(結構なお品物で)
机の上の小箱を指先でつんと押してみる。
綺麗にラッピングされた可愛らしい箱、薄いグリーンの包み紙にオレンジのリボン。
あと幾つかは明らかに既製品で、こちらは柚子及び親しい女子がお恵みくださったものだ。
バレンタイン当日は、ほぼ予想通りの展開だった。
和哉はコッソリ窺っていた様子では結構な数のチョコレートを貰えそうな機会があったにも拘らず、ロッカーや靴箱、机の中に忍ばされた分は放課後全て柚子が没収、手渡しは柚子同伴で数名から贈られた明らかな義理、まともに受け取った本命チョコは当然柚子からの一つきり。
(正直あそこまで激しいディフェンス展開すると思ってなかった、女って怖ぇ)
そして篤郎は、柚子と親しい女子からの義理チョコのみであった。
(ま、いいんだけどさ)
あらかたチョコレートを取り上げて鼻息荒く帰っていく柚子を見送った後の帰り道。
別れ際に和哉から「コレ、例のアレ」と秘密取引のように小さな紙袋を手渡された。
家に帰って中を見た途端もんどりうって床に倒れ付した。
こんな可愛いの用意しちゃうのか!てか、これ本当にレンの手作り?!
(ナオヤさんはレンがもっとずっと小さい頃からこういうのを毎年!くうぅぅーッ)
ジタバタしても始まらないと、気を取り直してまずはじっくりと鑑賞、その後、ご賞味させて頂こうと決めた。
ひとしきり眺めて気の済んだ篤郎は仰々しく指先にリボンの端をつまみ、そっと解いてから包み紙を破かないように丁寧に開き、出てきた小箱の蓋を、まるで宝箱の蓋を開くような気分で開く。
「うおぉ?!」
四つに区切った枠内に綺麗に収められたトリュフチョコ。
「こ、これが、手作りの、チョコ」
ゴクリと喉が鳴る。
―――記念すべき初本命チョコが男からという点のみ、若干侘しい気もするが。
(い、いーんだ、俺は、レンからのチョコ、欲しかったんだからッ)
そっと一粒取り上げて、口の中に放り込んでみた。
程よい甘さとほろ苦さと共に仄かな洋酒の風味が舌の上でほどけて、えもいわれぬ味わいを演出する。
(美味い!)
実を言えば、多少高を括っていた。
どうせ男の手作りだろうと、板チョコレベルを想像していた―――が、どうだろうこれは。
(フツーに美味い、てか売り物みてぇ!マジか、こんなのレンは作っちゃうのか?!)
あいつ、パティシエだと、一粒食べ終わって呟く。
伊達に子供の頃からナオヤさんの嘘常識でチョコレート作ってきてないな。
(てかこれの40倍返しって―――)
俺は一体何をどうしたらいいんだろう。
精々が義理チョコのお返しにコンビニクッキー程度しか用意した事のない少年は、チョコの旨みを噛み締めながら苦悶の表情を浮かべたのだった。
バレンタインから丁度一ヵ月後、3月14日は愛を受け取った、受け取らせられたに関わらず、男が返事を期待される日、つまり、ホワイトデー
ホワイトデートいうのは日本独自のイベントで、誰のどんな記念日でもない。
ただ、告白したならお返しの日を、という、商業的少女的発想に基づいた、ぶっちゃけ何でもない日だ。
お返しというだけなら別にいつでも構わないのだろうけれど、ここにも祭好きの国民性が現れているらしい。
バレンタイン翌日から早速立ち上がった新たなのぼりを目にするたび、篤郎も初めてのモヤモヤ感に頭を悩ませていた。
(他は全部ただの義理だから、いつもと同じで構わねぇだろ)
けれど和哉からの本命チョコにはどう答えるべきか。
(なんつっても40倍だし、手作りの40倍って何?俺がフルコース作って振舞うとか?)
