夕方近くなると日差しも大分落ち着いて、相変わらずコンクリートの照り返しはきついけれど、夜が近付いている気配がする。
時刻を確認すると五時近い。
今朝のラプラスメールでは『17時頃、港区芝公園にて怪物が出現、翔門会の活躍で犠牲者ゼロ』と記されていた。
「んで、俺らはその芝公園近くにいる、と」
多少緊張の面持ちで呟いた篤郎に、和哉は頷き返した。
「でも、これって翔門会の人が何とかしてくれるんでしょ?」
「まあ、予報どおりに事が進めばな」
「じゃあ、こっちに危険は無いわけだ」
柚子がホッとした表情を浮かべる。
けれど続きの文章を考えると、あまりのんびりもしていられないだろう。
18時頃、豊島区池袋にて怪物による死傷事件、犠牲者は50名以上。
(ドリーは池袋から移動したのかな)
薄暮の空に映える東京タワーが見えてくると、その麓に数体の悪魔を確認して、三人は足を止めた。
「ねえ、あれ」
「ああ」
「引き返そう?今日はもう悪魔なんかと戦いたくないよ」
「そうだな」
気付かれる前に進路を変えようとした三人の耳に、鋭い女の悲鳴が飛び込んでくる。
「えっ」
慌てて振り返ると、悪魔達の更に向こう―――数名の逃げ惑う男女がいた。
「おい、見ろ!引き返している場合じゃないぞ!」
咄嗟に駆け出した和哉と篤郎を見て、うそ、と呟いた柚子が、待ってよと慌てて追いかけてくる。
タワーの下にたどり着いたところで、建物の影から警官まで駆けつけてきて、和哉達はギョッとしながら足を止めた。
「何だこのバケモノは!」
警官は警防を引き抜くと、グッと奥歯を噛み締めて悪魔達に身構える。
「クソっ、民間人が危ない!」
声に気付いた悪魔が一体、警官の方を向いた。
「き、キミたち、早く逃げるんだっ!」
「え?ええ〜」
篤郎が微妙な様子で呻く。
「どうしよう、レン?」
うろたえて振り返った柚子を見て、和哉は警官じゃ無理だと二人に告げると、互いに頷きあった。
「COMPもない警官じゃ悪魔と戦えない!オレたちが何とかしなきゃ」
「で、でも、じゃあどうするの?」
「とにかく警官を巻き込むわけにいかないだろ、嘘吐いてでもどっか行ってもらわないと」
相変わらず早く逃げろと叫ぶ、使命に燃える警官に、篤郎が、悪魔が一体芝公園に向かいましたよと嘘をついた。
「な、何だと、あの場所には多くの避難民が!」
「そうです、だから早く芝公園へ!」
「芝公園をお願いします!ここの人たちは、オレたちが何とか逃がしますから!」
口々に叫んだ和哉と篤郎を見て、どうにか納得してもらえたのだろうか、君たちも無理をするんじゃないと言い残すと、警官は踵を返して芝公園の方角へ駆けていった。
その後を本当に悪魔が追いかけていく。
「なっ、ちょっと、悪魔が警官について行っちゃったよ!」
「ま、マズイぞ!早く追わないと」
予想していなかった展開に青ざめた篤郎と柚子に、けれど和哉はまずは目の前の悪魔だと告げて、取り出したCOMPを起動させた。
「わ、分かった!レン、やろう!」
篤郎もCOMPの画面を起動させて、柚子を振り返る。
「ユズも、準備はいいな!?」
「もうっ、分かってるよ!これ以上逃がさなければいいんでしょ、逃がさなければ!」
異空間への小窓は怪しく輝き、液晶画面をすり抜けて、仲魔たちが飛び出してくる。
「早くコイツらを倒して、さっきの逃げた悪魔を追わないとな!」
悪魔を伴い現れた和哉たちを見て、逃げ惑っていた人々の一人が悲鳴を上げた。
「きゃああっ!あの子たち、バケモノを連れて来たわ!」
篤郎と柚子がビクリと足を止める。
「オレたちを信じて!」
叫んだ和哉を、女の一人が怯えた表情で振り返った。
「ほ、本当!?」
「証拠にあなたたちを守ります」
今はそれしか言えない。
駆け出していく篤郎と柚子に、それぞれ指示を与えながら、和哉も悪魔を使役して戦いを始めた。
どうにか助ける事のできた人々は、まだ多少怯えながら、それでも「ありがとう」と和哉達に告げて足早に去っていった。
バケモノを連れていたから、と遠まわしに非難を受けて、胸に棘の様なものが刺さったままだ。
「やっぱり、悪魔を連れてると、怖がられるよな」
篤郎と柚子も沈んだ表情を浮かべていた。
「さて!あとは、最初に逃げた奴を追いかけないとな!」
今はもう明るく笑っている篤郎が、和哉の肩をポンと叩いてくる。
「あの警官はCOMPを持っていない、あれじゃ悪魔と戦えないぜ!」
「うん」
「翔門会もまだ現れてないし、ひょっとしたらラプラスメールの予言が外れたのかもしれない、急ごうぜ」
「そうだね」
―――いつでも篤郎の明るさに救われている。
柚子にも声をかけて、三人は芝公園に向かい走り出した。
芝公園では再びラプラスメールの的中率を痛感させられた。
それは、あまり嬉しくない事実でもあり、複雑な思いと共に、派手な演出で悪魔退治を行なって見せた翔門会と、すっかり感化されて賞賛の声を上げている民衆を和哉は眺めている。
(随分うまいやり方だな、そういえば、封鎖の中であのローブをよく見かけるようになった)
白けた気分で閉口している和哉の傍で、篤郎と柚子がしきりに感心したと話し合っている。
「みんな無事で良かったね!あの警察の人もさ!」
