つれてこられた先は、建てかけのビルの敷地内だった。

どうやら建築途中で放置された建物らしく、四方を塗り固める壁の合間にむき出しの鉄筋やビニールシートが無造作に散らばっている。

足元には鉄くずやボルトに混じって、獣の糞やゴミが汚らしく落ちていた。

「パーティー会場に到着だ」

嘯く村雨を蓬莱寺が鼻で笑う。

「随分小汚ねえパーティー会場もあったもんだな」

「そりゃどうも、お褒めに預かり光栄だ」

さて、と村雨は懐に手を差し込んだ。

対峙する二人は、それぞれ抜かりなく構えの姿勢に移行する。

「ここまでついてきたんだ、俺と一戦、交えてもらおうか?」

そのつもりなんだろうと促されて、上等だと叫ぶ蓬莱寺を制止しながら光が半歩前へ出た。

「姫」

ちらりと蓬莱寺を一瞥して、光は正面から村雨を見据える。

「戦う前に聞かせて欲しい」

「なんだ?」

「お前は―――拳武と関わりのあるものなのか」

蓬莱寺は光の横顔をまじまじと見詰めた。

強ばった面持ちからは並みならぬ緊張が窺える。

村雨はひとつ間を置いて、口の端を吊り上げた。

「そうだと言ったら、どうすんだ?」

光は答えない。

代わりに、隙の無い構えで村雨を睨みつける。

「ふん、随分血の気の多いお姫サマだ」

懐に差し出した手を引き抜くと、村雨の指には数枚の花札が挟まれていた。

彼の全身から常人ならざる異様な気が立ち上っている。

「ま、あんたの知りたいことは、俺を倒してからにするんだな」

札を目の前にかざして、唇が、上弦の月のような笑みへと変わる。

「勝負に勝ったら、教えてやるよ」

「くらえェ!」

一番初めに飛び出したのは蓬莱寺だった。

紫の布が宙を舞い、その影を抜けて上段の構えから一気に突っ込んでゆく。

「でいやあああ!」

剣先が村雨のいた虚空を薙いだ。

数歩後ろに飛び去りながら、口の中で何かを唱え、花札を投げつけてくる。

「牡丹!」

途端、符の落ちた場所から業火が立ち上った。

炎に巻かれかけた蓬莱寺が急いでその場を飛び去ると、村雨は続けざまに今度は光に向けて符を投げつけてきた。

「青短、吹雪ッ」

符のあたった部分から光の体に冷気がまとわりついてゆく。

光は体を振って氷塊を振り飛ばしながら叫んだ。

「巫炎!」

途端、周囲の大気が高温化、そのまま発火して光を包むようにして燃え上がる。

炎を纏った体ごと、光は村雨に拳を繰り出した。

「はああああっ」

顔の前で十字に組んで構えた両腕の上に拳があたると、その部分が炎に包まれた。

村雨は両腕を振って火を消しつつ、新たな札を懐から抜き取った。

その脇から蓬莱寺が迫る。

「くらえっ」

剣から発せられた剣気が猛烈な勢いで胴を払う。

盛大に吹き飛ばされつつ、村雨は符を投げた。

「猪鹿蝶、紫雷!」

バシーンと大きな音がして、蓬莱寺の木刀に雷が落ちた。

まとわりついた電流は表面を伝って蓬莱寺の腕に至る。

「くそっ」

柄から片腕を離して振るった隙を見逃さず、投げつけられた符がもう片方の手の甲に突き刺さった。

「っくあ?!

