「ねぇ、レン」

17時になったよ、と、柚子にシャツの裾を引かれて立ち止まった。

今の季節、夕暮れ時でも渋谷センター街はまだ明るい。

「ラプラスメールにあったアレ、気をつけてね」

その一言でハッと思い出す。

多くの情報や出来事に感けて、人命の係った予言を記憶の隅に追い遣っていた。

「そうだね」

改めて、気を引き締めつつ柚子に頷き返す。

「―――渋谷駅に行ってみよう」

「うんっ」

柚子の目が僅かに潤んでいた。

ずっと気に病んでいたのだろう、申し訳ない想いがして、和哉は柚子の肩にポンと手を置いた。

「大丈夫だよ」

頷き返す姿を確認してから、踵を返して走り出す―――渋谷駅前は、今頃どうなっているのだろうか。

 

 神田で再会した東海林が教えてくれた。

「ええ…天使、よ」

実際に、その目で見たそうだ。

「封鎖の中にあふれている悪魔たちとは明らかに違う、白い翼と光を持つ、天使―――彼らは封鎖を行う自衛隊に、何か指示を出していたみたい」

封鎖の裏には天使がいた。

つまりそれは、現状を招いた原因が神である証に他ならない。

天音の、翔門会教祖の、そして直哉の言葉が漸く一本に繋がる。

しかし封鎖とベルの王位争いの関係については依然謎のままだ。

間を繋ぐ鍵は、恐らく翔門会にあるのだろう。

封鎖の前日と当日が、ちょうど彼らの夏季大会開催日だったらしい。

(つまり、悪魔を使役する手段を得た翔門会を、悪魔ごと閉じ込めようって計画だったんだな)

では、翔門会は何故悪魔の使役を考えたのか。

彼らの、というより、教祖と天音の真意が分からない以上、これ以上は推理のしようがない。

そして、それらの企みに、直哉がどのように絡んでいるかも、やはりまだ分からない。

―――和哉自身、告げられない想いを胸に抱いて、全てが宙に浮いているように、確たるものは何も無く、落ち着かない。

昨夜の決戦後、和哉の体に吸い込まれるように消えていった、ベル・デルから発生した光は何だったのか。

その後、心と身体に起った様々な変化―――全てがじわじわと真綿で締められるような不安を呼び、拭えない不穏な感覚に理性を剥ぎ取られていく思いがする。

和哉には一つ、確信にも似た想いが芽生えつつあった。

―――俺だけは逃れられないかもしれない。

3日後、封鎖が解除されて、誰もが以前の日常を取り戻せたとしても、自分だけは二度と彼らと同じ場所に戻れないのではないか、そして、直哉も既に、以前の直哉と違うような気がしている。

恐らく兄独自の企てがあって、そのために彼は既に動き出しているのだろう。

昨夜の再会で、直感的に理解した。

他の誰に分からなくても、ずっと背中を追い続けてきた弟の自分だけは分かってしまう。

兄は、一度心を決めてしまったら、ためらう事も、引き返すこともしない人だ。

直哉という名の示すとおり、真っ直ぐに自らの望みを貫く。

そんな兄を恐れる人もいるようだけれど、自分にとっては常に頼もしく、憧れの対象でもあった。

今、直哉が傍にいてくれないだけで、こんなにも心許なく、辛い。

必死に虚勢を張り続けているけれど、独りでこの現実といつまで向き合っていられるだろうか、どこまで耐えられるか―――柚子と篤郎にだけは、同じ不安を共有して欲しく無いと願っている。

