空に星が一つ、二つ、浮かび上がる。
背中に触れる墓石の表面はヒヤリとして心地良い。
和哉の傍らでずっと震えていた柚子は漸く眠りについたようだった。
夏でも夜は僅かに肌寒く、露出した柚子の肩に腕を回して起こさないようそっと引き寄せながら、和哉は反対側に座っている篤郎に声をかけた。
「お前は大丈夫か?」
ハハ、と力ない笑い声が闇に溶けた。
今日まで当然と思っていた日々は何だったのだろう。
直哉の作った改造COMPを手にした瞬間から日常は壊れ始めていたのかもしれない。
(殺しに、爆発、死体、停電―――悪魔)
体中疲れ果てているのに、神経ばかりやたらピリピリして寝付けない。
理性で感情を押さえつけていなければ今にも叫びだしてしまいそうだ。
青山のアパート前で偶然会えた直哉の言葉が脳裏を巡り続けている。
『2人とも、良く聞け、これから起こる事から目を逸らすな、恐れずに立ち向かうんだ』
『その時こそ真実の扉は開かれる―――運命を、乗り越えろ』
(それは一体誰の運命なんだ)
少なくとも俺じゃない、そうであると信じたい。
ごく普通の高校生、毎日友達とバカやったりして過ごして、卒業したら大学進学、その後社会に出て、平凡でありきたりな家庭を築く―――可も不可もない平坦な一生。
目の前で人が死んだり、命の危険に晒されたり、まして悪魔など、和哉にとってはメディア世界の産物でしかなかった数多の事象が津波のように押し寄せ、たった一日で呆気なく常識を覆してしまった。
(俺が悪魔と戦うなんて、馬鹿みたいだ、意味も理由も分からない)
平凡で平穏な毎日はまるで砂上の楼閣のように脆く、今となっては寧ろあれこそが夢であったように思う。
直哉の言っていた真実の扉とは一体何のことなのだろう。
この改造COMPを使ってかつての日常に戻ることを指しているのだろうか。
(分からない)
改造COMPを起動させた途端、画面から見たことのない生物が飛び出してきて和哉達に襲い掛かってきた。
その際COMPに表示されたシステムから読み解いて、悪魔と認識したそれらに辛くも勝利し、安堵したのも束の間、直後直哉から送られてきたメールに従って訪れた青山霊園で今度は悪魔の団体に襲われ、結果そのまま霊園で一夜過ごす羽目になってしまった。
和哉は生まれて初めて殺人現場と死んだ人間を目の当たりにした。
大型の悪魔の爪はまるで紙屑のように肉を裂き、倒れた姿の周囲に血溜りが広がっていく様子は、まるで映画のワンシーンのようだった。
けれど夜風に生臭い空気を感じ取った瞬間、猛烈な恐怖と共に、死ぬのだ、と本能的に悟っていた。
誰しもいつか死ぬ。
けれど、どのように死ぬのかは分からない。
あんな姿になりたくないと思った途端、3人は形振り構わずCOMPを起動させ、結果周囲の悪魔たちをどうにか倒すことが出来た。
人殺しをしたウェンディゴは後から現れた翔門会の少女に追われて逃げたが、去り際に残していった言葉がやけにひっかかっている。
その翔門会の少女に関しても謎だらけだ。
悪魔と互角以上の戦いを展開して見せた彼女は、尋常でないこの状況に随分慣れているように見えた。
その後戻ってきた少女は和哉達のために結界とやらを張っていってくれたそうだが、その結界は目に見えないから迂闊に動く事も叶わない。
少女は再び闇の向こうへと去ってしまった。
結局、和哉達は混乱に身を置いたまま肩を寄せ合い、息を潜めて、焦れたように朝を待ち続けている。
「まさか」
篤郎の声がぽつんと響いた。
「まさか悪魔と戦っちゃうなんてな」
遠くを見詰めたままの横顔が小さく溜息を漏らす。
「なあ、レン」
「何」
「オレら、これからどーなるのかな」
わかんないよと答えると、そうだよな、と苦笑交じりの声が返ってきた。
「なあ」
「うん」
「オレ、怖いよ」
「うん」
和哉も怖い。
命を奪われるかもしれない恐怖なんて生まれて初めての体験だ。
まして、相手は悪魔。
実在していた驚き以上に、そんなものと戦う羽目になるとは、今もまだ悪い冗談のように思える。
(けど今起こっているのは、間違いなく現実)
肩に凭れながら寝息を立てる柚子をチラリと窺って、再び篤郎に視線を向けた。
「なあ、アツロウ」
「ん?」
これからどうする、と、今聞いても答えようのない問を投げかけてみると、案の定篤郎は困ったように項垂れただけだった。
「とりあえず、朝になったら状況確認、かな」
「そうだな」
「ナオヤさん今頃どうしてんだろうな」
「それは多分心配要らないよ」
和哉達にCOMPを与えて運命に立ち向かえなどと言い放ったのだ、直哉は今後どうなるかあらかた予測が立っていて、その上で行動しているに違いない。
(直哉が原因、なのかな、やっぱり)
漸くひと心地着いた所を狙って送ってきたかのような直哉からのメール。
ラプラスメールのシステムも直哉が組んだのならば、どこまで事情に通じているのか。
「アツロウ」
もう寝よう、と和哉は言った。
分からない事が多過ぎる、にも拘らず、情報はあまりに少ない。
けど何だか寝付けないんだよなと苦笑いする篤郎の手に和哉はそっと手を重ねた。
「レン?」
握ったら僅かに驚いたような気配が伝わってきて、振り返った篤郎が闇の向こうからまじまじと和哉を見詰める。
「大丈夫、俺達は三人一緒なんだから、心配要らないよ」
「な、何だよそれ、どういう根拠だよ」
「俺と、お前が一緒なんだ、ユズもいるし、きっとなんとかなる」
「はは、何だそれ、理由になってねえよ」
「俺は二人が一緒ってだけで、十分理由になるけどな?」
篤郎は暫し黙り込んで、敵わねえな、と、苦笑交じりに呟いた。
「そんな風に言われちゃったら、オレだってそうだって答えなきゃなんねえだろ、ったくよぉ」
「ちょっとは安心したか?」
「ああ、ちょっとどころか十分だ、サンキューな、レン」
お礼に先に寝て良いぜ、と、篤郎は帽子の影に瞳を隠してしまった。
恐らく照れているのだろう。
和哉は微かに笑い、少しだけ篤郎に体を預けて目を閉じた。
「適当なところで起こせよ、お前も休まないと、当てにしてるんだからな」
「ああ、レンこそちゃんと寝とけ、明日もヨロシクな」
「こちらこそ、宜しく」
やっと少し落ち着けた気がする。
これならどうにか眠れそうだ。
―――瞼の裏で、さざめく稲穂の波音が聞こえたような気が、した。
Peaceful
days died _ _ _ Let`s Survive!