正午に訪れた時と、池袋の街並みはあまり変わらない。
また東海林に出くわしたら面倒だなと密かに心配していたけれど、杞憂で済んだ。
ただ―――和哉達は再び、ラプラスメールの予言にあった場面に遭遇していた。
18時頃、豊島区池袋にて怪物による死傷事件、犠牲者は50名以上。
(それが、これかっ)
東洋アンズの目の前、周囲で牙を剥く悪魔の群と、道を挟んだ向こうで四方を阻まれ孤立している少年と少女の姿。
「ケイスケ!」
振り返った圭介がハッと目を見開いた。
「アツロウ!どうしてここに」
「今、助けるっ!」
一瞬縋るような表情を浮かべて、けれど急に焦りを孕んだ声で叫ぶ。
「このビルの地下街に、人々が逃げ込んでるんだ!」
「なっ」
「悪魔を通すわけにはいかない、協力してくれっ」
「当たり前だろ、バカ!それよりオマエも逃げろ!」
「ボクにはCOMPがある!それより、彼女を!」
分かった任せろと篤郎が駆けていく。
圭介の使役する悪魔達も善戦しているが、多勢に無勢、あまりにも分が悪すぎる。
その背後でドリーが震えていた。
前に会った時には全てを諦めた様な表情をしていた圭介の、本質を見たような気がして、和哉も柚子を促してCOMPを起動させると使役する悪魔を呼び出した。
「な、何なのアンタたち!どうして怪物を」
「いいから、今は指示に従って!絶対に守るからっ」
こんな状況になると思っていなかったのだろう、パニックを起こしかけているドリーと、多少恨めしげな表情を浮かべえている柚子の姿が、それぞれに印象的だった。
芝公園から進路を北にとって、三人は池袋を目指した。
ラプラスメールの予言で、柚子は嫌がったけれど、確認しておいた方がいいと和哉と篤郎の二人がかりで説得して、事件の時刻に間に合うように足を急がせた。
昨日出合ったドリーや、昼に会った東海林がまだいるかもしれないと心配したのもある。
しかしそれ以上に、この運命を変えることができたら、もしかしたら余命が増えるかもしれないと、そんな思いに駆られた事が一番の理由だ、結局自分達のためだった。
篤郎だけが何となく気付いている様子だったけれど、特に何も言わず、また和哉の側に回ってくれた。
(酷いレートの賭けだ、ゴメン、アツロウ、死ぬ可能性だってあるかもしれないのに)
明日封鎖から出られなければ、明日には頭上の数値がゼロになる、死の運命が待っている。
どのみち五日後には全員ゼロになるけれど、それより早く死ぬのは嫌だ、いや、まだ何もしていない、学生の身分で死にたくなんかない。
池袋に着くと、サンシャイン方面から沢山の人々が逃げてきた。
彼らの一人に話を聞いて、この場所を訪れると、運命の場面が待ち構えていた。
犠牲者50名。
この場で死ぬのは圭介とドリー、そして地下に逃げ込んだ大勢の人々。
(死なせるものか)
親友の危機にいつも以上の気迫で向かっていく篤郎の背中に和哉は呼びかける。
「アツロウ、バックアップはオレたちがする!お前は早く、二人を助けて!」
振り返った姿が浮かべた力強い笑みにしっかりと頷き返して、和哉は柚子に指示を出しながら駆け出した。
「正面のジャックフロストはとりあえず後だ、アツロウが突っ込んでいった後をフォローするよ、ユズは正面のリリムを叩いて!」
「う、うんっ」
そうして和哉は右手のトウビョウにジャックフロストとネコマタを向かわせる。
「行け!」
爬虫類は寒さに弱いという常識は、悪魔の世界でもまかり通るらしい。
荒ぶ吹雪と鋭い爪を受けて、壺から群頭をうねらせていた蛇の悪魔は悲鳴と共に消滅した。
ユズも向かってきたリリムとトラロックを、ウェンディゴの息吹とシーサーの捨身の一撃で撃退する。
ウェンディゴは一度目の運命で和哉達に死を運ぶ予定だった悪魔だ。
勇ましく猛る雪男の姿を見ると、改めて自分達の成長を感じる。