東海林と別れて歩き出した直後、篤郎が傍に寄ってきた。

少し前に東海林から「神様を信じているのね」と指摘を受けた柚子は物憂げな表情で、翠と一緒に少し後をトボトボと歩いていた。

「レン」

他に気付かれない程度の声。

柚子と翠と、そして和哉を気遣ったのだろう。

僅かに首を向けて「何?」と聞き返すと、ややためらった調子が「いや」と口ごもった。

「あのさ」

「うん」

「―――オレも、いるからな?」

「え?」

「だからさ」

篤郎は困った様子で首の辺りを掻いた。

「正直、政府の特殊部隊まで出てきちまって、天使とか悪魔とか、ホントワケ分かんなくなりそうだけどさ、でも、オマエは一人じゃないんだからな?」

オレが、傍にいるから。

ポンと背中を叩かれた。

「頼りないって思ってるかもしれないけど、出来ることなら何だってやるよ、オレ、レンのためならやれる、オマエの望みなら、やってやる」

「何、言ってるんだ」

「一応、伝えておこうと思ってさ」

「押し付けるつもり?」

実際そんな意地の悪い考えを持ったわけではなかった。

けれど篤郎は急に険しい瞳で和哉を睨むと、そんなわけ無いだろう、と、強い口調で返してきた。

「一緒に背負うって言ってんだ、バカ、それくらい察しろよ、ずっと変な顔してるから、オレだって気になってるんだ、なのにオマエときたら、何も言おうとしないから」

「―――ゴメン」

「謝らなくていいから、レン」

頼むから。

小さく聞こえた最後の言葉に、けれど答えることはできなかった。

篤郎だって辛いだろう。

翠の一件に憤慨してどこかへ行ってしまった圭介が今どうしているか、知る術などない。

全ては悪化の一途を辿り続けている。

悪魔を使役する者と、その手段を持たない人々の対立も、いよいよ表面化し始めた。

せめて身近にいる大切な人達の未来だけは守りたいと願っているけれど、今は自分の心すらままならず、歯痒い。

吹く風に、血と硫黄の様な臭いが混ざっていた。

一体世界は何処へ向かおうとしているのか。

様々な感情をない交ぜにしたまま踏み出す一歩がとても重く、不安で背が軋む。

 

それでも、誰かを救うことは出来る。

今はこうして出来ることから叶えていくしかないのかと、立ち去るハルの背中を見送った。

17時、渋谷駅前。

思い詰めた横顔をどうにか踏みとどまらせて、また運命を塗り替えることができた。

心底嬉しそうな様子の柚子に、和哉もほんのり胸の奥が温まるような思いがしている。

自殺を予言されていたハルの、憂いの元は封鎖内部を闊歩する悪魔達にあったらしい。

彼女は、自分の歌が元となり、悪魔達を呼び寄せてしまったと気に病んでいた。

確かにハルの歌声には不思議な力が宿っているようだ。

しかし、全ての原因が彼女一人に集約されるわけではない。

和哉たちが言葉を尽す以上に、事実を雄弁に証明する事件が既に起こっている。

半年以上前から頻発している『連続吸血事件』

首から全身の血液を抜き取るという猟奇的な犯行手口から『とても人間業ではない』とメディアで散々騒がれていたけれど、今なら理解できる、あれは、本当に悪魔の犯行に違いない。

指摘を受けたハルは俄かに驚いた表情を浮かべて、そして―――漸く、彼女本来のものだろう、笑顔を見せてくれた。

頭上の数字は切り替わったけれど、それでも和哉達と同じ『2』、他の人々より1つ少ない。

二日後に、ハルと自分達の運命を定める決定的な事件が起こる。

それは恐らくベル・イアルに関わることだろうと、和哉には漠然とした予感があったけれど、あえて口にはしなかった。

些細な成果でも、仄かな喜びでも、それが一歩を踏み出す力となる。

自分に言い聞かせるようにしながら、そっと手を握り締めていた。

(やるしかないんだな)

立ち竦んでいるわけにはいかない。

ふと振り返って、翠の姿を視界に探した。

今日、彼女を助けることが出来た。

ハルの運命も変えられた。

俺には―――できるのだろうか、信じて、動き続けるしかないだろう。

(ナオヤ)

気配に視線を移すと、こちらを見ていた様子の篤郎と目が合った。

薄く微笑んだら、困ったような表情で、情けない笑みが返ってくる。

(また気を遣わせたかな)