ありえない、というか、できない。
ネットで調べてみた結果、ホワイトデーのお返しにはそれぞれ意味があるらしいけれど、最近では拘らず、予算と気持ちに見合った様々な贈り物を選ぶのが主流らしい。
例えば、おいしいスイーツとか、綺麗なアクセサリーとか、お洒落な時計とか。
いくら40倍といっても160個の飴をプレゼントしたって嫌がられるだけだろう。
「はぁ」
本当にもう、どうすれば。
和哉の好みはあらかた想像つくが、果たしてそれで40倍と受け取ってもらえるか分からない。
(―――せっかくだし、やっぱりガッカリさせたくないよな)
チョコレート以上に嬉しかったこの気持ちの40倍なんてそれこそ想像もつかない。
(貰えば貰ったで、苦労するモンなんだなぁ)
カレンダーの日付を目で追う、14日は明日だ。
篤郎はまだ何の用意もしていない。
「さっすがに、今日どうにかしないとヤバイよな」
肩に鞄をかけなおしながら、放課後ちょっと探してみるか、と、腹を決めた。
(とにかく、何にもないって事だけは絶対ダメだ、けど、どうやったら喜ぶんだ?)
「―――うう」
廊下を歩き出しながら、早速鈍くなる足取りに、どうやら雲行きは怪しそうだった。
この時期に浮かれている男をあまり見かけない。
そして、少し恥ずかしそうにホワイトデーの特設会場で贈り物を吟味している男、ファンシーな売り場を困り顔で彷徨う男、ジュエリーショップの女性向けショーウィンドウ前に佇んでいる男など、場違いな姿を多数目撃する。
去年まではあまり気にする事もなかったけれど、今、彼らの気持ちはとてもよくわかる。
篤郎は不意に肩をポンと叩かれて振り返った。
「れ、レン?!」
よ、と懐っこい顔で笑いかけてくる。
今一番会いたくない相手と出くわして狼狽した様子を、不思議そうにどうしたと尋ねられた。
(お前のプレゼント探しに来てるんだよッ)
喉まで出掛かってどうにか飲み込む。
こういう物はやはりサプライズの方がいい。
代わりに何でもない風を装って、篤郎は苦笑いでお茶を濁した。
「何か買い物?」
ここは大型テナントビルの一階。
「あ、ああ、ちょっとな」と多少どもりながら答える。
「ふーん」
「レンは?」
「バレンタインデーのお返し買いに」
(ですよねーッ)
分かってます、知ってましたと内心呻く。
(なら何で俺がココ居んのかも察しろよ、この、にぶちん!)
「そ、そーなんだ、で、何にすんの?」
「クッキー、母さんと柚子の分」
「他の子は?」
「近所で買う、もうちょっと安いクッキー」
なるほど、と苦笑いする。
「母さんお気に入りのケーキ屋があってさ、毎年リクエストがそれなんだ、柚子もまあ、幼馴染だし、ちょっとだけ特別」
それを聞いたら柚子は大喜びで飛び跳ねるだろう。
何だか多少痛ましい思いがして、へえ、そうなんだと内心密に同情する。
「それよりアツロウ」
不意に和哉がニコリと微笑みかけてきた。
「な、何だよ」
「俺もお返し、期待してるからな」
うっ
この野郎、今一番の悩みの種を。
「覚えてるよな?40倍返しだぞ」
「も、勿論ッ」
「ちなみにナオヤからは、去年は時計だった」
「と、時計?!」
「そ、デザイナーズブランドのヤツ、俺がよくつけてるアレ」
「アレ、ホワイトデーの?!」
「俺のチョコは高いんだから、覚悟しろって言っただろ?」
「そそ、そりゃ、そうだけど」
「じゃあな、アツロウ、明日楽しみにしてるからな!」
ポン、と再び肩を叩いて。
(あああ〜!)
颯爽と去っていく、今だけは、その後姿が憎らしい。
(レン、お前ってヤツはッ)
アレと同ランクなんて無理だぞ、高校生の懐事情をなんと心得る。
(ていうか俺、ホントどうすりゃいいんだよ)
チョコなんて欲しいとか言わなきゃよかったと若干の後悔が過ぎるけれど、いやいやそんなことないぞと不埒な考えを払いのける。
和哉の本命チョコレート、喉から手が出るくらい欲しかったじゃないか。
(アイツって時々マジに酷いよな、それもやっぱナオヤさんの仕込み?てか俺のプレゼントってナオヤさんと比べられちゃうのか?)
すっかり暗雲立ち込めてしまった心の、底の方から深い深い息を吐き出して、篤郎は和哉の去った方向と逆の道をトボトボと辿り始めた。