「NO-Title7」
ベッド脇にある小さな窓から覗く青空だけが世界の全てで、それだけでいいような気がした。
貴方がそう望むなら。
「ひーちゃんがどこにもいねえんだ!」
京一が怒ったように壁を叩く。
翡翠は、そんな彼を醒めた目で眺めていた。同じくテーブルに就いた祇孔がぼんやりと庭先に遊びに来ている野鳥を眺めている。
「家にもいねえ、思い当たる場所全部探してもいねえ、どっこにも見あたらねえし、ガッコにも来ねえ!」
「それはそれは」
湯飲みに口をつけて茶をすすっていると、卓の前まで戻ってきて苛ついた顔を突きつけられた。
「のんびり茶なんか飲んでる場合じゃねえだろ、如月」
「僕に何を望むんだ、君は」
京一は鼻息も荒く座布団の上にふんぞり返った。
「お前、忍者だろ?人探しとか得意なんじゃねえの?!」
「忍者は探偵じゃないよ」
「けど!」
不意にククッと笑い声が響く。
「おい京一、お前、先生がどこにいるか、見当もつかねえのか?」
途端強気だった京一の顔色が曇った。
「そ、そんくらい・・・」
口ごもり、ええいと叫んで卓を叩く。
「知ってっけどさ!探しても、どこにもいねえんだ、本当にどこにも」
「本当か?」
「手ぇ抜いた覚えねえよ、全部探した!」
「なら、探し方が悪いんだな」
翡翠がちらりと祇孔を見るので、京一はピンと来て二人を見比べた。
急に声に険が混じる。
「お前ら・・・ひーちゃんがどこにいんのか、もしかして知ってんのか・・・?」
「さてね」
「如月!」
京一が叩いた衝撃で、遂に湯飲みが倒れてしまった。
寸でのところで避けたおかげで翡翠の膝は無事ですんだが、座布団は染みになってしまうだろう。
怒りながら布巾で拭き取る彼に、京一は悪いと頭を下げた。
「おい如月よぉ、その木刀馬鹿に本当のこと教えてやってもいいんじゃねえのか?」
「本当のこと?」
祇孔の無責任な発言に、翡翠が眉を吊り上げる。
「村雨、それは」
「責任は俺が持つからよ、おい、蓬莱寺」
祇孔は構わず怪訝な表情の京一を振り返った。
「俺らな、口止めされてんだよ、あいつに」
「誰だよ、そいつは」
「村雨!」
「あのなあ、壬生だよ、壬生紅葉に口止めされたんだ」
途端京一の顔色がサッと青くなり、見る間に赤く染まった。勢いよく立ち上がったせいでテーブルがガタンと揺れてずれる。
仁王立つ彼の全身から怒りの炎が燃え盛っているかのようだった。
「あんの野郎・・・あいつがひーちゃんを攫ってったのか?!」
「お、いきなり極論だな」
「そうに決まってんだろ!」
現に光はいなくなってるんだぞ!
怒鳴ると、翡翠はうるさそうに耳を塞いだ。祇孔は乾いた声で笑っている。
「まあまあ、落ち着け兄さん」
「これが落ち着いて・・・」
「半分は正解だ、でも半分はそうじゃねえんだよ」
「なんだと?」
京一が顔をしかめた。
まだ怒りが収まらない様子で祇孔を睨みつける。
「どういう意味だよ」
「口止めを頼んだのは壬生だけじゃねえんだ」
「何?」
「光だよ」
今まで様子を見ていた翡翠が、諦めた口調でポツリと呟いた。
京一は一瞬何を言われたのかわからないように顔をしかめた。
今度は彼の目を正面からしっかりと見据えて、もう一度、一言ずつ言い聞かせるように言葉を繋ぐ。
「僕と祇孔に口止めを頼んだのは、光と壬生だと言ったんだ」
「ひ、ひーちゃんが?」
動揺と混乱が、彼を一時に襲ったようだった。
翡翠がおもむろに立ち上がり、それで祇孔も一緒に立つ。
挑むような視線と共に翡翠は更に言った。
「信じられないのなら、ついてくるといい、君にも会わせてあげるよ」
祇孔が笑う。
「付いてきな、探してたんだろ、先生のこと、連れてってやるから、その代わり俺らの仲間に入れ」
「な、仲間?」
「そうだ」
翡翠は笑っていなかった。
きびしい、それでいてどこか悲しげな目をして僅かに顔を俯けた。
「光を守る、仲間に入れ、そうでなければ君を連れてはいけない」
その様子が気になって、何故か少し怖いような気がして、それでも京一は黙って頷いた。
光に会えればいいと、そのことしか考えていなかった。
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