四時間目の授業が終わり、再び周囲に集結しつつある人垣の様子を内心困り果てて眺めていると、一際元気な声が間から割り込んできた。
「はいはい、ごめんね、ごめんなさいね、新聞部ですよー」
「何だよ、遠野、お前、クラス違うだろうが」
「そうよ、違うクラスのあたしのところまで伝わってきた、噂の美少年に突撃インタビューしに来たのよ、ジャマだからどいて!」
容赦なく何人かを押し退けて、光の机の正面に現れた、遠野と呼ばれた少女は、机に両手をトンとついて、メガネの奥の瞳をキラキラと輝かせながら、体を乗り出してくる。
「うわ、ホントだ、凄い美形!こんなのちょっとお目にかかれないわぁ」
一枚失礼ね。
(カシャッ)
フラッシュが焚かれて、光は、写真を取られたのだと気づく。
「うふふ、今度の一面はこれよ、謎の美少年現る、季節外れの転校は、何かの陰謀か?!」
「アン子ちゃん」
隣から美里が助け舟を出してくれた。
呆気に取られていた光は、改めて、目の前の少女をまじまじと見上げていた。
「あら失礼」
ようやくこちらの様子に気付いたらしい、遠野は少し距離を取り直す。
「ごめんなさいね、転校生君、私、遠野杏子、皆からはアン子って呼ばれてるわ、名前の杏があんずって書くのよ、だからね」
「遠野さん」
「アン子でいいわ、君の名前は、確か御剣光君ね?」
「はい」
「うふふー、礼儀正しいのね、可愛いじゃない、ねえ、光君、もう二三枚撮らせてね」
カシャカシャと立て続けにフラッシュを焚かれて、光はようやく、僅かに不快を表情に出した。
隣の美里は気づいてくれたようだったけれど、遠野は相変わらず撮影を続行している。
「アン子ちゃん」
「何よう、美里ちゃん、そういえば貴方、御剣君の隣の席なのね」
「えッ」
「良かったわねえ、こんなハンサムが隣で、羨ましいわぁ」
カシャッ
「あ、あの、アン子ちゃん、そうじゃなくて、あの」
「ううん、何か、いけないビジネスの方向性まで見えてきたかも、焼き増しにしたら元手以上に儲かっちゃいそうだわ―――ウフフ」
カシャカシャッ
「アン子ちゃん」
「御剣君、さ、あと一枚取ったら、インタビューさせてね、まずは軽くプロフィールと、転校の理由なんかを」
「アン子ちゃん!」
美里の、思いもかけない大声に、ようやくシャッターを切る手が止まる。
先ほどまで光の周囲に集まっていた生徒たちは、遠野の気迫に恐れをなして、皆散り散りに去っていた。
「どうしたのよ、美里ちゃん」
「御剣君、困っているわ」
「え?ああ―――こういうの有名悦ってもんだから、甘んじて受けなさい、ちやほやされている内が花よ?」
「そうじゃなくて」
「本人の了解を取ったほうがいいってわけ?そうねえ、確かに、ちょっと強引過ぎたかも」
そうして再び、光の顔を覗き込んでくる。
「ね、御剣君、迷惑だった?」
光は咄嗟に、言葉が出てこない。
「どうしたの?」
「アン子ちゃん」
美里が再び助け舟を出そうとしたとき、大声が更に割って入ってきた。
「アン子!」
少女たちと光が振り返ると、教室の入り口で蓬莱寺が仁王立ちしている。
「お前、いたいけな転校生に、何してやがるッ」
「あら京一、何よ、あんたこそ何の用よ」
「てめえの教室戻ってくんのに、用もへったくれもねえだろうが」
ズンズンと近づいてきて、遠野の脇を通り過ぎた。
「御剣」
傍らに立つと、そのまま光の腕をがっしり掴む。
「えッ」
「京一君?」
立てよ、の声と共に、椅子から引き上げられた。
「ちょ、ちょっと、京一、何するつもり?」
「お前にゃ関係ねえ、ほら、御剣、行こうぜ」
そのまま連れていかれる。
何がなにやら、当の光も状況についていけないまま、蓬莱寺のしっかりした足取りに引きずられるようにして、よろよろと歩き出した。
「京一!」
「蓬莱寺君ッ」
不安そうな声に、蓬莱寺は片手の紫の包みを頭上に軽く上げて振る。
「別に、大した用じゃねえよ、んじゃちょっくら御剣借りるからなー」
少女たちはまだ何か言っていたようだが、お構いなしの蓬莱寺に教室から連れ出されてしまったので、聞き取る事はできなかった。
光は腕を掴まれたままで、どうにかバランスを取りつつ、歩調をあわせてようやく蓬莱寺の隣に並んだ。
「蓬莱寺君」
廊下ですれ違う生徒たちが、なんとも奇妙な目でこちらを見ている。
「蓬莱寺、でいい、君なんて気持ち悪ィ」
「じゃあ、蓬莱寺」
「何だよ」
「どこに行くんだ?」
ちらり。
鳶色の瞳がこちらを見た。
「いいトコ」
「えッ」
「そういやお前、昼飯は?食うものあるのか?」
「弁当を持ってきているけれど」
「へえ、それって教室か」
「ああ」
「わかった、んじゃ取ってきてやるよ」
「え?」
「とりあえず移動な、話は、向こう着いてからだぜ」
それ以上説明もなく、蓬莱寺は歩き続けるので、光も従うしかなかった。
廊下を進み、階段を上り、錆付いた金属製のドアを開いて、その先に抜けると、目の前に青空が広がっている。
「ここは」
「屋上だ」
ようやく手が離れた。
光はフェンスの方へと近づいていった。
「さてと、これで、今朝の借りは返したな」
「えッ」
振り返る。
「お前、今朝、俺に合わせてくれたろ?」
蓬莱寺がニッと笑った。
「サンキューな、お前とは今日知り合ったばっかだってのに、いい奴だな」
「―――それは、蓬莱寺が、強制したんじゃないか」
「細かい事言うなって!お前もアン子から解放されて助かっただろ?」
呆れた様子の光を見て、蓬莱寺は、今度は声に出して笑う。
「ハハハ!んじゃ、俺ちょっと昼飯買ってくるついでに、お前の飯も取ってきてやるからさ、一緒にここで昼飯食おうぜ」
「ああ」
「よし、待ってろ」
蓬莱寺はそのまま、校舎の中へ戻っていった。
一人残された光は、ようやくひと心地ついた気持ちで、軽くため息を漏らす。
「何だか、初日から大騒ぎだな」
見上げると、空が綺麗だった。
差し込む日差しの柔らかさに、ゆるゆると瞳を細くする。
「蓬莱寺に美里さん、アン子、か」
知り合ったばかりの彼らの面影に想いを馳せて、光の唇にはいつの間にか、淡い笑みが浮かんでいた。
(続きへ)