痛みのせいで指先の力が抜けて、手放した木刀が地面に落下する。

急いで拾おうとした足先めがけて、次の符が打ち出された。

「牡丹!」

炎を纏った札が、木刀の表面に刺さりかけた。その瞬間。

「はあっ」

雪蓮拳の応用で光の放った冷気が、炎を消しながら札ごと向こうへ吹き飛ばしていた。

「姫、悪い」

蓬莱寺の声に光は頷いた。

木刀を拾い上げつつ、体制を整えようとしている村雨に向かって蓬莱寺の剣先が地上をするような形で頸を打ち出していた。

「地擦りィ!」

激しい風と共に、地面を切り裂いて向かってくる衝撃波を直前でかわす。

村雨の制服の裾が切れて飛んだ。

「やるねえ、兄さん」

楽しそうな声と共に符が繰り出されてくる。

「青短!」

冷気が蓬莱寺の足を止めた。

「クソッ」

氷の中から抜け出そうとする刹那、村雨の声が響く。

「紫雷!」

ドン、バリバリッという音と共に蓬莱寺は雷に打たれていた。

「ぐあっ」

「京一!」

「あんたにゃこれだ!」

振り返った村雨が符を投げつける。

「紅葉!」

鋭い切先の札が何枚も肌を切り裂いていく。

数十枚の猛攻を潜り抜けながら、ギリギリまで接近して光は拳を繰り出していた。

「はあっ」

鳩尾をわずかにそれて打ち込まれた一撃に、浮かび上がった顎めがけて蹴り上げる。

確実なあたりの音と感触がして、村雨は数メートル先まで半円を描くように吹き飛ばされていた。

「ぐはっ」

途中、胃液を戻しつつ、その場に崩れるようにして倒れこんだ姿を構えながら窺う。

電撃のショックから抜け出した蓬莱寺が一気に間合いを詰めて駆け寄っていった。

「くらえェ!」

切先が届く直前、何とか半身だけ起こした村雨は懐から抜いた札を蓬莱寺の目の前に投げつけた。

「牡丹!」

勢いよく燃え上がった業火に蓬莱寺が包まれて、それと同時に、切りつけられた刃の衝撃で村雨は後ろにのけぞっていた。

殆ど相打ちの状態に、成り行きを見守っていた光は駆け出していた。

「京一!」

「あち、あち、あっちいいい!」

制服の上を脱いでばさばさと振り回し、燃え続ける炎を消そうと蓬莱寺は大暴れしている。

見れば、村雨も、何とか起き上がってゲホゲホと苦しげな呼吸を繰り返していた。

光はとりあえず蓬莱寺の消火を手伝ってから、急いで村雨の傍へと駆け寄った。

「おい、大丈夫か?」

抱き起こすとヘヘヘと呆れたような眼差しが見上げてくる。

「あんた、お人よしだなあ」

「何が」

「俺は今の今まで戦ってた相手だぞ、助けてどうすんだよ」

光には答える事が出来なかった。

確かに、そういわれてしまえば元も子もないが、この男はこれまでの敵とどこかが違っているような気がしてならない。それは壬生に感じるものともまた別の感情だった。

困っていると、隣に蓬莱寺がやってきた。

「姫、そんな奴ほっとけ、どうせ一人じゃ立てねェみてえだし、もう帰っちまおうぜ」

「オイオイ、あんたもお人よしの仲間か?」

「あん?」

村雨は蓬莱寺を見てニヤリと笑った。

「とどめはどうした」

「は?」

「とどめは刺さねえのかって聞いてんだよ、俺が二度と現れないと、あんたたちゃ言い切れんのか?」

「ばァか」

蓬莱寺は無造作に村雨を蹴りつける。

光があっと小さく声を洩らした。

「あのなあ、こんなズタボロ、手にかけるほど俺達ゃ落ちてねえんだよ」

「京一」

「それに、何度来たって無駄だって、それくらい一回で学習しろよ、俺達の実力見ただろ?」

「うぬぼれてんじゃねえぞ、このぼんくら剣士」

「そのぼんくらに負けたのはどこのボケだ」

もう一度蹴ろうとすると、今度は光が止めさせた。

