―――どうにか逃げ出すことが出来て、三人は水道橋方面へと歩いていた。

結局直哉を見失い、やむを得ず近いという理由で池袋の封鎖状況も確認してみたのだが、やはり自衛隊により完全に包囲されていた。

正午を回った日差しが肌に痛い。

チネシティ広場での戦闘直後、計ったようにメールが送られてきて、和哉は半ば確信していた。

直哉はどこかからオレたちを見ている。

(どういうつもりなんだ、ナオヤ)

いっそ本格的に追いかけて問い詰めたい気持ちもあるけれど、この広い東京区内においてたった三人だけで移動を続ける人物を追うのはあまりに無謀だし、それ以上に自分たちの状況を早くどうにかしなければいけない。

(今はナオヤを気にしている場合じゃない)

チネシティ広場は運命の分岐点ではなかったようだ、その証拠に、頭上の数字はゼロを示したままだ。

直哉のメールにはいちいち和哉を気遣うような一言が添えられていて、本心から心配してくれているのか、それとも暗にバカにしているのか、よく分からないなと思う。

何か隠しているんじゃないかと、それは、篤郎と柚子も同じ考えのようであった。

相変わらず考えの読めない厄介な従兄の相手は疲れる。

溜息を吐いた和哉の肩を、篤郎がポンと叩いた。

「な、アレ、見えるか?」

示された方向を眺めると、白いドームと塔の様な建造物が街並みの合間に覗いている。

「ドームシティ?」

「まあどうせ閉園してるだろうけど、気晴らしくらいにはなるだろ、行ってみようぜ」

確かに日陰も多そうだ。

頷いて歩き出す、和哉と篤郎の後に柚子も続く。

 

文京区、後楽。

ドームシティの呼称もある、ここは、二球団が拠点とする野球場と、併設された遊園地で有名な場所だ。

休園時は閉じられているはずの鉄の門扉は開け放たれたまま、がらんとした敷地内に踏み込んで、人の姿を探すでもなく和哉達は歩いている。

「誰もいない遊園地ってちょっと不気味だね」

不安なのだろう、傍に寄ってくるなと大騒ぎしていたはずの柚子は、さっきから和哉の隣で身を寄せるようにして歩いている。

「ね、レン、乗り物はどれが好き?」

「観覧車」

「いやん、気が合う、それ私もスキっ」

「渋いなぁ、オマエら、フツー遊園地っていったらコースターとかだろ」

「あんなの早くて怖いばっかりじゃない、何が面白いのか全然わかんない」

「はぁ、そーですか」

「レンはそんなの好きじゃないもん、ね、レン」

「乗れないこともないよ」

「えっ」

「ただアレさ、ガタガタして、首が痛くなるから」

「レン」

「渋い通り越して老人だな、オマエ」

不意にヒヤリとした感覚が肌を撫でた。

和哉は頭上の太陽を見上げる。

おかしい。

風が吹いた気配ではない、空調の様な冷気だった。

どこか電気が通じているのだろうかと辺りを見回してみる。

篤郎も、なんだか涼しくないかと辺りをキョロキョロ窺っていた。

「クーラーあるのかな?自家発電とか」

「いくら何でも屋外までは冷やさないだろ、変だな」

「でも涼しくていいじゃない」

いい加減暑気にうんざりしていたのは和哉も同じだった。

柚子はニコニコしてから、急にお腹が減ったと表情を曇らせた。

そういえば、今日はまだ水以外何も口にしていない。

今朝からの事を何となく思い出して、和哉は突然息を呑んでいた。

「アツロウっ」

「ん?」

「これってマズイぞ」

「マズイって何が」

そこまで言いかけて、篤郎もああっと声を上げる。

「どうしたの、アツロウ?」

「ここが、メールの場所だ」

震える手で起動させたCOMPの画面を再度読み返しながら呟く。

「時間も―――合ってる」

篤郎の様子を見ていた柚子の顔も徐々に青ざめていった。

「どういう事?」

「ラプラスメールに書いてあったろ、雪男による殺人事件」

「あ、れ?」

ウソ、と呟いて、柚子は和哉に身を寄せた。

「それじゃあ、犠牲者三名って、私たちの余命ゼロって!」

「おい見ろ!」

目の前の路上に、バキバキと氷塊が発生する。

暗い青色はバキンと割れて、中から―――見覚えのある巨大な姿が、両腕を振り上げながら、咆えた。

 