すうと息を吸い、あえて声を張って、和哉は三人に呼びかけた。

「これでラプラスメールの予言は二つとも覆した、今度はオレたちの番だ」

「そうだな」

しっかりと頷き返してくる篤郎。

「封鎖を出る方法を探そう、それと」

「ケイスケのことも忘れちゃイヤだよ!」

切実な表情の翠に、柚子が大丈夫よと笑いかける。

「ケイスケ君の事も探しましょう、それで、皆で封鎖を出るの、ね、そうだよね、レン?」

「勿論、助けるよ、全員助けてみせる」

「おうっ、絶対誰も死なせないって、皆で封鎖を出るんだ、だから心配要らないぜ、ミドリちゃん!」

「―――格好いい」

急に軽やかな足取りで近づいて来た翠が、和哉の腕にスルリと腕を絡ませて、体を寄せてきた。

「格好いい!和哉さん、何だか本当にレッドみたい!ねえ、レッドって呼んでもいい?」

「え、ちょ、ちょっと、ミドリちゃん」

突っ込みを入れたのは和哉でなく、篤郎だ。

和哉は呆気にとられて、浮かれている翠と、何故か冷や汗を浮かべる篤郎を交互に眺める。

「いいでしょ?ねえ、それともリーダーの方がいいかな、ねえ、ねえ!」

「や、どっちもどうかなーと、ハハハ」

「ええー!アツロウさんはイヤなの?どうして?和哉さん、格好いいでしょう?」

「そりゃ、レンは格好いい、てか」

可愛いっていうか。

モゴモゴ呟く篤郎を放置して、翠が再び「ねえねえ」と擦り寄ってくる。

「リーダーがいい?レッドがいい?」

「―――二択なの?」

「そうだよ、どっち?」

見上げる翠の瞳がやたら輝いていて、和哉は閉口してしまった。

他人の趣味嗜好にとやかく口出しするつもりは無いけれど、無遠慮に巻き込まないで欲しい。

どうしたものかと戸惑う和哉の耳に、今度は地の底を這うような、呪わしい響きの呻き声が届く。

「みーどーりーちゃあぁぁん?」

柚子だ。

篤郎がヒッと引き攣った声を漏らす。

こちらからは死角になって見えない、けれどすぐ傍から柚子の気配だけ伝わってきて、和哉は思わず苦笑いしてしまう。

「何ですか?ユズさん」

一方の翠も悪びれる様子無く、首だけ向けて答えている。

これはなかなかの好敵手かもしれない。

呆れていると、容赦なく翠を引っ張って、柚子はそのまま「話がある」と連れ去ってしまった。

あまり遠くに行くなよと呼びかける篤郎の善意が僅かに空しい。

振り返ってやれやれと肩を竦めた姿に笑い返して、不意に小さく息を吐き出すと、そのまま和哉の顔を覗き込んできた。

「どうした?」

和哉は「うん」と曖昧に答えて、僅かに項垂れた。

胸に渦巻く想いに棹を刺しても、激しい流れの中から引き上げられる言葉など何もなくて、黙り込む和哉を伺うように篤郎も口を閉ざしてしまう。

そのまま、思考の波に攫われかけた二人を、急に知った声が現実へ引き戻した。

「よぉ、正義バカども」

振り返ると、ゆったりした足取りで近づいてくる二階堂の姿があった。

「ギャーギャー喚きやがって、そんな場所でママゴトか?暢気なもんだなオイ」

「カイドー」

片手を上げてひらりと振ると、和哉の傍まで来て立ち止まった。

「クク、元気そうにしてるじゃねえか、さっきはジャマしてくれてアリガトよォ?」

「し、仕返しに来たのか」

「ばァか、んなダリーことすっか、メンドくせェ」

僅かに身構えた篤郎の頭をフードの上からポンと叩いて笑う。

「そっちはそっちのやりてーようにやってんだろ?オレらだって似たようなもんだ、ぶつかってテメーが勝ったなら、あんときゃテメーらが正しかったんだろうヨ、ンな事で別に腹なんざ立てねえよ」