「村雨とか言ったな」

光は腕の中の村雨を見据える。

「とりあえず勝負は俺達の勝ちだ」

「まあ、こんなになってちゃ違うとは言えねぇよな」

村雨は苦笑した。

「いいぜ、あんたの言いたいことはわかってるよ」

よっと、と短い掛け声と共に半身だけ起き上がって、白い制服についた汚れを掌でばたばたと払い落としていく。

「まず一つ、俺は拳武の人間じゃねえ」

村雨は改めて、隣で膝をつく光を振り返った。

「てめえさっきそれっぽいこと言ってたじゃねえか!」

蓬莱寺が噛み付くと、あちこち傷だらけの顔が楽しそうに声を上げて笑った。

「そう言ったほうが、あんたたちに発破かけられると思ったんだよ」

「どうして」

言いかける口元を村雨は視線で制した。

「二つ、俺はある奴に頼まれてここに来たんだ」

「頼まれて?」

「まあ、平たく言えば守人って奴か、俺はそれだ、御剣の守人やりに来たんだよ」

「んなっ」

蓬莱寺がのけぞる。

光も目を丸くして、村雨をまじまじと凝視した。

「それは本当のことなのか?」

「こんなことで嘘ついたってしょうがねえだろ、まあ、細かい説明抜きで全部ばらしちまえば」

そう言って村雨は話し出した。

どうやら彼は朋恵の知人のとある陰陽師の使いでここに来たらしい。

陰陽師の話では、守姫である朋恵の星見にさらなる凶兆が現れたため、急遽助力を依頼されたので村雨にその役を委任したということだった。

「まあ、事前情報もなんも無しじゃ働きようがないからな、あんたらに関する一通りの情報は叩き込まれてきたわけだ」

ここに、と言って村雨は自分の頭をポンポンと叩いた。

「だから、あんたが姫って呼ばれてんのも、そっちの野郎があんたにご執心なのも、なんもかんもお見通しだったってわけよ」

「なっ」

蓬莱寺はぎくりとして、横目で光の様子を伺う。

当の本人はなにか考え事をしているようで、視線に気付いた様子はなかった。

「けど、村雨さん」

「ケツが痒くなるような呼び方してんじゃねえよ、祇孔でいい」

「なら、祇孔」

「なんだ?」

「どうして俺と、俺たちと戦ったりしたんだ?」

そりゃお前、と村雨は急に楽しげな顔をする。

「調書じゃとんでもねえ野郎だっつう御大を、ちっとからかってみたくなったんだよ」

「その割には高くついたみたいだな、村雨」

ニヤニヤ笑う蓬莱寺に、うっせえと村雨は毒づいた。

「守人だか何だか知らねえが、あいつなんかにお鉢が回ってくるんじゃよっぽどの野郎があんたを狙ってるんだろ?なら俺は命かけなきゃなんなくなるかもしれねえじゃねえか」

光が不意に表情を暗くして下を向く。

「だったら俺がそこまでしてやれる野郎かどうか、ちゃんと知っておかねえと、肝心なとこで根性切れちゃあんただって迷惑だろう」

「要は試したって事か?」

「まあ、そんなとこだな、だが」

やれやれ、本当に高くついちまったと、焼け焦げた制服を見て村雨は眉尻を下げた。

「あーあ、俺の一丁裏が、こいつも経費で落ちっかな」

「祇孔、それで」

顔を上げた光に、振り返った村雨はニンヤリと笑って見せた。

先ほどまでと違う、どこか親しさの篭った人懐っこい笑顔だった。

「まあ、愉しませてもらったからな」

何気無しに光の髪に触れ、頭をポンポン叩く。

「退屈もしねえで済みそうだ、いいぜ、あんたの事守ってやるよ」

どこか申し訳なさそうに微笑む光の隣で、蓬莱寺がケッと吐き捨てていた。

村雨はやれやれと伸びをして、唐突に光の肩に腕を回してきた。

見ていた蓬莱寺がぎょっと目を剥く。

「おいコラてめえ!何してやがんだ!」

「うっせえなあ、お前には関係ねえだろが、男のヤキモチァみっともねえぞ」