『見つけたぞ!オマエらはオレのエモノだ!』

 

ギュッとシャツを握り締める感触、柚子の手だ。

「あれって昨日の雪男?」

「局地的な吹雪の発生、場所も時間も、間違いないっ」

悪魔が出現した途端、辺りの気温がグッと下がった。

今では肌寒いほどだ。

和哉達の数倍はあろうかという大きな体躯で牙を剥き、爛々と瞳を輝かせている。

「クソっ」

篤郎が吐き捨てる。

「余命から逃げてるつもりで、オレたち、自分からメールの通りに動いちまってたんだ!」

―――否めない、それが、運命というものなのだろうか。

雪男ウェンディゴは余裕の様子で哂う。

『ここは暑い、だが、オマエら如きひねり殺してやる!』

「クソっ」

やっぱり死んじまうのかよ、と、怯えた声が聞こえた。

「運命なんて、変えられねーのかよ!」

和哉は篤郎を振り返り、見た。

傍らの柚子の様子も窺う。

二人とも真っ青な顔をして、小さく手足を震わせている。

改めて目の前の悪魔に視線を定めると、ゆっくり息を吸い、腹の奥に力を込めた。

(ふざけるな)

ラプラスメール、余命表示、運命、死の予報。

(全部クソ喰らえ、だ)

恐怖の底からゆっくりと、怒りが頭を擡げてくるのが分かる。

元はといえば待ち合わせを口実に自分たちを呼び出して、改造COMPを手渡してきた直哉の勝手に原因がある。

突然の封鎖、逃れられない状況、何度も命の危険に晒され、悪魔と戦っていなくても、容赦なく日差しは照りつけ、水も食料もほとんど手に入らない。

(勝手ばかり押し付けられて、この状況に流されるまま、死ねと?)

