「ああっ、クソ!」
イライラとした声が上がる。
時刻はもう夜だ。
甲太郎は一風呂浴びに行って、ついでに晃の汚れた服やらシーツやらを洗濯してきてやった。
他の生徒達と入浴できない彼のために、自分の部屋からもポットを持ってきてお湯も用意してやった。
戻ってくると、使用した形跡があって、背中を向けたまま短く「ありがとう」とだけ言われた。
桶やタオルを片付けて、夕食はどうすると聞いてみるといらないと答えるから、勝手に二人分用意する。
「いらないのに」
「腹、減ってるだろ」
「そんなには」
「いいから食え、空腹じゃ上手い考えも湧かないぜ」
膨れる晃にスプーンを手渡すと、またカレーかよと呟くので、少しイラッと来て軽く小突いてやった。
晃はそのまま黙々とカレーを食べている。
甲太郎も淡々と食べた。
食事が終わって、またモニタに向かいに行く姿を見送ってから、食器の片づけが終わった直後、椅子の晃が両腕を振り上げて叫ぶ。
「全然無いよ、どこにも、こんなバカなこと、ほかに症例なんてあるわけ無いんだッ」
「見つからないのか」
「当たり前だろ!」
振り返った顔が泣いているように見えて、甲太郎はつい顔をしかめていた。
近づく前に立ち上がって、ベッドに倒れこむと、そのまま動かなくなる。
「晃」
返事は無い。
モニタから煌々と人工の光がこぼれている。
「おい」
近づいて、ベッド脇にしゃがみこむと、そっと髪に触れた。
直後に手を振り払われていた。
「触るな」
「晃」
「お前なんか、どうせヤりたいだけなんだろ?俺が女になって、丁度よかったって喜んでんだろ」
「何言ってるんだ、そんなわけ」
「じゃあどうしてあんな事したんだよ」
甲太郎は言葉に詰まる。
「今まで普通に友達だったじゃないか、俺達、なのに女になった途端犯すなんて、滅茶苦茶だ」
「んな、つもりじゃ」
「うるさい、結果的には同じことだ、お前はどうせ、女なら何でもよかったんだろ」
突然抱き起こされて、胸倉を思い切りつかまれて、晃は面食らったように甲太郎の顔を凝視する。
真剣な目の中ににふつふつと怒りの色が浮かび上がっていた。
「―――もし、今の言葉が本気なら、お望みどおり犯してやるぜ」
動揺した晃の瞳がフッと外される。
そのまま申し訳なさそうに眉間を寄せて、小さな声がゴメンと呟いた。
「悪い、言いすぎた」
甲太郎は手を放す。
そして、気遣うように肩に触れた。
晃がクスッと痛々しい笑みを浮かべる。
「最低だな、俺、最初に縋ったのは自分で、原因だって全部自分なのに」
「晃」
「ゴメンな甲太郎、俺、もうどうしていいのかわかんなくてさ」
思い切り抱きしめてしまいたい気持ちをグッと堪えて、今は言葉の綴られるままに晃を見詰めていた。
すっかり弱り果ててしまって、こんな姿、これまでに見たことも無い。
彼は今少女の姿だから、悲壮感が一層増している気がする。
よく見ると数日前より雰囲気が女になっているので、体の奥の方が落ち着かなくざわつくようだった。
晃はうな垂れた。
「このまま戻れなかったら、人生、何もかも変わっちまいそうで、でもそんな覚悟すぐにできないよ、大体両親や協会になんて説明すればいい?下手をしたら免許剥奪、俺は俺のままじゃいられなくなるかもしれない」
「宝捜し屋に女はいないのか?」
「そういう話をしているんじゃないよ」
寂しげな声だった。
「自分の失敗なんだ、ケツはぬぐわないと、それに、下手を打ったらモルモット扱いでラボ行きだ、そんなことになったら俺はきっと」
そこで言葉を切る。
多分、言いたかった言葉を推測して、甲太郎も項垂れていた。
晃が今の晃でなくなって、しかも翼を失ってしまったら。
それは最悪の事態を示唆するのだろう。考えたくも無くて、肩を握る手に力を込めた。
晃が顔を上げる。
「晃、今のこと、とやかく考えたって仕方ないだろ」
言ってから俺がそれを言うのかと自嘲的な笑みが浮かびかける。甲太郎は堪えた。
今は自分事なんて棚の上だ、晃に、こんな顔やめさせられるなら、どんな嘘だって吐いてやる。
「起きちまったことは取り消せないんだ、だったら、受け止めるしかないだろう?」
「けど」