グウと唸る蓬莱寺を横目で見ながら、そのまま体重を預けてくるので光は慌てて村雨の胴を支えた。

自然と寄りかかられるような姿勢になったまま、顔のすぐ傍で村雨が情けない声で訴えかけてくる。

「なあ、それよりあんた、ちょっと立ち上がるの手伝ってくれよ」

「えっ」

「あの木刀バカの最後の一撃が足に来ちまってよ、一人じゃどうも立ち上がれそうもねえんだ」

光が急に表情を曇らせる。

「大丈夫か?」

「真っ向くらったからな、ちょっとばかり参っちまったぜ」

アイテテと声を洩らす様子を、蓬莱寺が複雑な表情で睨みつけていた。

光はしきりに村雨の体を気遣いながら、立ち上がるのを手伝ってそのまま体を抱き起こした。

いざ立ってみると、村雨は大分背が高い。

そのまま肩口に頭を乗せてううんと唸っているので、少し様子を伺ってから、光は蓬莱寺を振り返った。

「京一」

「なんだよ」

すっかり不機嫌な彼に、光は困ったような顔をする。

「桜ヶ丘に連れて行くの、手伝ってくれないか」

「そいつをか?」

「そうだ」

非常に気乗りしない様子で、蓬莱寺は舌打ちをした。

放っておけばいいのになどとぼやきつつ、結局は不承不承に頭を縦に振る。

「ったく、何だか知らねえが、余計な手間かけさせやがって」

反対側にまわろうとした途端、村雨がフイと顔を上げて、光の耳元に唇を寄せた。

「あんた、美人だな」

「えっ」

驚いたのもつかの間。

「あぁーっ」

蓬莱寺が絶叫する。

光もその場に硬直していた。

村雨は、耳の後ろあたりに口づけを落としていた。

 

一瞬の間の後に。

 

「てんめええええ!」

嫉妬の炎を燃え滾らせた蓬莱寺が、文字通り鬼神のような形相で切りかかってくる。

ひらりと飛びのいて一撃をかわすと、村雨はハハハと心底面白そうに笑っていた。

「あんたやっぱバカだな、蓬莱寺!」

「うっせえ、てめえにゃ言われたくねえぞこのエロ雨!」

普通に立っている姿を認めて、光は人知れず深々と吐息を洩らしていた。

「立てたのか」

相変わらず修行が足りないと、しきりにぼやく背後で二人が激しくにらみ合う。

「マジで天国拝んどくか、テメェ」

「あいにく間に合ってるんでね、遠慮しとくぜ」

「今度こそ、足腰立たなくしてやるぜ!」

「悪ィが男は範疇外だ」

「俺だってそうだバぁカ!気持ちの悪いこと言うな!」

「へえ、その割にはどっかの誰かさんにはご執心だって聞いてるぜ」

ぐっと言に詰まる蓬莱寺を見て、光は苦笑いとも溜息ともつかないような声を洩らしていた。

本当に、全く容赦のない男だと思う。

これから悩みの種がまた一つ増えるのかもしれないと、正直わずかに頭痛がしていた。

「っつ」

光は顔をしかめる。

本当に頭が痛い。

相変わらず対峙したままの二人を見詰める、視界がぶれる、動悸が早くなっている。

こめかみの辺りを掌で押さえながら、気付けば冷や汗が首筋を伝っていた。

突然、何故だ。

バクバクと鳴り続けている胸の辺りをさすって原因を探す。

刹那。

背中を鋭い気配が貫いていった。

光は全身をビクリと強ばらせた。

これは、知っている、この感覚は―――

「やあ」

声がして、蓬莱寺と村雨がほぼ同時に振り返っていた。

光だけ振り返る事が出来ない。

いつの間に現れたのだろう。

背後に立っていても、気配は間違えようがない。

蓬莱寺が目を剥いた。

村雨も、いぶかしげに睨み付けている。

体の両脇から、長い腕がすっと伸びてきた。

そのまま、まるで蜘蛛が獲物を捕らえるように―――

「捕まえた」

光は壬生の腕の中に捕らわれていた。

 

(続きへ)