉を開いて、鍵をかけると、やっと本当に落ち着いた。
途端、何をコソコソしているのだろうと自嘲めいた笑みが浮かぶ。
「あーもう、俺ってバカ、何でこんなことになってんだよ」
扉に凭れるようにして座り込みながら、うんざり吐き捨てていた。
女になった直後と、その翌日のゴタゴタで深く考える間もなかったが、現状は果てしなく面倒なことこの上ない。
体つきなどもそうだけれど、生理現象だって違うし、声だっておかしい。
そもそもこんなばかげた事実が人に知れ渡ったなら、間違いなく大騒ぎされるだろうし、下手をしたらマスコミ沙汰、どこかのラボに収容、あちこちいじくり倒されて人体実験、なんて事にもなりかねない。
(もう十分いじくられてるっていうのに、これ以上変なことされたくないよ)
ぼんやり考えて、直後に晃は赤面していた。
誰が、誰に、いじくられたって言うんだ。
そういえばわざと時間をずらしたせいもあってか、今日はまだ一度も甲太郎と顔をあわせていなかった。
会うたび発情しているような変態だからかえって好都合だったけれど、合わないならそれはそれで、何となく居心地が悪い。
それに、事情を知っているのは彼だけだから、一人きりでいるといよいよもって孤立無援の状況が身に染みるようだった。
まさか心細いなんて、死んでも認めたく無いけれど。
「あーもう!」
両手を振り上げて叫んだ途端、ふわりと鼻先をかすめる汗の臭いにふと顔をしかめた。
そういえば。
「俺、かれこれ二日も風呂に入ってないじゃないか」
一日目の晩はそんなこと言っていられる状態じゃなかったし、二日目はずっと部屋にこもりっぱなしだったからすっかり忘れていた。
―――二日目、屋上であんなことがあって、そのあと晃は不承不承に甲太郎に送られて帰ったのだった。
本当は断固固辞するつもりだったのだけれど、何だかんだで強引に部屋まで付き添われてしまった。
甲太郎は、そっけない素振りだったけれど、ずっと晃の体を心配し続けていた。
その殆どが多分罪悪感故なのだろうけど、時折チラチラ見え隠れする掛け値なしの好意が何だか少しくすぐったいような、妙な気分にさせられたのを覚えている。
甲太郎が何を考えているかなんてサッパリわからない。
目の前にいきなり、犯しても差しさわりのなさそうな女の体が現れたからいいように使われているのだろうか?
(そんなことは、絶対に無い)
何故だかわからないけれど、それだけは信じていいような気がしている。
すくなくとも性欲処理だけに使われているわけじゃない、でも、それなら、どうして?
「ああもう、そんなことどうだっていい、それより風呂だ、風呂!」
どんなに理屈を並べてみたって、甲太郎に何度も強引に抱かれた事実は消えないのだし、好意的に考える方が間違っているのかもしれない。
風呂、といざ言ってみた所で、そういえば寮の風呂は共同なのだと思い出して晃は暗鬱たる気分に陥っていた。
最悪シャワーだけでもいいとして、この状態でまさか裸をさらすことも出来ない。タオルで隠したって無意味だろう。
(でも、風呂には入りたいよな、絶対に)
不本意ながら、これまでの性交は全て体内射精されているし、多分そこかしこにあのバカの唾液やら精液やらが付着しているに違いない。
それから全然風呂に入っていないなんて、よく考えたらとんでもなく不潔じゃないか。
シャツや下着に拭い取られてしまって殆ど気にすることも無かったけれど、こんな体でさっきまで学校にいたのかと思い起こして晃は頬を染めていた。
早退してきたのはやっぱり正解だった。
しばらく思いあぐねて、入浴の仕度を整えて部屋を出る。
とりあえず、今はまだ授業時間だし、幾ら早く帰ってくる人間がいたとしても夕方近くだろう。
それまでまだ時間はある。風呂は、清掃中の札でもかけておけば入ってくるような奇特な輩はいない―――多分。
(ああもう、なんて厄介な)
ますます脱力しながら、人気の無い廊下を歩いた。
正午の日差しが窓から爽やかに差し込んでいた。
(続きへ)