「ユズ!」
和哉の声に柚子はシーサーの特殊能力を発動させて、一瞬でドリーと位置を入れ替えた。
「えっ、何?何?」
ドリーは何が起こったのか理解できない様子で周囲をキョロキョロと見回している。
「大丈夫?」
直後に駆け寄ってきた和哉を見て、ドリーは僅かにホッとしたような表情を浮かべた。
一方圭介の傍に現れた柚子は、加勢して状況を盛り返していく。
「ケイスケ、無事か!」
篤郎も加わり、三人は勢い付いていた悪魔達を一気に追い詰めていった。
「やっちまうぞ、ケイスケ!」
「ああ!」
一方動作の統制されていない悪魔達はあっという間に蹴散らされてしまった。
周囲を確認して、全ての悪魔を殲滅できたのだと知ると、またラプラスメールの運命を塗り替えた事実に和哉達は歓喜する。
ここで、大勢の人が死ぬはずだった。
篤郎の親友も亡くなってしまうところだった。
出逢って間もないこの少女も、命を落とす予定だった。
「私たち、凄い!凄いよ!ね、レン!」
興奮してピョンピョン跳ねている柚子を見て、和哉と篤郎は顔を見合わせて笑う。
「ありがとう、助かったよ」
圭介が傍にやってきた。
「キミたちが来なかったら、ボクは死んでいたかもしれない」
何を人事のようにと、和哉は「無茶はやめろ」と僅かに怒りを覚えながら告げる。
けれど圭介は困ったように笑って項垂れた。
「ボクの余命は0だったからね、どうせなら、死ぬ前に1人でも助けたいじゃないか」
「バカヤロウっ」
篤郎が吐き捨てる。
「自分が死ぬ事を前提に戦ってんじゃねえよ!」
顔を上げた圭介は、ジッと篤郎を見詰めていた。
「オマエ、オレたちが運命変えてたのを見てたんだろ!だったら諦めんじゃねえよっ!」
「―――そうだね、ごめん、キミたちは本当に凄いよ、まるで映画のヒーローみたいだ」
「そうじゃなくてだなぁっ、昔のオマエなら!」
「まぁまぁ、みんな無事だったんだからさ、ケンカはやめようよ、ね?」
見かねて柚子が口を挟み、黙り込んだ篤郎に代わって圭介に声をかけた。
「でも、ケイスケ君、だっけ?余命が増えて良かったね!」
「ボクの余命は5か」
圭介は頭上を確認して呟いた。
「他の人と同じになったんだね、5日後、この山手線の内側に、一体何が起こってみんな死んでしまうんだろう」
「秋葉原で話してた、みんな一気に死んじまうっていう話か!」
急に篤郎が身を乗り出してくる。
「マジかよ、自分たちの余命を何とかするのに必死で、つい忘れてたぜ」
「カウントダウンは確実に始まっている」
厳しい表情を浮かべて、圭介は語りだした。
「昨日まで6だった人たちの余命が、今日は一斉に5に減ってしまった、予想通りの進行だ」
「原因は分かった?」
「ボクも色々調べてみたんだけど、まだ何も分からないんだ」
「私たち、やっぱり死んじゃうの?だってもし明日死ぬのを避けられても5日後には死んじゃうんでしょ?どこに行っても悪魔でいっぱいだし、もうヤダよ、家に帰りたい」
柚子の言葉が胸に刺さる。
全員が黙り込んだ中で、でも、と圭介が口を開いた。
「生き延びる人たちがいる、その人たちのところに行ければ」
「それって自衛隊員?」
その通りだと圭介は和哉に頷き返す。
「山手線を封鎖している自衛隊員には余命表示がない、しかもほぼ全員がそうだよね?」
「うん、だから山手線の外側に出る方法を探しているんだもん―――大体あの封鎖って自衛隊がやってるんだし、自分たちが危険になる事するはずないよね」
「そうか!!何で気づかなかったんだろう!その可能性があった!」
「おい、どうしたんだよケイスケ、可能性って何の話だ?」
「5日後に起こる人々の死を、自衛隊が起こす可能性さ!」
篤郎と柚子が、ゴクリと喉を震わせた。