―――無論、和哉も怖い。

目の前のウェンディゴは昨日青山霊園で翔門会の少女が追い払ってくれた、いかにも強そうな悪魔だ。

果たして太刀打ちできるかどうか、自信は無い。

けれど何もせず殺されるのは嫌だ。

望んで手に入れた力ではないが、今の自分には、現状に対抗できる手段が備わっている。

それならば―――やるしかないだろうと、ポケットからCOMPを取り出した。

ぱくんと画面を開く音で、篤郎が振り返り、和哉を見た。

「生きるために戦おう」

「え?」

柚子も振り返る。

「こんな場所で、運命だからしかたないって死ぬのか?」

「レン」

「冗談じゃない、絶対嫌だ、死んでたまるか」

怒りが恐れを凌駕する。

もう和哉の手足は震えていなかった。

「俺は死なない、生き残るんだ」

「生きるため」

そうか、そうだよなと、篤郎の声に力が宿った。

「オレたちが運命を切り拓くんだ!オレだってこんな場所で死にたくない!アイツを、ブッ倒すんだっ」

「そう、だよね」

柚子の手が離れていく。

「私さ、人前では頑張ってるフリして、本当はいっぱい逃げてた、失敗したら格好悪いから、仕方ないじゃないって顔して、失敗しそうなことから逃げてた!」

二人はそれぞれ、COMPを起動させる。

「でもさ、これって、失敗したらもう終わりなんだよね?」

和哉もCOMPを起動させた。

漆黒の画面に浮かび上がる赤い文字、そして、召喚選択画面。

「私、やる!死にたくないから逃げない!だから二人とも、絶対に死なないで!」

「あったりまえだぁ!」

篤郎と柚子の傍らに悪魔が出現する。

それぞれが契約を果たした使役できる悪魔、仲魔だ。

契約して僕とした悪魔をこのように呼称するらしい。

和哉の傍らにも悪魔が出現した。

ウェンディゴが雄たけびと共に、他の悪魔たちを引き連れて襲い掛かってくる。

『喰ってやる!噛み砕いてやる!お前たちのはらわたをぶちまけてやるぞおぉぉっ』

「殺られてたまるかあっ」

仲魔が咆えて、和哉も、翳した指先から炎を出現させた―――

 

 魔法の様な謎めいた力、それを、スキルというらしい。

イテテと呻く篤郎に柚子がディアをかけている。

白い光と共に傷は癒えて、血の跡までが溶けて消えた。

何度見てもまだ嘘みたいな光景だなと思う。

「レンは?怪我大丈夫?」

「さっきピクシーにおまじないしてもらったから平気」

柚子は少しだけつまらなそうな表情で、そう、と言った。

「モテる男は辛いねぇ」

「う、うるさいっ、バカアツロウ!」

「にっしっし」

和哉はぼんやりと空を見上げる。

勝てた。

ウェンディゴを倒した。

それは、これまでに体験した中で一番の死闘だった。

互いにしのぎを削りあうような激戦を勝ち抜き、繋いだ命が胸で脈打っている。

頭上の数字は2に変化していた。

(それでもまだ2だ)

封鎖の中で見かける人は、殆どが6と表示されている。

外でこちらを警戒している自衛隊員に余命の表示はない。

溜息と共に首を振り、とりあえずハルとケイスケの余命は越えたな、と考えた。

これでまだハルが死んでいなければ、彼女を助けることが出来る。

恐らくはケイスケの死の運命に手を加える事も可能だろう。

早く二人を見つけないと、と思いつつ視線を感じて振り返ると、真顔の篤郎と目が合った。

「なあ、レン」

「ん?」

「あん時さ、アリガトな」

「えっ」

何のことだろう。

篤郎は急に照れ臭そうに頬を指先で掻いている。

「お前がさ、生きるために戦おう、って、言ってくれたじゃん」

「ああ」

「あれ、スッゲー心強かった、何かさ、ハッとさせられたよ」

「うん!」

柚子も身を乗り出してくる。

「私もね、元気、出たよ!」

「そう?」

「なっはは!格好悪ぃんだけどさ!あん時オレすんげービビッちゃって、もし一人だったら、って思うと正直ゾッとする」

篤郎は不意に真面目な顔をした。

「でもお前が死んでたまるかって言ったの聞いて、オレもそうだって思えたんだ」

「アツロウ」

「オマエは凄いよ、レン、今更だけど、オマエと一緒で本当に良かった」

「うんうん、私もそうだよ、レン!」

―――何だろう、この気恥ずかしい雰囲気は。

若干の照れに困惑しつつ、それでも向けられる掛け値なしの好意が嬉しくて、和哉は笑顔で「ありがとう」と二人に答えた。

篤郎と柚子も笑っている。

(これは、あの悪魔に勝てたから見られる姿なんだ)

しみじみする気持ちと共に、体の奥から不思議な力が沸き起こってくるようだ。

余命は残り2日。

決して多い日数じゃない、けれど、諦めて死を待ったりなどしない。

(俺が死ぬのは勿論嫌だ、でも、二人のためにも―――頑張ろう)

手当てが一段落着いたので、行こう、と促して歩き始める。

照りつける日差しの中、今度の目的は襲い繰る脅威を退ける唯一の生命線COMPを充電する器具の入手。

気付いていたけれど、画面上端の電池残量表示が際どい事になっていた。

COMPが動かなくなれば戦う手段を失ってしまう。

秋葉原に行けば見つかるかもしれないと篤郎の提案を受け、封鎖の確認も兼ねて、三人は一路秋葉原へと向かった。