「けどもでももない、お前の口癖だろうが、やるしかないんだよ、今」
「でも、もしこのまま解決法が何も見つからなかったら?俺が俺じゃなくなったら?俺は」
「そんときは俺が貰ってやるよ」
つい口が滑って、直後に甲太郎はハッとする。
晃は目を丸く見開いて、唖然とした表情を浮かべていた。
「あっ、いや―――」
言い分けようかとも思ったけれど、こうなってしまった以上、俺も腹をくくるべきだ。
元よりそのつもりはいつも心のどこかにあったのだし。
甲太郎は晃の両肩を掌でしっかり掴んで、正面からじっと見据えた。
「俺が全部貰ってやる、お前の苛立ちや、辛さや、おまえ自身のことも、だから余計な心配するな、お前はやりたいようにやればいいんだ」
「甲太郎」
「お前の事は、俺が守るから」
よくもぬけぬけと、と思う。
けれど、今の俺にはこれが精一杯だ。お前に対する気持ちは嘘じゃない。
しがらみも何もかも振り捨てて、お前と同じように新しく生まれ変わって、全部投げ出してもいいんじゃないかとさえ本気で思っている。
それは、多分、今の晃が辛そうだから。
俺の事なんかそっちのけにしたって構わないと思えるほど、心惹かれてしまったから。
卑怯者と呼ばれる覚悟はできていた。
甲太郎は自分の選ぼうとしている道を、内心深く噛み締めていた。
「甲太郎」
しばらく呆然として、直後に晃は―――困ったように微笑みを浮かべたのだった。
「お前、バカだなあ」
「なっ」
「自惚れてるなよ、俺はそんなに弱くない」
言葉に詰まる。
赤くなった甲太郎の頭を、晃がよしよしと撫でる。
「でも、有難うな」
「晃」
「おかげでようやく腹が決まった、俺、もういいや」
「何?」
うん、いいんだと呟いて、髪を撫でる手がそのまま頬を伝った。
「女でもいいや」
甲太郎は一瞬自分の耳を疑う。
今、晃はなんて言った?
「考えたら、心配して余裕が無いのなんて、それこそ俺らしくないもんな」
格好悪いよと晃は笑う。
「俺、自分が好きだから、そんな自分は嫌だ、だからいいってことにする、このままでも」
「晃」
「それに結構、美少女だろう?お前の事たらし込めたわけだし」
それが本心からの言葉かと勘ぐっていると、何見てるんだとゴチンと殴られた。
やけにスッキリした顔だ。
そこには先ほどまでの焦燥感も、悲壮感も、微塵も残ってはいなかった。
「―――いいのか?」
もう一度気遣うように覗き込んだ甲太郎に、可愛らしい姿がくすっと笑って見せる。
「お前が、言ってくれたんだろう?起きたことは取り消せない、なら、受け止めるだけだって」
「あ、ああ」
胸の奥がチクリと痛んだ。
「俺も、さ、何か、覚悟できてたんだ、多分、ただきっかけが欲しかっただけで」
一番最後の決心をするためのきっかけを。
自分にとってそれは、突然訪れた晃の危機だったのだろうと甲太郎は思う。
まだ完全に踏ん切りがついたわけじゃない。それは多分こいつも同じだろう。
(けど)
甲太郎は散々瞳の奥を覗き込んで、やれやれと溜息を漏らしていた。
まったく、相変わらずなんでもあっさり解決しやがって。
実際余裕が無いのはこっちの方だったかもしれない。
そう考えると悔しくて、甲太郎は口の端を吊り上げるようにして笑った。
「なら、これからは気兼ねなくお前を抱けるな?」
「馬鹿野郎、それとこれとは話が別だ、あんまり淫乱だと根本から割礼するぞ」
「あいにくと剥けてるんでな、その必要は無いぜ」
体のラインに沿って掌を移動して、腰を抱き寄せる。
そのまま顔を近づけると、晃は素直に瞼を閉じた。
キスをして、これまでの抵抗がまるで嘘だったようだと苦笑が漏れた。
結局は覚悟の問題だったのか。
根本的な事柄はすでにクリアされていたようだった。
「なあ、晃」
「ん?」
「―――しないか?」
イタズラな眼差しが揺れて、フフと小さく笑い声が漏れる。
「結局はそれか、お前って、本当にサルみたいだな」
「黙れ」
伸びてきた両腕が甲太郎の首に絡みつく。
そのままいいよと囁かれて、深く唇を重ねていた。
ベッドに押し倒すと、スプリングが軽くきしんでないた。
(長いから分割)※今回は本当に長いのでお覚悟を(笑)