東京都のシンボル、東京タワー。

戦後復興の象徴として建てられたという全国的に有名な建造物。

その膝元に広がる芝公園は増上寺を中心として広大な敷地面積を誇る。

園内には公共施設が多く立ち並び、何より東京タワーを目印にして集まりやすいのだろうと、それが他所より多くの避難者が集まっている状況に対しての篤郎の見解だった。

 

 東京駅はほぼ予想通りの状態だった。

もしかしたらこの封鎖に出口など無いのかもしれない。

そもそも国家が展開する作戦だ、これだけの人や車を動員するなら万全を喫するだろう。

新宿から移動する途中で立ち寄った池袋、そして、駅から移動の途中通過した六本木で、それぞれドリー、ハルと出会った。

ドリーはインターネット内では有名なネットアイドルらしい。

詳しくは知らないが、別れた後で篤郎がサインを貰っておけばよかったとしきりに悔しがっていたから、意外にファンは多いのかもしれない。

ちなみに篤郎は特別ファンというわけではないと言っていた。

なら何故サインが欲しいのか謎だ。

そして六本木で無事な姿のハルと再会した時は、あえて喜んだりなどしないよう務めたが、内心ひどく安堵した。

その反面、まだ見えてこない彼女の運命の分岐路に不安を覚え、恐怖する。

他愛ない話をして分かれたけれど、今も無事でいる確証など何もない、だからといって同行を勧めることが事態の改善に繋がるとも思えない。

秋葉原から東京へ移動する途中、何度か悪魔に襲われた。

どうにか切り抜けることは出来たが、もしハルが同行していたら、かえって命の危機にさらしていたかもしれない。

独りで去っていった圭介の安否も気になるところだ。

(結局、この封鎖内で、今はもう安全な場所も、命の保障も、どっちもないのかもしれない)

昨夜青山霊園で雪男の爪にかかって無残な姿となった翔門会信者の姿が脳裏にこびりついて離れない。

恐れを感じそうになるたび、和哉は篤郎と柚子に話しかけた。

2人も、和哉と同じく、会話する事で余計な事を考えないように務めている様子だった。

 

「皆さんはバベルの塔の話をご存知でしょうか!」

突然の大声に多少驚いて和哉は振り返る。

「かつて人は、神に近づこうと巨大な塔を築こうとし、おごりの報いとして言語を分断される試練を受けました!しかし人類は、長い年月の果てに、自らの知恵と技術でコミュニケーションの壁を乗り越えてきたのです」

揃いのオレンジ色の制服―――翔門会の男性が、芝公園の一角で声を張り上げて演説していた。

「翔門会の教祖が演説してるな」

篤郎の言葉で、和哉は男が教祖だと知った。

服装が変わっている以外はいたって普通の中年男性だ。

けれど真摯に教えを説く様子は気迫と熱意に満ち溢れている。

「ネットによる異文化間のコミュニケーションは、バベルの塔の試練を越えた証、か」

篤郎が呟く。

「まさか昨日青山霊園で悪魔と戦ったのが新たな試練とかじゃないよな?」

「そうかもしれない」

「やっぱりそう思うか?」

振り返った視線と苦い気分で目配せしあった。

「タイミングが良すぎるもんな」

「ああ」

あの絶対的な力の脅威に晒されていなければ、教祖の言葉も興味無く聞き流していたに違いない。

悪魔を目の当たりにして、更には数回の戦いを切り抜けてきた今となっては、あまりに真に迫りすぎた言葉の数々に不穏な気配を感じずにいられない。

まさかとは思うが、彼らが悪魔を呼び寄せたのだろうか。

「あれ、あの子」

篤郎の声に促されるようにして、和哉は別の場所に視線を向けた。

「昨日の女の子、だよな?」

確かに、青山霊園で雪男を追い払った少女だった。

「神秘的というか、良く見たら可愛いよなぁ?」

急に下世話な友人の言葉に、軽く苦笑しながら和哉はそうだなと返す。

篤郎の主観はともかく、確かに人目を引く美少女だ。

したり顔で頷いた篤郎は、調子に乗ってお前ああいうの好きそうだもんななどと言い出すものだから困ってしまう。

「こ〜ら〜っ」

背後に挙がった低い声に、篤郎だけギクリと肩を震わせた。

縮こまって叱られる前の犬の様な姿に、和哉はチラリと横目だけ向ける。

「男子諸君っ、何ボソボソ話してんのよ、イヤラしい」

「や、そ、ソデコちゃんも負けてないですよ、なはは!」

「はぁ?だから、何の話かって訊いてんのよっ」

「ぼ、暴力反対!」

傍で笑いを噛み殺していたら、和哉の背後から急に声がかかった。

「―――私たちの話に、興味がおありですか?」

いつの間に来ていたのだろう、振り返ると、翔門会の女性信者が立っている。

(ヤバ)

独り輪から外れていた和哉に狙いを定めた様子で、信者は早速勧誘を開始した。

確かに、神や悪魔の存在は、以前よりずっと身近で無視できないものになってしまったけれど―――

(厄介な)

和哉はこの手の思想集団に若干の嫌悪感を抱いている。

それは元々の考え方に因る所もあるけれど、多分育てられた環境から受けた影響の方が大きい。

(誰かさんが、神様なんてろくでもないって散々聞かせてくれたっけ)

