NO-Title15

 

 暮れかけた日差しの中、片手に提げたコンビニの袋を振り回しながら、アイスを食べる光に紅葉が行儀が悪いと顔をしかめる。

「いいだろ、別に、壊れるようなもの入ってないし」

「そういうことじゃなくて、歩きながらものを食べるとあちこち汚すだろう」

「この時間になってもまだあっついもんな、アイスが溶ける」

おっと、と垂れかけたバニラを掬い取る舌先に思わず見とれて、そんな自分を内心諌めつつ汚れた口元を指先で拭ってやった。

舐めるとほのかに甘い。

振り返れば光がニコニコしていた。

それで、ちょっとだけ赤くなって、視線をそらした紅葉と光を呼ぶ声が聞こえる。

「よう、姫!それと壬生も」

二人同時に窺うと、向こうから京一が歩いてくる所だった。

隣にいた諸羽が大きく手を振りながら「光センパーイ!」などと嬉しそうに呼びかけるので、紅葉は僅かにムッとする。

もっとも、それを表情に出すような彼ではないのだが。

「京一、それに霧島も来たのか」

嬉しそうな光をちらりと横目で見て、紅葉はわからないほど小さく嘆息していた。

彼らは今、如月骨董品店の前にいる。

本日夕刻、現地集合で、京一と光主催による納涼肝試し大会が開催されるのだった。

メンツはいつものマージャン仲間プラス主催者の片割れである光。

最初はどうやら蓬莱寺と二人だけで廃屋にでも乗り込んで行くつもりだったらしいが、話を聞いた紅葉と翡翠が結託して百夜物語形式を提案したのだった。

紅葉の申し出を光が断るはずもなく、そしてそんな光に京一が難色を示せるはずもなく、結果このような状況に落ち着いて今に至る。諸羽とは途中で会ったと京一は苦々しげに笑っていた。

(自業自得だな)

抜け駆けて、本音では何をしようとしていたのだか知らないが、京一の心境を思って紅葉はフッと笑った。

「紅葉、どうしたんだ」

見上げてくる金茶の瞳に、ことさら優しく微笑んで何でもないと返答する。

紅葉は彼らと連れ立って如月骨董品店の店内へ足を踏み入れた。

「やあ、いらっしゃい」

出迎えた翡翠が浴衣を来ていた。

「浴衣かー!」

光が嬉しそうに声を上げる。

「ええっ先輩浴衣好きなんですか?」

諸羽が過敏に反応した。

「好きっていうか、俺も実家にいた時は浴衣が多かったし、今日に限っては雰囲気があるだろ」

「そうなんですかー・・・僕も浴衣着てくればよかったなあ」

あからさまな好意の露出に、京一と紅葉は無言で僅かにムッとする。

褒められた翡翠はどうでもいいようだった。笑顔で光を率先して招きいれつつ、他の者達にも上がってくれと勧めた。

「村雨は遅れると電話があった」

「そうなのか?」

「ああ、今、賭場に荒らしが来ていて、そいつと戦ってて手が離せないらしい」

「嵐?」

「荒らしだよ、光」

一般常識がやっとの光に、隣で紅葉が簡単な説明を加える。

話を理解した彼は大変だなあとしきりに感心していた。

一同が案内されたのは、奥の客間だった。

「こちらで待っていてくれ、今茶を用意するから」

そうして出て行く翡翠に、お気遣いなく、と諸羽が笑顔で声をかける。

「お前、よくできてんなあ」

「人様のお家では礼儀を忘れない事、いつも母にそう言われていましたから」

京一は、ふえーと変な声を上げた。

「ね、光先輩」

話を振られて光もニッコリと相槌を打った。

それでまたムッとする男二人に構わず、彼らは談笑を続けている。

しばらくして翡翠が麦茶を持って戻ってきて、いよいよ肝試し大会が始まろうとしていた。

「つまむもの持ってきたから、適当に食べてよ」

コンビニの袋から出てきたものは駄菓子ばかりで、呆れる彼らに紅葉が説明する。

「僕も言ったんですが、光はこれがいいと言って聞かなくて」

「俺こんなもの食べた事ないからさ、面白いかと思って」

育ちのいい光は駄菓子やジャンクフードなどほとんど食べた事がない。

ようやく合点がいくと、京一などはそうかそうかとしきりに頷いていた。

「そんじゃあお前、これとか食ってみろよ、美味いぞ〜」

「京一、知ってんのか?」

「おうまかせとけ、あんなあ姫、これはなあ」

「京一先輩、おじいさんみたいですね!」

アハハと笑う諸羽に木刀の一撃が入る。

「きょ、京一?!

これにはさすがに驚いて、紅葉と翡翠が目を丸くする。

光は慌てて諸羽を抱き起こすと声をかけて揺さぶった。

「おい、霧島!」

「うーん、先輩・・・」

「てめえはさっきから一言も二言も多いぞ、諸羽!」

「京一、これはちょっとやりすぎ!」

濡れタオルでも持ってこようかと立ち上がりかけた翡翠を、紅葉が制止する。

「壬生?」

不審そうな彼に、紅葉は顎で諸羽を指した。

抱き起こされた諸羽は光の腕の中でまんざらでもない表情で唸っていた。

口元が心なしか笑っているようにも見える。

(手当てはいらんな)

(ええ)

重役密談はあっさり終了した。

不服げな京一と、それをいさめる光の間に翡翠が割って入り、隙をついて紅葉が諸羽を抱き起こして京一を挟んだ反対側へ引きずっていく。

「壬生さん、なんなんですか?」

口を尖らせる諸羽に紅葉が低い声で囁いた。

「霧島君、あまり調子に乗らない方がいい」

その途端、先ほどまでの彼から想像もつかないような鋭い視線が紅葉を射抜く。

「・・・ご忠告、謹んでお受けしますよ」

底冷えするように冷たい声で、諸羽はニヤリと口の端を歪めた。

このタヌキめと内心呟いて、戻った紅葉は京一と光の隣に腰を降ろす。

光、紅葉、京一、諸羽、その隣に如月が座り、円陣を組むように向かい合った周りに雰囲気を出すための燭台が持ち込まれてろうそくに火が灯った。

日没後の薄暗い室内は灯火のほの明るい光でオレンジ色に揺らめいている。

「さて、始めるとするか」

翡翠の声が促した。

「最初は誰からだ?」

「俺からいくぜっ」

こんな子供だましの茶番に、京一はすでにやる気満々のようだった。

呆れる紅葉の肩口に触れるものがある。光の柔らかな黒髪が、もたれかかってきたような感触だった。

紅葉は無言で探り当てた彼の手を少しだけ握り返す。

つまらないことに加わったものだが、こうしているとそう悪い気もしない。

諸羽が僅かにこちらを睨んでいるような気配があったが、そんなことは瑣末な問題だった。

「おし、じゃ、お前らよく聞けよ」

声のトーンを僅かに落とし、神妙な面持ちで京一が話し始める。

「これは、俺の知り合いから聞いた話なんだけどな・・・」

 

如月骨董品店、納涼肝試し大会は、いよいよスタートしたのだった。

 

つづく