「そうだな!しっかしあの警官、いい度胸してるよなぁ、COMP持ってねえんだぜ?」
「普通の人たちを守ろうとして必死になってくれたんだね、警察って凄いよ」
「それにしても、アマネは見事なもんだな」
人の輪の中心で教えを説く、どこか神秘的な雰囲気をたたえた少女。
「普通は目の前で召喚とかしたら、怯えられるもんだろう?」
「女神を喚んだからね」
和哉の声にくるりと振り返った柚子が「見た目って重要だもんね」と、少し憂鬱な表情で呟いた。
「それに、翔門会は昨日から堂々と人助けをしているから信頼もしやすいと思うし、私たちがいきなり悪魔を喚び出すのと、ちょっと状況が違うよね」
「だけどさ、こう言うと何だけど、自作自演って可能性もあるぜ?」
和哉と一緒に篤郎を見て、柚子が「えっ」と声を漏らす。
「ナオヤさんが悪魔召喚プログラムを組んだのは翔門会の依頼だって、アマネが言ってただろ?」
「う、うん」
「翔門会がそのプログラムを使って、自作自演してるかもって話だよ」
「―――それはないだろう」
和哉は溜息を吐いた。
翔門会を信用しているわけでも、天音を過大評価しているわけでもない、ただ目的に対してあまりにリスクが高いと感じただけの話だ。
確かに信者を集めるには良い演出だろう、けれど状況は悪化の一途を辿っているし、翔門会が全てをコントロールできているようには思えない。
破綻が起これば真相が露呈する、そうすれば民心は一気に離れてしまう。
そんなハイリスクな計画は、無計画と殆ど一緒だ。
「うーん、そうかなぁ?」
首を捻る篤郎に、私も賛成と柚子が小さく手を上げた。
「だってさ、今あふれてる悪魔の中にはCOMPで喚ばれたんじゃないっぽい奴らもいるじゃない、それはどう説明するの?それに最初の日だって、青山霊園で翔門会は悪魔と戦ってたんだよ?アレだって、私たちは偶然見たけど、他に誰もいなかったじゃない?人に見せようとしてたとは思えないよ」
「そっか」
篤郎も指摘されて矛盾に思い至ったようだった。
「確かに宣伝効果を狙うなら、人の見てる所でやるはずだもんな」
「うん」
「と、すると、自作自演疑惑の可能性は限りなく低くなるワケか」
「でも、翔門会が作ったはずのCOMPがいろんな人の手に渡ってるのよね」
まるで、自分たちで広めてるみたいにさ。
その言葉には多少の引っ掛かりを覚えた和哉同様、篤郎も首を傾げている。
「広めるって、ヤクザとかが持ってた、あのCOMPの事か?」
「確かめてみようか」
「翔門会にか?それじゃ直接聞いてみるか―――」
チラリと視線を向けられて、頷き返すと、篤郎は翔門会信者に近付いていった。
今の騒ぎを見た好奇心旺盛な少年といった様子でためらいなく声をかける。
「あ〜、すみません、聞きたい事があるんですけど」
「はい、何でしょう?入信希望の方でしょうか?」
「あ、いえ、違うんですけど、実は翔門会で使ってるCOMP、オレたちも欲しいなと思って、どこかで貰う事って出来るんですかね?」
「残念ですが、翔門会で使用されているCOMPは、お配りするようなものではありません、翔門会の信者となり、教祖様の下で教えを学び、人を救う心を持って、初めて授けられるものなのです」
「えーと、でも、持ってる人がいたんですけど?」
「それは市販品ではありませんか?翔門会のCOMPが一般の方の手に渡るような事はあり得ませんよ」
「―――だってさ」
少し得意げな篤郎に、和哉はクスリと笑い返した。
篤郎は一瞬照れたような表情を浮かべて、そんな簡単に配ったりしないよなとため息混じりに首を振った。
「ただ、ナオヤさんが翔門会の依頼でプログラムを組んだ事は事実だ」
「ああ」
「とすると問題は、何のために翔門会がプログラムの製作を依頼したか、だよな」
「うーん、悪魔を喚び出してまでしたい事って何だろ?」
「金、権力、恨みに、不老不死―――」
「人間の欲望なんてキリがないさ」
篤郎が笑う。
「でもそれって悪魔を大量に喚び出す必要はないんだよなぁ、あー!やっぱり分からねえや!」
(確かに、色々知ったけど、わかったことは少な過ぎる)
見れば、また翔門会に入信した人間が何人かいるようだった。
和哉は遍く宗教というものを基本的に快く思っていない。
それは、幼い頃から従兄に語り聞かされてきた数多の愚かな神話に端を発しているのかもしれないが、そもそも偶像を崇める行為自体が気に食わない。
目的に向けて心を一つにするのは構わない、けれどそこに、誰かの思想や、何らかの独善的な理想が混むと、途端胡散臭く感じてしまう。
(信者を増やして得られる利益がこの程度じゃ、割に合わない、封鎖そのものを翔門会が実行したって考えるのだって、流石に個々までの規模で国家権力を動員したんじゃ責任を追及される人間も出てくるだろうし、内々の繋がり程度じゃ不可能だろう、でも、だとしたら翔門会の目的は何だ?封鎖内で信者を増やして、一体何をしたいんだ?)
もしかして、暴動を起こすのは彼らなのだろうか。
宗教に善意など無い、人を集めて、搾取して、最後は切り捨てるつもりなのかもしれない。
嫌な気分で視線を背けても、オレンジ色のローブ姿はそこかしこで教えを説いて回っていた。
そろそろ場所を移動しないかと声をかけてきた篤郎の提案を受けて、和哉達は芝公園を後にした。