最期は緩やかに訪れた。
今度の生涯は闘いの最中に幕引かれるものだろうと踏んでいたから、そういう意味で予測は外れたなと、ベッドサイドの不安げな表情を見上げながら思う。
(今生は何と楽しい生涯だったことか)
何度も苦渋を飲まされ、痛みと嘆きの連続だった果てない孤独の旅路はすでに終わりを告げた。
直哉、と手を握り締められて、17で時の止まった従弟をジッと見詰める。
(二度と兄弟として生まれ来ることは叶わなくなったが)
それでも永久の絆を誓い合った。
これ以上ない収穫だろうと声を立てて笑う。
そのまま少し咽て、何がおかしいんだよと呆れた笑みを浮かべる和哉に、何でもないと微笑み返した。
「まさかお前に看取られる日が来るとは」
「何言ってるんだ、これで終わりじゃないんだろ?」
「無論」
俺は再び戻ってくる―――幾度でも還ろう、愛しいお前の元へ。
それまでの期間、先手を打って、根回しの結果ただ一人だけを魔族に転生させた後、和哉は他の誰一人として、どれ程望まれようとも、決して魔王の力を分け与えようとしなかった。
だから和哉が魔王として立った当初、共に在った仲間の殆どは死んでしまった。
理由は寿命、戦死と、様々だ。
自分も随分生きた方だと枯れ木の様な手を見て思う。
(どうせ愚か者のお前の事だ)
誓いも、約束も、いずれ疑念を伴うようになるのだろう。
つかの間の寂しさと理解するにはまだ時間が要る。
その間、きっとアレが役に立つ。
(アレもまた弟を信じ、愛する者の一人なのだからな)
人の良い笑顔で、和哉のためならと快く引き受けてくれた、慈悲深い心に感謝する。
「直哉」
死の足音は緩やかに、けれどもうすぐそこまで迫りつつある。
まどろみながら何だと返した。
「いつ戻ってくる?」
「そうだな、運が良ければ比較的すぐに、そうでなければ待たせるかもしれん」
「あんまり長くは待てないぞ、寂しくて、魔王なんて放棄するかも」
「フッ、我侭を言うな、必ず戻ってくるさ、だから良い子にして待っていろ」
「いつまでも子ども扱いするなよ、でも、待ってるからな、ずっと」
「俺の居ぬ間に天使の元など下ってくれるなよ?」
「今更転職できないさ、俺を誰だと思ってる」
「フフ、そうだったな」
―――意識が遠ざかっていく。
日本から遠く離れた地、草原に建つ小さな家、ここは風が気持ちよくて、空が青い。
「俺が死んだら、後はどうする?」
「―――建物ごと燃やして戻る、亡骸は灰も残さない」
「上出来だ、流石、おれ、の」
何かが唇に触れた。
暖かな雫が肌を転がり落ちていく感触に、フッと笑みが零れる。
(まったく、最後くらい安心して逝かせないか、本当に手のかかる―――)
意識はそこで、闇に途切れた。
―――揺らめく水面の内より浮かび上がって、どれほどの時が過ぎたか。
(もどかしい)
言葉を発する事すら侭ならない。
望む場所へ自ら行く事も叶わなければ、望むように振舞う事すら出来ない。
毎度この無力感は屈辱でしかない。
(だがもう、それだけではない)
世界の眩さに目が眩む。
(待っていた)
幾年月ほど流れたのだろう。
天魔の戦いはどのような局面を向かえているのだろうか。
(なにより)
―――愛しい姿が脳裏を過ぎる。
(待っていろ)
もうすぐだ。
(すぐに行くから、待っていろ)
優しい声と、柔らかな温もり。
母の腕に抱かれて、幼子は彼の元に届けとばかりに声を張り上げたのだった。
何か火の鳥みたいな展開になってきた…