バースデーパーティーは思いのほか盛り上がった。
兄弟二人きりではあったが、離れていた間の話を色々と交わしているうちに、気付けば11時を回っていた。
「じゃあ、ナオヤ、年末には帰ってくるの?」
「そのつもりだ、目的は十分果たしたからな、これ以上お前の傍を離れている理由がない」
「なッ」
「寂しい思いをさせたのだろう?」
「ば、バカ!そんなわけあるかッ」
「クックッ、無理をするな」
―――済んだ夕食の片付けも終わり、居間のソファで隣り合って腰掛けながら、まだ話し足りない気分で直哉と二人、まったりと過ごしている。
テレビにはどうでもいいバラエティが映り、目の前のテーブルに湯飲みが二つ、白い湯気を立てている。
「しかし、もっと文句を言われるものかと思っていたが」
湯飲みを持ち、直哉は旨そうに緑茶を啜った。
「ふむ、茶の淹れ方一つとってもお前の成長は明らかだ、安心したぞ」
「何だよそれ」
「フフ、俺が出て行ってから暫くは随分しょげていたそうじゃないか、母さんからそう聞いている」
「そんなわけあるか、ナオヤがいなくたって俺は平気だ」
「そうか?また随分と寂しい事を言ってくれるな、今の言葉は本心か?」
「―――ま、まあ、若干寂しいと思わない、こともない、かもしれない」
「なんだそれは」
「うるさいな、薄情者の事なんて知らないよッ」
丸めた拳で殴りかかってくる和哉を直哉は笑いながら受け止める。
「コラ、零れるだろう、全く、お前はいつまで経っても子供の気分が抜けないな」
「中学生が子供じゃなかったらなんだっていうんだ、ナオヤこそ、大人ぶりやがって!」
「俺はすでに十分過ぎるほど大人だ、親の脛を齧ってもいなければ、保護者が必要な歳でもない」
「そんなの当たり前だろ!」
直哉は湯飲みをテーブルに戻し、やれやれ、と呟きながら、和哉を捕まえた。
「いい加減大人になってくれないと困る」
そのままソファに押し付けられるような格好になって、和哉は僅かに動揺する。
「どういう意味?」
影になった直哉の吐息が唇に触れる。
「教えて欲しいか?」
柔らかな感触が重なった。
隙間をこじ開けて這いこんでくる舌に成す術もなく口腔内を蹂躙されて、苦しいほどの深いキスに意識を全部持っていかれる。
バラエティ番組の音声がやけに白々しく響いていた。
ちゅく、ちゅくと、唇を交える音の向こうで、窓を叩く雨音が聞える。
やがて解放された和哉は顔を真っ赤に染めながら、僅かに肩を上下させつつ、睨むように直哉を見上げた。
直哉は意に介さず、フッと口の端で笑う。
「―――離れて、お前は思い知ったはずだ」
「何を」
「お前自身の甘すぎる認識と、現実というものを」
捕えられた姿がビクリと震える。
「アテにするばかりでは、いずれ互いに食い潰していくだけだ」
喉がコクンと鳴っていた。
「無論、お前が望む限り、俺はお前の傍に在ろう」
だがな、和哉。
赤い双眸がスウッと細められる。
「そうであったとしても、俺は、お前自身の力で歩む強さを身につけて欲しいと願っている、お前の決断こそが真実お前を活かすのだ、その事をよく覚えておけ、和哉、俺には精々道を示す程度しかできん」
「―――何の話?」
「お前の人生の話さ」
いつになく真摯な雰囲気が茶化す事も、反論すら許してはいなかった。
ただ聞いて、そして理解する事だけを求められて、和哉はジッと直哉を見つめる。
直哉はいわゆるアルビノだ、白い髪と赤い瞳、そういう子供は先天性の疾患を有していたり身体に障害があったりするそうだが、直哉は健常な成人男子として立派に成人して、更には世間から天才と認められている。
(ああ、そうか)
一年半経って、漸く理解したような気分だった。
こんなに明るい場所で至近距離から直哉を見たのはいつ以来だろう。
ずっと後姿ばかり見ていたような気がする。
暗闇の中では、綺麗な赤い目も、白い髪も、何も見えはしなかった。
(結局、俺のためだったんだ)
海外へ飛んだ事も、突き放すような態度を取った事も。
―――無論、打算的な従兄がそれだけを目的にするとは思えない。
(でも何割かは俺のためだった)
途端湧き出す愛情に、してやられたような気分になりながら、目を閉じて、和哉はクスリと笑っていた。
(やっぱりナオヤだ)
再び見上げて、直哉に答える。
「大丈夫だよ、だって俺は、ナオヤの弟だから」
赤い瞳が僅かに見開かれた。
「頼りないばっかりかもしれないけど、俺、それにまだ当分ナオヤをアテにしたいんだけど」
コイツ、と呟かれて、悪びれずに笑う。
「でも、それだけじゃ格好悪いから、自分の事くらいはできるようになってみせる、あと母さんが何言ってたのか知らないけど、ずっとへこんでたわけじゃないからな」
一文字に結ばれていた唇が、口角を吊り上げるようにして笑んだ。
「クク、それでこそ、俺の弟というものだ」
「まあね」
「だが和哉」
「うん?」
直哉の目が急に優しい気配を帯びた。
「お前が道に迷い往く先を見失った時、迷わず俺を呼ぶといい、どこへなりとも駆けつけて、望みの全てを叶えてやろう」
暫し見詰め合って、和哉は思わずギュッと直哉に抱きついていた。
(バカナオヤ)
今の全部台無しじゃないか、そうやって俺を甘やかすから、いつまでも離れられないんだぞ―――
耳元をくすぐるような笑い声に、何だよ、と呟いた途端、和哉の体はフワリ途中に浮いた。
「わッ」
抱え上げた弟の顔を、兄が楽しげに覗きこんでくる。
「いつの間にか随分と重くなったものだ、さて、そろそろ風呂に入ろうか、久しぶりに付き合え」
「や、せ、狭いし、遠慮しとくッ」
「つれない奴だな、やっと戻った兄を労おうとは思わんのか」
「もしかして、背中、流して欲しいの?」
「フン、俺が答えることじゃない」
「何だよそれ、横暴だ、素直にそうだって言えよ!コラッ」
そのまま歩き出す直哉に必死の抗議をしたが聞き入れられず、結局、和哉は数年ぶりに兄弟水入らずのシャワーを浴びる羽目になったのだった。
親御さんがいないので…おにいやん、フルスロットル!