色々と考えていたら、何となく気まぐれで足が向いた。
暮れ行く陽の赤色が最後の扉を開く試練として現れた『彼』に似ていたからかもしれない。
『彼』は戦いに敗れて消える間際、自分にだけ聞こえる声で、確かにこう言った。
―――君たちは幸せになるべきだよ、と。
『彼』は一体何を指して幸せと定義し、願ったのだろう。
(俺は今、幸せなんだろうか?)
世界は確かに元の姿を取り戻した。
けれど、二度と戻らないかもしれないものがある。
そして確かに失われてしまったものもある。
何かを得るためには、何かを失わなければならない。
その自覚を持って挑んだわけではないけれど、俺は、対価を支払って、今の現実を手に入れた。
他の仲間たちも同様に失って代わりの何かを手に入れただろう。
だったら世界と取引した結果、皆は幸せになれたのだろうか。
(そこまでデカイ話じゃない気もするけど)
少なくとも大地と維結は幸せそうに見えた。
確実に以前とは纏う雰囲気が違っていた。
他の皆はどうだろう。
望みは叶ったのか。
(―――でも、一人、絶対に望みの叶わなくなった奴がいる)
見下ろした足元に伸びる長い影。
ふと見上げると、空が赤色に燃えていた。
木立を彩る輝きに瞳を眇めながら、深く息を吸い込んで、吐き出した。
まだ帰りたくない。
日暮れて闇が訪れるまで、暫くここで過ごそうか、そんな事を思いながら人気の無い園内を歩く。
少し肌に冷たい風が、クセ毛の髪を撫でて通り過ぎていった。
木立を彩る鮮やかな紅。
日暮れ時は腐りかけた胡乱な世界でも美しく輝いて見える。
赤は血潮の色、生命の彩り、燃え立つような世界は、失われた太古の鼓動を今に蘇らせるようだ。
ふと立ち止まって、ビルの輪郭をなぞりながら西天に堕ちていく陽光に瞳を眇めた。
風が吹く。
少し肌に冷たい、冬の気配を孕んだ風。
サラサラと乱れる髪を指で軽く払い、周囲を見渡す。
―――やはり人の姿はない。
寧ろ好都合だと軽く笑って、大和は心持ちゆったりとした足取りで歩き出した。
こうして目的なく散策―――取って付けたような名分などもういいだろう、自分は気晴らしに出てきたのだから、これはただの散策でしかない。
大気に吐く息が仄白く浮かび上がって、ああもう冬なのだなと今更のように思った。
季節感を失うほどに、日々は性急に過ぎ去っていく。
大和に課せられた使命、峰津院家当主の誇り、そういったものを若いという理由だけで蔑ろにし、さらには嫉み、疎ましがる人々。
国家の中枢という穴倉の中で、くだらない上位争いばかり繰り広げる古狸達相手に、彼らを屈服させられるだけの力を、権力をと、まるで呪いのように足掻き、求め続けてきた。
いい加減疲れたと感じ始めていたのは事実だ。
才と将たる器、そして、特殊な力すら有して生まれた稀有な自分。
ただ悲しいかな、その全てを完全燃焼するに値する存在だけが永久に得られないのだと、早い内に気が付いてしまってから、苦悶の日々が始まった。
しかし、つい数時間前―――確かに何かが変わった、世界が俄かに色付いた。
刹那のまどろみ、それは、胡蝶の夢か、もしや現の出来事なのか。
しかしやはり何も思い出せない。
遠くから呼ぶ声と気配だけ、繰り返し繰り返し、大和の胸に鈍い痛みを滲ませる。
また立ち止まり、空を渡る鳥の姿を目で追った。
白い、羽根。
けして―――忘れるものかと願った、ただ、それだけ、たった一つだけ。
伸ばした掌で捕らえようとしても、当然、白い翼は指の間をすり抜け、彼方へ去っていく。
喪失感をはっきり自覚して、不意に苦笑いが漏れた。
ここで、気の済むまで感傷に浸って戻ろうか。
刻限にさえ間に合えば問題ないだろう。
天下泰平、世は事も無く。
こんなものを願っていたのかと思う。
(君の願った世界は、これか)
はたと我に返った。
(君、とは、誰だ?)
「峰津院―――大和か?」
呼ばれて大和はゆっくりと振り返った。
燃え立つような世界の中、影法師が佇んでいた。