髪から柔らかなシャンプーの香りが漂っている。
肌触りのいいタオルケットに包まって、和哉はゴロゴロとベッドの中で寝返りを打ち続けていた。
今日の誕生会はとても楽しかった。
毎年、誕生日は楽しいものだけれど、今年は特別。
(オレも10さい)
兄の直哉とは7歳年が離れている。
昨日まではどう足掻いても、一ケタ台の壁は越えられなかった。
でも今日からは違う。
何だか急に大人の仲間入りをしたようで、それが嬉しくて仕方ない。
何度目かの寝返りの後、不意に下から声がした。
「眠れないのか?」
子供部屋は一つ、直哉と和哉は、それぞれベッドの下と上で眠っている。
和哉がもっとずっと小さな頃はベッドの下を使っていたけれど、小学校に上がると同時に直哉に場所を交換してもらったのだった。
「うん」
小声で答えて、むくりと起き上がった。
「にーちゃん」
ベッドから乗り出して下を覗こうとした途端、同じくベッドから這い出した直哉と目が合った。
「落ちるぞ」
「へーきだよ」
「ダメだ」
和哉はうう、と小さく呻き、ベッドの梯子に足をかける。
床に降りて、改めて、直哉のベッドに腰掛けた。
直哉はきちんとパジャマを着て、掛け布団に伸ばした両足を突っ込んだ格好のまま、体だけ少し傾けながら「どうした?」と和哉に尋ねてきた。
「早く寝ないとダメだろう、明日、また寝坊するぞ」
「へいきだってば」
和哉はベッドサイドに降ろした両足の膝小僧を眺める。
不意に頭を撫でられて、振り返ると、薄闇の中で直哉が微笑んでいた。
「仕方ないな、和哉は」
そのまま、両腕を伸ばして抱きつき、直哉の肩に顔をうずめながら目を閉じる。
背中を温かな両腕が包み込むようにそっと抱きしめてくれた。
和哉は、くぐもった声で「ねえ」と小さく呼びかけてみた。
「何だ」
「今日、にーちゃんといっしょがいい」
「10歳はもうお兄ちゃんなのだろう?」
それは誕生会の席で父から言われた言葉。
和哉は小さく鼻を鳴らすと、直哉のパジャマの胸元に顔を擦り付けながらイヤイヤをした。
「おとうとだもん、にーちゃんはナオヤだもん」
「確かにそうだが」
「いっしょがいいの」
直哉の手はさっきからずっと和哉の髪を撫でてくれている。
「オレ、今日はここで寝る」
「甘ったれだな?和哉」
「いいのッ」
余韻が胸に残ったままだ。
暖かくて、幸せで、眠りにつく瞬間までこの喜びを噛み締めていたい。
思いがごちゃ混ぜになってまんじりともせずいたところへ、大好きな直哉から優しい言葉などかけられてしまったものだから、今の和哉はすっかり子供の気分で甘えきっていた。
更に言えば、普段から何よりも自分を優先してくれる直哉の事だ、今度も結局許してくれるに違いないと、無意識下でそう考えていた。
そしてやはり、それはそのように、思った通りに叶ったのだった。
「困った奴だ」
こめかみにキスされる。
物心ついた頃からスキンシップ過多気味に触れ合っていたから、和哉はくすぐったくて笑っただけだった。
「お前はもう、10歳なんだぞ」
ギュッと抱きしめられる。
首筋を甘噛みされて、また笑う。
「3年生じゃないか、俺に甘えてばかりでどうする」
「だって」
直哉の紅い瞳が闇の中でキラリと光ったような気がした。
片方の腕を背中から頭の後ろに添えられて、そのまま唇を塞がれる。
キスを何度も繰り返しながら、今日はちょっとヘンだな、と、和哉は思い始めていた。
いつも抱き合ったりキスしたりはしているけれど、今しているのは何かが違う。
何が違うのかうまく説明できないけれど、決定的な部分でこれまでのものとは違っている気がする。
「にーちゃん」
闇の中に見えた直哉の薄い唇が上弦の月の様な笑みを浮かべていた。
喉元をペロリと舐められて、思わずビクリと震えた体を抱きしめられる。
頬にキスされて、首筋にキスされて、そうしている合間に直哉の腕がパジャマの内側に潜りこんで、和哉の肌をスルスルと撫で回した。
「10歳の誕生祝に、俺からもうひとつ、贈り物をしてやろう」
眠れないんだろう?
耳朶を噛むようにして囁かれた声は熱っぽくて、幼い和哉はすっかり雰囲気に飲まれ、直哉の胸にくったりと寄りかかっていた。
直哉の手が和哉の体中を撫で回している。
背中から脇腹、お腹、胸、指先で乳首をしこられて、小さな声がアッと漏れた。
「にーちゃぁん」
唇を塞がれる。
今までしたことのない、深くて長いキス。
その間に直哉の手は下腹辺りを探り、パジャマの中で火照りだしていた和哉の中心に触れた。
「ひゃあ、あッ」
背後の直哉のパジャマをきゅっと握り締める。
視界の先、ズボンの内側で、もぞもぞ蠢いている様子を眺める目の端に涙が滲んでいた。
体の具合がいつもと違う、息が苦しい、あっつい、ぞわぞわして、じりじりする。
直哉は片方の腕を和哉の腹の辺りに添えて、頬や耳の後ろ、首筋などに、キスを繰り返していた。
「にーちゃ、あっ、ナオ、ヤ」
「どうした?」
「なんか、ヘン、ヘンだよ」
「何が変なんだ?」
「お腹がムズムズする、あっついし、ぞわぞわ、する」
「そうか」
掌でキュッと握り締められた途端、和哉は目を閉じ、体を震わせながら、小さな声で鳴いた。
顔を横に向けられ、唇を重ね合わせて、そっと開いた視界の先に直哉を見つけた途端、僅かな安堵が胸に芽生えていた。
(にーちゃん)
大好きな直哉。
(にーちゃんなら、大丈夫)
変だけど、きっと平気。
再び口付けされて、その合間に足の付け根で直哉の手が動くと、小さな体はビクビク震えた。
直哉のパジャマをキュウと握り締めながら、言葉にならない鳴声が何度も細い喉を震わせる。
そこらじゅうにキスされて、幾度となく直哉と目が合って、やがて、和哉は甘い悲鳴を漏らしながら、直哉の手に絶頂の証を勢いよく迸らせていた。
華奢な双肩を上下させつつ余韻にぼおっとしている弟を、兄の両腕がぎゅっと抱きしめてくれる。
「和哉」
和哉はノロノロと顔を上げて、自分から直哉の唇をねだった。
「ん、にーちゃん」
「気持ちよかったか?」
「ん」
「もう、眠れるな?」
「うん」
和哉をそっとベッドに横たえた直哉は、立ち上がり再び戻ってくると、手にしたボックスティッシュで和哉の体のあちこちを丁寧に拭ってくれた。
そして掛け布団をかけて、隣に潜り込み、布団の上から和哉の体をポンポンと叩いてくれた。
「にーちゃん」
「何だ」
寄り添い、温もりに顔をうずめる。
優しい気配が静かに笑ったような気がした。
「すき」
―――俺もだ。
安堵と共に迎えに訪れた夢魔の馬車が、疲れ果てた幼子をあっという間に夢の世界へと連れ去ったのだった。