昇降口から通路を抜けて、正門へと続く桜並木はすっかり赤や黄色に色づいている。
足元でかさかさと音を立てる落ち葉を踏みながら、二人は並んで会話に花を咲かせていた。
「んでな、そんときそいつがあんまりしつこいもんだからさ」
「それは、京一が悪いんじゃないのか?」
「バカ、ンな訳あるはずねえだろ!」
笑いながら校門を通り過ぎた瞬間、後ろから、何の前触れも無しに呼び止められた。
「おい」
先に反応したのは蓬莱寺のほうだった。
こういうやり取りになれているせいだろうか、気づいたときにはすでに後ろを振り返っていた。
「誰だてめえは」
そこには、一人の男が立っていた。
白い学生服に、白い学ラン帽、制服の前のボタンは一つとして留まっているものは無く、下にはハイネックの青いシャツを着込んでいる。制服の裏地は紫色で、背丈は光や蓬莱寺よりも高い。
「よお、兄さん方、おそろいで今からお帰りかい?」
口調は随分悪いのに、雰囲気はどこか親しげで光はかすかに首を傾げていた。
見たところ、害意や敵意のようなものは殆ど感じられない。ただ、挑むような挑戦的な瞳をしているのが多少気になる程度だった。
「そうだけどよ」
蓬莱寺は男の様子をじろじろ見ながら、やがて何かに思いついたようにあっと声を上げる。
「あんたのその格好、見たことあるぜ」
「へえ」
「確か千代田にある皇神学院じゃなかったか?」
「御明察、へぇ、うちのガッコもそこそこ知られてんだな」
「あったりめえだ!」
そんな目立つ制服なんざ、そうそうお目にかかれるもんじゃねえ。
蓬莱寺の言葉に男は笑った。
「なるほどねえ、そういうことか、まあ、それに関しちゃ俺も同感だな」
「あんたの面と合わせて、どこぞのこれモンかとも思ったけどなっ」
頬に斜めに切れ込みを入れるような仕草をするので、男はにわかに苦笑する。
光には意味が分からず、不思議そうに首を傾げただけだった。
「ま、俺はそんなヤバイ筋のモンじゃねえぜ」
不意に帽子のつばに手をやり、掴んで下に降ろす。
精悍な顔立ちが露になった。
男は蓬莱寺をみて、それから光を見詰めると、ニヤリと表情を崩した。
「とりあえず初めましてだな、俺は村雨 祇孔ってェ名前だ、よろしく頼むぜお姫サマ」
光が目を丸くすると村雨は面白そうに声に出して笑った。
「お前、気持ち悪い奴だな、野郎の呼び方じゃねえぜ」
蓬莱寺はあからさまに顔をしかめている。
様子に気づいた村雨が心外だといわんばかりに彼を睨みつけた。
「何だ何だ、初めに姫なんて気狂いなあだ名つけたのは手前じゃねえか!」
「なっ」
二人は今度こそ、ぎょっとして村雨を見詰めていた。
どうしてそんな事を知っている?この男と自分達は、間違いなく初対面であるはずなのに。
蓬莱寺が突然、光の半歩前に足を踏み出した。
姿を背中に隠すようにしながら、あからさまな威嚇の目を村雨に向ける。
「てめェ、何モンだ」
「今名乗ったじゃねえか、物覚えの悪い野郎だな」
「ンなこと誰も聞いてねえ!質問に答えやがれ!」
紫布の紐に手をかけて抜こうとしているので、光は緊迫した面持ちで二人を見ていた。
実力が知れない以上、封印により弱体化した自分がどれだけ戦えるのか、正直把握できない。
だがその前に敵か否か、心中を見極める事が何より大切だと思えた。
村雨は急に好戦的な目を蓬莱寺に向けると、ニヤニヤと口の端を吊り上げて笑った。
「そういきりなさんな兄さん、あんたの相手はちゃんとしてやるよ、だがその前に」
今度は光に視線を移す。
気付いた蓬莱寺が前に出ようとした。
「オイ、邪魔だ」
村雨があからさまに顔をしかめる。
「俺だって見るだけで殺れるようなとんでもねえ技なんか持っちゃいねえよ、いいからどいとけ」
「んだとてめえェ」
「いちいち吼えんな、おい、そこのあんた、あんたに聞いとかなきゃなんねえ事がある」
突然真摯な眼差しが、光を貫いた。
「そこにいんのは御剣 光、あんたに間違いねえんだな」
「―――そうだ」
「なるほどねえ」
村雨は値踏みするような視線で体中くまなくしげしげと眺め回し、唸った。
その行為に蓬莱寺があからさまな嫌色を示して村雨を睨みつける。
気付いた村雨は、蓬莱寺を一瞥してフフンと鼻を鳴らした。
「ま、もしやとも思ったが、今は当然だろうな、その様子じゃ間違いようがねえ」
「何の話だ」
「俺の話だよ」
村雨は不敵に笑う。
「さあて、一勝負するにゃここはちっとばかり素人さんが多すぎるァな、あんたら」
白の学ランがくるりと踵を返すと、背中に大きく華と刺繍が入っていた。
「やる気がアンなら、ついてきな」
一言残して歩き出す。
光と蓬莱寺は視線を見交わして、どちらともなく後を追い、足を踏み出していた。
空風が学ランの裾を捲り上げて抜けていくのだった。