幼い頃の寝物語は数多の国の神話ばかりだった。

布団を叩きながら語り聞かせてくれたのは、他でもない、従兄だ。

従兄はどういうわけか神を毛嫌いしていて、話の内容も反抗精神溢れるものだったが、子供にも分かり易いように噛み砕かれた物語自体はとても面白く、和哉から話してとねだる事もよくあった。

古い記憶なのでおぼろげな知識ではあるが、それでも今の状況下では多少の役に立っている。

オークションに出展されていた悪魔の出元を話したら篤郎と柚子にひどく感心されてしまった。

(それはともかく、いい加減この人を追い払う方法を考えないと)

女性信者の熱弁はまだ続いている。

最良の方法を考えあぐねていた和哉の耳に、おやめなさい、と、凛とした少女の声が入ってきた。

「アマネ様」

振り返った女性信者はあわてて半歩下がり、恭しく頭を下げる。

和哉の傍に青山霊園で出会った少女がいつの間にか佇んでいた。

(アマネっていうのか)

アマネは女性信者に向こうへ行くよう命じると、改めて和哉と向かい合った。

「昨日、お会いしましたね」

会釈して、九頭竜天音、と改めて自己紹介される。

翔門会の巫女をしているそうだ。

「巫女だって?」

「はい、人知を超えた力を持つ存在である神魔、その声を聞く事が巫女の仕事です」

神がかりな雰囲気はその所為か。

教祖については不明だが、天音には、立場に見合う不思議な力が宿っていると知っている。

「古来より人間は、己の信じる者を神、そしてその対極に位置する者を悪魔と区別してきました、しかしその基準はあくまで人間の主観でしかなく、本来は神も悪魔も、とても崇高な存在なのです」

澄み切った瞳が和哉をまっすぐ見詰めている。

「あなたにも神魔の声が聞こえているのではありませんか?姿が見えているのではありませんか?」

天音は昨晩青山霊園でCOMPを駆使する和哉の姿を見ているはずだ。

今更何を、という気持ちで、そうだと答える。

「さすがCOMPを使いこなす者、神魔の存在を身近に感じるのですね」

確認のための質問だったのか、今ひとつ意図がわからなくて和哉は困惑していた。

「1つ、お伺いしたい事があります」

「何?」

「あなた方は一体どこでそのCOMPを手に入れたのですか?」

「ナオヤにもらった」

「ナオヤ?」

知らないだろうと名前を告げたのだが。

「まさか彼が―――そうでしたか、何となく分かりました」

天音は直哉と面識があるらしい。

その後に続いた言葉は、和哉を更に困惑させた。

「彼にプログラムを依頼したのは、われわれ翔門会なのです」

(なっ)

―――どういうことだ。

悪魔召喚プログラム。

まともな精神や並大抵の知識では到底作り得なかっただろう、異様なプログラムを組み上げたのは、他でもない、和哉の従兄、直哉だ。

けれど、当初自分たちだけに与えられたと思っていた改造COMPを圭介も所持していて、これは一体どういう事だろうと気になっていた。

(なら、これも元は翔門会のCOMPなのか?)

ますます訳が分からない。

「またいずれ、あなた方とはお会いする事になるでしょう」

天音は一礼すると、現れた時と同じくらい気配の感じられない動作で翔門会教祖の元へ歩き去っていった。

様子を窺っていたらしい篤郎が声をかけてくる。

「レン」

振り返って和哉は「うん」と返す。

「聞いたか?」

「ああ、何だか分からないことだらけだけど」

翔門会は何故悪魔召喚プログラムを欲したのだろう。

とどのつまりは、そこだ。

「そう、それが問題だよ、翔門会が悪魔を喚びたがる理由って、何だろうな?」

翔門会からの依頼がなければ恐らく直哉はプログラムを組まなかった。

プログラムが無ければ、そもそもこの改造COMPは存在しなかった。

(そして、まるで見合わせたように出現した悪魔)

悪魔と改造COMPの関係性については今のところまるでわからない。

ただ、もしかすると翔門会は―――

「神を喚び出そうとしていたのかな」

天音の言葉を反芻して呟いた和哉に、篤郎は納得いかないような表情を見せる。

「神を喚び出すために、悪魔を召喚するプログラムを欲しがったのか?」

「違うかな」

「まぁ、さっきの子が言ってた通り、神と悪魔が大して変わらないなら話は通るけどさ」

「それで?」

唐突に柚子が割り込んできた。

どうやら、ずっと蚊帳の外でつまらなくなったらしい。

「喚び出した神様に何させるのよ」

「え?」

ふてくされた口調で唐突に尋ねられて、篤郎が困惑したように唸る。

「うーん、そこまで分かんねぇよ」

「なんだ、結局お手上げじゃない」

「仕方ないだろ、オレらにはまだ情報が少なすぎるんだよ」

「ふぅん」

「確かに、知らないことのほうが多過ぎる」

「だろ?」

命が懸かっている状況で、余りにも心許ない。

―――やはり早く直哉を見つけ出す必要があるのだろうか。

(でもタイムリミットは残り2日、もし山手線沿いに封鎖が実行されているだとしたら、人探ししてる余裕なんてない)

今は出口を見つけ出す事が先決だ。

確認の取れていない封鎖場所を回ってこようと促して、和哉は二人と共に再び歩き出した。