確かにその可能性もありうると答えた和哉の言葉を受けて、どうして気付かなかったのかと圭介は頭を抱え込んだ。
「悪魔の存在は別としても、自衛隊は中で起こる色々な問題なんて容易に想像がついてるはずなんだ、なのに彼らは外側から眺めているだけで、封鎖を解くどころか、中の様子を調査さえしに来ない、これでもボクらの安全を確保するための封鎖って果たして言えるのかな?」
「確かに変だ、だとすると5日後に人々が死ぬのは自衛隊のせい、なのか?」
「そう言い切る事は出来ないけど、とにかく外側が内側より安全なのは確かみたいだね―――生き残るためには、早く山手線の外へ出た方がいい」
「ああ、もうっ」
焦れた声と共に篤郎がアスファルトを蹴りつける。
「余命はねぇし、悪魔の親玉は蘇るし、しかも山手線から出られなきゃ5日後には死んじまう!そうでなくてもCOMPの持ち主が殺されたり、悪魔がCOMPを使ったりして、どんどん悪魔が増えてくるんだ、クソ、状況は悪くなる一方だぜ!」
「えっ?悪魔がCOMPを?」
「ああ、悪魔はただの怪物じゃない、人間の道具を使う知能があるみたいだ、奴ら人間から奪ったCOMPを操作して、仲間を増やしてやがったんだ」
「そんな事が、突然悪魔が増えたから、不審に思っていたんだけど」
不安が募りすぎて息が詰まりそうだ。
張り詰めた空気を突然たわめる「ねえ、ねえ!」という可愛らしい声が上げられた。
「ねえっ、あのさ、さっきCOMP使ってたよね?」
少しだけ驚いて振り返った篤郎と圭介に、ドリーが身を乗り出すようにして話しかける。
「あのCOMPを使えば、アタシもみんなみたく悪魔と戦えるの?」
「んーまぁ、戦えなくはないと思うぜ?」
思わず毒気を抜かれてしまったらしい。
普段通りののんびりとした受け答えで、篤郎はおもむろに鞄の中を探ると、昨日青山霊園で回収したCOMPを取り出して見せた。
「昨日、青山霊園で拾っといたヤツなら、余ってるけウワッ!」
そのCOMPをパッと奪い、ドリーはピョンピョンと後ろにステップを踏んで篤郎から離れた。
「これちょーだいっ!ねえ、どうなの?アタシにも出来るんでしょ?」
「そ、それは、そうだけど」
「じゃ、アタシもやる!」
「え、ええ!」
「お願い!アタシにもやらせて!」
ドリーは両手でCOMPを掲げて、深々と頭を下げてきた。
困惑した表情で振り返った篤郎を見て、和哉は溜息を漏らすと、いいんじゃないのと肩を竦める。
「この状況だし、戦う手段は持ったほうがいいか」
「話せるじゃん!」
嬉しそうに笑って、ドリーはピョンとその場で跳ねた。
明るい仕草に心が和む。
和哉の様子を傍で見ていた柚子がむくれているのを、篤郎だけ気付いて苦笑いを浮かべていた。
そのまま嬉々として駆けていく姿を、危ないよと圭介が慌てて追いかけていく。
「ねぇアツロウ」
「ん?」
「ケイスケ君ってさ、あの子の事好きなのかな」
「さぁ」
肩を竦めた篤郎から和哉に視線を移して、圭介とドリーの余命を柚子は聞きたがった。
5だと聞いて、それならCOMPの使い方を知っておいた方がいいかもと頷いている。
「んー、まぁケイスケはCOMPの使い方を知ってるし、任せても大丈夫だろ」
篤郎も同じ考えを持った様子だった。
「それにアイツは正義感が強いから、悪用させる事は無いと思うよ」
「そっか」
「あの子もCOMPを使いこなせれば、オレたちみたいに余命を増やす事が出来るかもしれないからな」
「うん、まぁ、そうかもしれないね」
さて、俺たちもそろそろ行こうと、伸びをした篤郎の表情が少しだけ翳りを滲ませる。
「出口を探さなきゃならないだろ?何しろ余命も1だしな」
「そう、だね」
「行こうぜ、レン」
和哉も頷き返して、歩き始めた。
急に無口になった三人の頭上で、夜の訪れを知らせる宵の明星が暮れかけた東の空に輝いていた。