「で、何でこの格好に繋がるんだよ!」
満足げに腕を組む甲太郎の前に立つ、晃は淡いピンク色のフリルの付いたエプロンを纏っている。
以前雛川教員に頂いたもので、彼女達と調理をする際、晃が常用しているものだ。
そして彼は今それだけだった。
つまり、素っ裸にエプロン一枚というとんでもなく破廉恥な格好で立ち尽くしている。
真っ赤に頬を染めたまま、俯いてフルフルと震えている様子を眺めて、甲太郎が寒いのかと聞いてきた。
晃はギッと目の前の変態を睨みつける。
「んなわけないだろ、ちょっと寒いけど、そんなことで俺は震えているんじゃない」
「なら何だ、トイレか?」
「違う、バカ!何で調合するのに裸にならなきゃならないんだって聞いてるんだよ!」
―――事の次第はこうだ。
「なあ晃、もし調合が成功したとして、お前が男に戻れたならな、それをすぐ確認できるような格好をしておいたほうがいいんじゃないか?」
甲太郎の言葉に、晃は首を傾げる。
「どうして?別に今のままでも平気だろ」
「それじゃ俺がわかんねえだろうが、お前、女になった時、数時間気絶してたんだろ?」
「まあ、そうだけど」
「今度もまた気絶したとして、それが変異なのかそうでないのか、ちゃんと見極めないと危険じゃないか、特に命に関わることで倒れたんだとしたら、すぐに手を打つ必要がある」
「それもそうだな」
「だろ、だからな、お前、裸になれ」
「は?」
「それが一番手っ取り早い、脱いで調合しろ」
「ちょ、ちょっと待てよ、お前なにまたエロいこと考えてんだ、このスケベ、いい加減にしないと撃つぞ」
「そうじゃない、なら、エプロン着ろよ」
「はあ?」
「それなら素っ裸じゃない、恥ずかしくも無いだろ、ほら、時間ないんだ早くしろ」
「待て、待てってば、なんだよその強引な理論、冗談じゃねえぞ、裸エプロンなんて、そんなマニアックな格好―――」
いいから脱げと強引に剥かれて、気付けばエプロン一枚の姿になっていたというわけだ。
何故か足元の靴下だけそのままになっている。
あからさまに剣呑な様子の晃を一瞥して、甲太郎はアロマをひとふきしながら横顔で笑った。
「まあ、こんな機会でもなきゃできない格好だろう?」
「そういう問題か!けど、まあ―――確かにそうではあるけれど」
「なら、最後のお楽しみだ、こんな経験二度とないぞ、細かいこと気にしないで堪能しておけよ」
そういわれるとそうかもしれなくて、でもやはり納得できないから、晃は唸り声を上げて調合の仕度を始めたのだった。
裸だろうがなんだろうが、とにかく作業しなくては。はっきり言って時間がない。
こんなにすんなり状況に適応できるのも自分の才能だろうと結論付けて、とりあえずは気にしないことにした。
記憶の底を漁りながら、思い出した品物を片っ端から取り出して床の上に並べていく。
ビーカーや分度器、フラスコ、アルコールランプ、ペンチにニッパ、ナイフと計量器など、機材も一揃え取り出して、さてと胡坐を組んだ。
「やるぞ、甲太郎」
「ああ」
「とりあえず、蛇の肝からスタートだ、それとミネラル水を混ぜて、大腿骨の粉末を加える」
「オイオイ、そんなことしてたのか?」
「わからん、でも、そんな思い出がある」
「―――大丈夫かよ」
不安そうな助手を従えて、ついに『玖隆君を男に戻せ、調合大大会』の幕が切って落とされたのだった。
こっちの調合物をこちらに混ぜて、あちらとそちらを足して、薄めて、量を増やしてと、果てしなく調合は続いている。
晃は出来上がるたび、いや、これは違う気がするなどと言ってほかの物を混ぜていくから、今この液体の中になにが混ざっているのか、甲太郎にはすでに把握できなくなりつつあった。
とりあえず人体に有害な物質は混ぜていない―――と、思う。たぶん。
恐ろしくてとても飲む気にはなれないが。
こいつもよくこんな怪しげなものを飲んだものだと、つくづく感心してしまう。
件の晃はすっかり作業に没頭していて、自身の格好になどまったく頓着していないようだった。
エプロンの脇から、豊満な乳房が覗いている。
フリルの裾から伸びる太腿や、足を組みかえるたび、立ったり座ったりするたびに、局部がちらちらと見え隠れして、いやらしいことこの上ない。
甲太郎の愚息はもうすっかり臨戦体制を整えていて、自制しないと今にも飛び掛ってしまいそうだった。
さて、どのタイミングで押し倒してやろうか―――
危険な思想に思いを馳せる友人などにはまったく気付かずに、晃が唐突にできたと声を上げた。
殆ど同時に洩らした舌打ちは、幸い聞かれずに済んだようだ。
どれどれと覗きこみに行くと、どす黒い、どろりとした液体の入ったビーカーを得意そうに鼻先に突きつけられた。
「ウップ!」
甲太郎は顔を背ける。
「くせェ!なんだコリャ、ヘドロか?」
「バカ、ふざけんな、俺の懇親の力作だ」
「じゃあ、これが―――」
晃は満面の笑顔で大きく頷き返す。
「多分、元に戻る薬だ」
「―――正気かお前」
「もちろんだ!」
鼻をつまんでビーカーを口元へ持っていく。
慌てた甲太郎が静止しようとした。だが。
「あっ―――ああ、あー」
ゴクゴクンと、猛者は思い切りよく一気に飲み干してしまった。
無茶というか無鉄砲というか、とにかく信じられない神経の持ち主だ。
こいつの精神構造は一体どうなっているんだ。実は、どっかイカれちまっているんじゃないのか?
件の晃はビーカーを口元から放して、ゲフッと臭いゲップを吐き出している。
さすがに甲太郎も呆れながら様子を伺っていた。
「どうだ?」
「んー、気持ち悪いくらいで、特になんとも」
そりゃそうだ。
「腹痛とか起こすんじゃねえのか、そもそも、あんなもの飲む人間がいるかよ、お前って信じられねえ」
「体に害のあるものは混ざってないんだ、平気だろ」
「そういう問題かよ、大体―――」
ン、と小さく声を洩らして、急に晃がエプロンの裾を握り締めた。
仕草がどことなく艶かしくて、甲太郎は思わずまじまじと見詰めてしまう。
「―――どうした?」
「いや、何か」
「何だ」
「変、かも」
「何が」
「なんというか、頭がぼんやりしてきたというか、アレ?」
両手でエプロンを握って、ぎゅうっと腿の付け根まで引っ張り降ろしながら、小さく体を縮こまらせていく。
確かに少し、様子が変だ。
しかも―――なんだか顔が赤い。
呼吸も乱れて、まるで喘ぐように肩で息を吐いている。
「ちょっ、と、待った、なんだ、これ―――へ、変だぞ、オイ、俺、何か」
甲太郎はムラムラしながら仕草の一つ一つを目で追っていた。
これは、まさか。
「う、ウウッ」
ひょっとして、晃は―――
「か、体、あっつい」
全身がぎこちなく震えている。
「こ、たろ、どうしよ、俺、何か、ヤバいっ」
目じりに涙まで浮かべて。
間違いない、これは―――
「―――晃」
肌に触れると、ビクンと過剰に反応した。
晃は荒い呼吸を繰り返しながら、前屈みにくったりと倒れこんで瞳をギュッと閉じた。
背後に回って抱き起こしつつ、甲太郎は首筋に唇を押し付けた。