「そ、そっか」

「ったく、ビビリなんだか何なんだか、分ッかンねえな、オマエらはヨ」

今から遡ること一時間ほど前、二階堂は、本多と二人、彼らを迫害した悪魔召喚の力を持たない一般人達を逆に締め上げようとしていた。

そこをたまたま和哉達が通り掛かり、二階堂と本多を追い払って、一般人達が逃れる手助けをしてやったのだった。

どちらにも言い分があるのだろうが、一方的なのは良くない、と思う。 

しかし二階堂の正義と、和哉達の正義、そして一般人達の正義は、それぞれ別のものだろう。

言い分を通すため結局他者を蹴り落とすしかないのかと、不意に空しさを覚える。

二階堂が和哉の顔をまじまじと眺めて、オイ、と声をかけてきた。

「シケた面してどうした」

「え?」

「オイオイ、ボンヤリしてんなよ、らしくねえ、ンな面してっと死ぬぞ」

「らしいって何だ、そこまで深い付き合いじゃないだろう?」

「ハハ、さんざ殺し合ったじゃねぇか、他と比べちゃそれなりの付き合いってヤツだ、ま、お互い死なずに済んで何よりってトコだがヨ」

「ちょ、ちょっと待ってくれカイドー、レンは」

間に割って入ろうとした篤郎の声を遮って、柚子の「あっ!」という甲高い声が響く。

「カイドー!何でここにいるのよ!」

「おーおー、うるせーのが来たぞ、バカ面が足りねえと思ったら」

「ばっ、バカとは何よ!」

息巻いて駆け寄ってきた柚子に次いで、翠も戻ってきたけれど、こちらは和哉の陰に隠れるようにして足を止めて、二階堂の様子を窺っている。

「普通の人を襲っておいて!」

柚子は二階堂に指をつきつけて、頭一つ分高い姿を睨み上げた。

「アンタみたいな奴がいるから、悪魔使いが!」

「あー、うるせーうるせー、ほんっとにうるせぇな、オメェは」

耳を塞ぐような格好で煩わしげに顔を顰めると、改めて二階堂は真顔に戻りつつ軽く息を吐く。

「んな話しに来たんじゃねぇンだ、少しは黙って聞けや」

「なっ、何よ!今更アンタと話なんて冗談じゃない!」

見かねた篤郎が更に噛み付こうとする柚子をドウドウと宥めにかかった。

「ユズ、落ちつけって、カイドーも話があって来たって言ってるんだしさ」

「ふ、ふんっ」

柚子は多少冷静さを取り戻した様子で一旦口を閉じてから、渋々「じゃあ話しなさいよ」と瞳に険だけ残して引き下がる。

フンと鼻を鳴らして、二階堂が話し始めた。

「オマエらに聞きたい事があんだ」

元から鋭い目付きが、更に獰猛な気配を滲ませつつ、和哉達を一人ずつ見定めていく。

「ダイモンズの木っ端が、何人か悪魔使いに襲われてヨ―――ケジメで犯人を探してる、まさかオマエらじゃねぇよな?」

動揺した気配が周囲から伝わってきた。

詳しく教えてと切り返した和哉を、二階堂は暫く見つめると、急にハッと軽く息を吐いて笑った。

「やっぱりな」

肩を竦めて、首を振る。

「まぁマジな話、オマエらだとは思ってねぇンだがヨ」

再び真顔で和哉たちを見回した。

「まぁ、死んだヤツもいるからヨ―――放っといちゃチームのモンにシメシがつかねぇってわけだ」

口ではそう言っているが、実際腹も立っているのだろう。

死人まで出ているとなれば尚更、二階堂とあだ討ちはあまり結びつかないけれど、見ず知らずの他人に好き勝手されて、黙って引き下がるほどお人好しでも、日和見主義でもないに違いない。

「生き残った奴の話じゃ、犯人はメガネをかけたヤローでヨ」

和哉の傍で篤郎の肩が僅かに震えた。

「連れてた悪魔が『正義の裁き』とか何とかヌカしてやがったらしい、オマエら何か知らねぇか?」

「―――知らないね」

「そうか」

溜め息を漏らして、まあ何か分かった時に教えてくれればいい、と、二階堂は鬱陶しげに首をゴキリと鳴らした。

「ま、ウチは誰かに恨まれても仕方ねぇ、カスみてぇな連中の集まりだ、誰か恨みのある奴がCOMPを手に入れて奴らに復讐したんだろう、オレにとっちゃ―――吸血事件を片付ける方が、よっぽど大事なんだ、マリ姉も危ねぇしな」

