昨日から降り出した雨は今日になっても止まず、夜にはいよいよ本降りとなってしまった。

和哉は居間のソファに寝転がって何をするでもなくぼんやりとテレビを眺めていた。

―――全然面白くない。

食卓の上に並べられた、一人ではとても食べきれない量のラップがかけられた料理の山。

(帰るって言ったくせに)

母もそのつもりで食事の用意を済ませ、和哉に詫びつつ出かけていった。

明日の夕方頃戻ると言われたが、正直母の帰宅時間などどうでもいい。

宅急便で届いた父からの贈り物は、母や、今日友人達から貰った包みと一緒に部屋に置きっぱなしにしてある。

(どうするんだよ、9号のホールケーキなんて、俺一人じゃ食べきれないぞ)

まあ、そんなこともないのだが、違う、そうじゃないと頭を抱えて体を反転させる。

(畜生)

今度は仰向けに寝返った。

時計の針はそろそろ八時を指そうとしている。

「腹、減った」

悲しげな腹の虫の鳴声を聞いて、もういい、と半ば投げやりに立ち上がった、直後に来賓を告げるチャイムの音が鳴り響いていた。

(えッ)

慌てて玄関の方角を振り返る。

再びチャイムが鳴らされた。

和哉は、多少ためらいがちに、もし直哉じゃなかったらどうしようと不安を胸に過ぎらせながら玄関に向かう。

(かなりへこむ、てか、二度と出ない)

錠を開き、ノブを回し、そっと扉を開いてみると―――

「遅くなったな」

闇に降る雨を背景に立つ姿。

思わず避けた和哉の脇からトラベルバッグを引きずり入ってくる。

あちこち雨に濡らし、もう片方の手にはビニールのかかった小さな包み。

「な、ナオヤ」

「まさかここまで本降りになるとは、天の気だけは依然読めん、やはり空港で傘を買っておくべきだった」

ドアの閉まる音でやっと我に返った和哉は、慌てて錠を落とし、さっさと屋内に歩き去る直哉を追いかけた。

(た、タオル!)

途中、バスルームに飛び込み、再び居間に戻る。

直哉はトラベルバッグを傍に置き、濡れた上着を乾かすようにソファの背凭れに広げていた。

「ナオヤ、ハイ」

「ああ、すまないな」

受け取ったタオルで顔を拭いて、髪を拭く。

和哉は傍でジッと様子を窺っている。

気付いた直哉がふと振り返った。

途端、身じろぎする様子を見て、薄い唇にフッと笑みが浮かび上がっていた。

「久しいな、弟よ」

「な、ナオヤ、あの」

「どうした、挨拶の言葉を忘れたか?」

再びハッとして、和哉は多少どもりながら「おかえり」と告げた。

「戻ってきたのか」

「この間の手紙でそう伝えておいただろう」

「で、でも、もうこんな時間だし、俺はてっきり」

「飛行機が遅れたんだ、薄情な奴め、母さんは俺の分も料理を作り置いてくれたというのに」

目の端でちらりと卓上を窺って、鼻を鳴らす直哉に、そうだよ、と和哉は思わず身を乗り出していた。

「お、俺の誕生日だし、ナオヤも帰ってくるからって、一人じゃ食べきれないくらい用意してくれたんだ」

「そのようだな、しかし姿が見えないが?」

「町内会の用事だよ、明日の夕方まで戻れないって」

「親父殿はどうした」

「出張、来週まで戻らない」

「なるほど」

直哉は不意にククッと笑う。

「ならばお前は、たった一人で寂しく15歳の誕生日を過ごすハメになるところだったワケだな?」

和哉はカッと頬を赤く染める。

「な、ナオヤが!」

不意に引き寄せられ、そのまま腕に抱かれ、唇が重ねられた。

ゆっくりと結び合い、離れると、見詰め合った温かな胸に抱きしめられる。

慣れ親しんだ温もりや鼓動が強張った心を解き、漸く和哉も体の力を抜いていた。

掌が繰り返し柔らかな黒髪を撫でている。

「本当に懐かしい、一年と半年ぶりだというのに、お前は何も変っていない」

「身長伸びたよ、部活のお陰で結構鍛えられた」

「ああ、いい体つきになったな」

「分かるの?」

「こうして触れてみれば、俺に、お前の事で分からんことなど何も無い」

「でも知らないことはあるだろ?」

目が合うと、直哉が笑いかけてきた。

「そうだな」

赤い目がスウと細くなる。

「離れていた間の話を、俺に聞かせてくれないか」

「いいよ」

「だが、その前に食事を摂ろう、腹が減って仕方がない、母さんの料理を楽しみにしてきたんだ」

「俺も腹ペコ、ナオヤがなかなか帰ってこないから」

「すまんな、恨むなら遅れた飛行機とパイロット、それと航空会社にしてくれ」

相変わらずの口調と共に額に口付けられて、和哉も漸く笑顔を見せていた。

(ナオヤだ)

やっと帰ってきた。

名残惜しく唇を重ねた後で、手分けして料理を温めにかかる。

レンジの扉を開いた和哉に、シチュー鍋を火にかけながら直哉が「ああ、そうだ」と呼びかけた。

「ん?」

振り返ると、優しい気配の眼差しが微笑みかけてきた。

「誕生日おめでとう」

きょとんとして、それから思わず頬を染めた和哉は、ありがとう、と満面の笑みで答えた。

 

 

※この頃はネコちゃんまだおにいやん大好きっ子です。

アツロウさんとお付き合いするようになって、嘘常識が次々と暴かれ、その辺りから若干嫌いになってった(笑