直哉が死んで数十年の月日が流れた。

魔王となったその時に、自ら負った荷の重さは覚悟していたはずだった。

けれど大切な人が死んで―――心底思い知らされた。

もう、自分は、皆と違う時間を生きている。

(人じゃないから)

恐ろしかった。

人は呆気なく死んでしまう。

いずれ、誰もいなくなってしまう。

(どうしたらいい?)

闇の中で一人きり、永遠に等しい時を過ごさなければならないのか。

天使と戦い、神を殺めて―――そして、その先は?

俺は何のために、誰のために、魔王として君臨し続けるのか。

独り万魔殿の奥で呆然としていた和哉を救い出してくれたのは、和哉が魔王になる事を望んだ兄の直哉だった。

かつて犯した罪の吐露と共に、恐れを、不安を、その必要はないのだと語り聞かせてくれた。

兄の求めている『弟』が、自分なのか、アベルなのか、正直まだ戸惑うこともある。

しかしどちらも自分にとっては紛れも無い『弟』なのだと直哉は言っていた。

いずれ俺が転生した時、お前は真に理解するだろうと、その言葉だけを頼りに待ち続けている。

あの日の告白は、きっと打ちひしがれた俺の目を覚ますために語られたもので、兄は罪も罰も引き受けたまま輪廻を繰り返す事を望んでいるに違いない。

だからこそ真っ当に老いて、人として死んだ。

待つ側を引き継いであっさり逝った兄が少し恨めしいけれど、望みなら叶えてやりたい、何より今更戻れない。

(ナオヤもずっとこんな気分だったのかな)

側近中の側近と次生はどのような姿だろうかと語らう余裕すら最近は失いつつある。

(ちゃんと戻ってくるよな、きっと)

あの日、直哉が見せてくれたパンドラの箱の中にあったものは、揺るがぬ想いと執着、そして何より弟の自分へ向けられた深い愛情だった。

だから信じた、兄と共に歩もうと決意した。

早く戻って来い、戻らないと、魔王やめちゃうぞと、何度記憶の中の兄に駄々をこねただろう。

 

(あれからどのくらい経ったんだろう)

日めくりは最早意味を成さず、和哉は、更なる力と磐石の地位を手に入れていた。

魔界全土を掌握したわけではないが、今や和哉以上に力のある悪魔は存在しない。

そういう意味で俺は真の魔王となったのかもしれないと、ムダに大きな玉座に腰掛けながら、放り出した足をパタつかせていた。

来賓があるときはそれなりの佇まいで迎えるよう務めているが、普段はいい加減なものだ。

身体を軟体動物のようにグニャリとさせて肘掛に凭れ掛かる。

―――だらしないと叱りつけてくれた声が懐かしい。

この万魔殿で唯一魔王と対等の立場で語らうことの出来る側近中の側近は、現在遠征中だ。

だから今、王に指図できる者は誰もいない。

自由も案外退屈なもんだと溜息が漏れた。

(あんなに強く約束したのに)

既に天使を殺すこと、破壊行為に抵抗も、罪悪感も無い。

呼吸するように悪魔を操り、けれど戦いは特別好きでも嫌いでもなく、ただ売られた喧嘩は買ってやる心意気と、やるからには勝つという思いだけで、地位に対する執着すら和哉は持ち合わせていない。

爪の伸びた指先で床をガリガリと削り、ふと見つかったら怒られるかなと思って起き上がると、再び背凭れにだらしなく背中を預けた。

呆れたことに、まだ天使達は自分を諦めていないらしい。

しかし、その都度面会を許して、あまつさえおとなしく使者を無傷で帰す自分も大概甘い。

(昔の知り合いは殆ど天使と悪魔ばっかりになったからな)

よりによって使者にレミエルを寄越してくるのだから、直哉が話していたとおり、神は相当性格が悪いのだろう。

しかしあの話には大分主観も入っていたはずだと、思い出して和哉はクツクツと喉を鳴らしていた。

(こんなに待たせて、今度は退屈で殺す気か)

疑っているわけではない。

ただ待っているだけ、そして、待ちくたびれているだけだと、繰り返し自身に言い聞かせ続けている。

どうせまた会えるだろう?

その一言があったから、最後の日に未練無く亡骸を灰に変え、再び戦火に身を投じることが出来た。

戦況は依然膠着したまま、神を殺すに至るまで、あとどのくらい―――戦いは続くのだろう。

(見当もつかないや)

そっと目を閉じる。

(もしかしたら終わりなんて無いのかもしれないな)

小さく息を吐いた。

(早く戻ってよ、直哉―――)

 

コトンと、暗がりの奥から聞えた物音に、和哉はゆっくり瞳を開いた。