思い詰めた様子で遠くを見つめる。

二階堂の視線の先には、今頃、封鎖内のどこかにいるはずの、望月の姿がちらついているに違いない。

「だがここまで目立たれちゃあ、ケジメを取らねぇわけにはいかねえ、ったく、メガネヤローめ」

―――見つけたら、ブッ殺してやンゼ。

「手間取らせて悪かったな、オレはもう行くからヨ」

ひらりと片手を振ると、そのまま踵を返して歩き出した。

去っていく背中を見つめたまま篤郎が立ち尽くしている。

「ねえ、レン」

柚子がそっと近づいて来た。

「カイドーが探してる相手って、もしかして、さ」

「うん、でも、どうかな」

「確かに、まだケイスケと決まったワケじゃないけど」

振り返った篤郎も「昼間のあの様子じゃ」と、言葉尻を濁して俯いた。

「でも、ケースケがそんな事するなんて、信じたくない」

「ああ、オレだって一緒さ、でもケイスケだとしたら」

絶望と焦燥を色濃く滲ませる翠と篤郎に、和哉は二階堂に犯人探しをやめさせようと提案する。

その場凌ぎに過ぎない事は重々承知だ、しかし、今は何より時間が欲しい。

二人が遭遇してしまう前に、圭介を説得して、目を覚まさせてやらなければ。

(あの時)

数時間前の出来事―――翠を救出する前、池袋にて、再び目の当たりにした驚異。

不正を憎み、悪意を憎む、圭介の強い願望がCOMPを介さずヤマという強力な悪魔を喚び出した。

ヤマというのは確かサンスクリット語の音訳で、仏教で言う所の閻魔大王、万の悪人達を裁く地獄の選定人を呼ぶ名だ。

昔、直哉が寝物語に聞かせてくれた話の中で、そのように教えてくれた。

悪魔が存在するなら、閻魔大王がいてもおかしくないとは思うけれど、問題は圭介がヤマを呼び出すに至った経緯と動機にこそある。

伝承の中では公平な裁判官として描かれるヤマも、今は圭介に使役される、ただの悪魔に過ぎない。

ただの悪魔として、主の望みのままに二階堂の仲間を殺したのだろう。

だとすれば恐ろしい事だ、間接的であっても、圭介は既にその手を血に染めた。

一度転がりだした石は自力では止まれない。

砕る前に、堕ちてしまう前に、止めてやらなければ―――いずれ、ヤマの性質が、圭介をも裁いてしまう。

「やめさせられないまでも、時間は稼がないとな」

篤郎がぼやいた。

「アイツに何か、別の用事でも、作ってやれればいいんだけどなぁ」

「別って、何かあるの?」

「んー、今んトコ思いつかない、けどこう、何か無いかなぁと」

「カイドーの気を引く用事、ねえ」

「マリ先生に協力してもらおうか?」

「おっ、それ!」

「何て説明するつもりよ、大体、マリさんを巻き込んでいいの?」

黙り込む和哉と篤郎を見て、柚子も溜め息と共に口を閉ざした。

項垂れた翠が小さく「ケースケ」と呟く。

「とにかく行こう」

和哉は振り切るように声をかける。

「カイドーより先に、ケイスケを見つけないと、動きながらカイドーを足止めする方法も探そう」

「そうだね」

「ああ」

柚子、篤郎と続いて、翠もしっかりと頷き返した。

「和哉さん、絶対、絶対、ケースケを助けてね、ケースケを死なさないでね」

「助けるよ、必ず」

二階堂が去っていった方角を見つめて、逆方向へ歩き始める。

緩やかに傾きだしたオレンジ色の太陽が、和哉達の足元に長い影を作り出していた。