雷のように振り下ろされる剣先を、わずかな動作でかわしつつ踵が蹴りあがってくる。
寸での所で蓬莱寺がよけて、飛びのくとすかさず村雨の呪符が数枚打ち込まれてきた。
それを繰り出した衝撃波で相殺して、壬生は舞うように次の技を繰り出してくる。
村雨も蓬莱寺も腕に覚えのないわけではない。
むしろその筋で行けば相当な使い手であり、並大抵の人間が束になってかかっても到底かなわないだろう。
だが、そんな彼らを同時に二人も相手にしているというにもかかわらず、壬生の強さは圧倒的だった。
それは彼自身の力量による所も大きいのだろうが、戦いながら蓬莱寺は漠然とした違和感を感じずにいられなかった。
何かが、奴に力を貸している。
疲れを知らないタフな動作を目の当たりにして、人外の、あってはならない禍々しい力が彼の身に宿っている事を、二人は半ば確信に近い形で悟っていた。
「オイ、村雨!」
繰り出される連撃の嵐からようやく逃れて、大分息の上がった蓬莱寺が近くにいる村雨を振り返らずに呼ぶ。
「なんだ」
答えた声も荒い呼吸を繰り返していた。
すでに数発の攻撃をくらい、どちらも姿はボロボロだった。
「このままじゃ埒があかねえ、なんとかしねえと」
「策でもあんのかい?」
問われた蓬莱寺が吐き捨てるように笑う。
「そんな大層なもんでもねえけどな」
「へえ、なんだ、言ってみろ」
視界の先では壬生が、光の前に立ちはだかるようにして両腕を組み、冷たい眼差しでこちらを見下していた。
唇には余裕の笑みすら浮かべている。
忌々しいその姿に、蓬莱寺は改めて堪えきれないほどの怒りを覚えていた。
「奴は足技中心だ、だから、まず俺が切り込んでいくから、てめえは足を狙って攻撃しろ」
「後は」
「まあ、見てろ」
行くぞと怒号を上げながら、蓬莱寺は刃を下へ向けて駆け出していた。
「地擦りィ!正眼!」
大地を真っ二つに割るような剣戟をひらりとかわした壬生の、足元を狙って呪符が投げつけられる。
「牡丹!」
宙を飛ぶ壬生がニヤリと笑みを浮かべた。
「連携か、面白い」
そのまま足先で空を薙ぐようにして風圧で札を吹き飛ばすと、背後に回った蓬莱寺が飛び上がりながら切先を頭上に叩き込んできた。
「くらえっ」
「っつ!」
その動作からまさかかわせるはずのないところを、壬生はギリギリで身をよじって直撃だけは何とか免れた。
だが、蓬莱寺の腕に残る確かな感触と共に、降り立った壬生は肩口を押さえて顔をしかめている。
すぐに姿勢を整えて構える背後に光がフラフラと歩いていく。
「紫雷!」
村雨がその姿を狙って攻撃を繰り出した。
「何?!」
壬生は、一瞬目を剥くと命じるより先に駆け出していた。
光の直前で符の攻撃を自らの体で受ける。雷が音を立てて符のあたった部分に落ちた。
「ぐっ、ぅ―――」
「うまいぜ村雨!」
動作の止まった壬生に、切先を構えた蓬莱寺が迫る。
「でいやァ!」
頸を乗せた鋭い剣圧が胸を薙ぐ。
壬生は半身をひねり、直撃を免れつつ、背後の光を巻き込まないようにして後ろへ吹き飛んだ。
「姫!」
直後に蓬莱寺は光を捕まえていた。
にごった眼差しと、定まらない視線が顔の上をゆらゆらと揺れている。
「蓬莱寺、ぼさっとしてんな、早くそいつを連れてもどれ!」
「姫、こっちだ!」
村雨の怒号にあわせるようにして、光を連れた蓬莱寺は駆け出そうとした。
「光!」
壬生が叫ぶ。
瞬間、光の全身がビクリと跳ね、蓬莱寺は腕を振り払われていた。
「なっ」
驚いて目を見開いたのもつかの間―――
「掌底っ」
呻くような声と共に、突き出した光の掌から頸が打ち出されていた。
防御も無しにまともにくらった蓬莱寺は数メートル後ろへと吹き飛ばされる。
「何だと?!」
村雨も、驚愕の眼差しで、にわかに現状を把握できていないようだった。
突き当たりの壁に激突して停止すると、蓬莱寺はそのままグッタリと体を曲げて動かなくなった。
ゆらゆらと立ち尽くしている光の傍へ、歩み寄ってきた壬生がその肩を抱くようにして引き寄せる。
「再三言ってあげたはずだよ、身の程をわきまえろ、と」
呆然としている村雨に眼をやり、壬生は悠然と笑った。
「今、光の心はここにいない、彼は僕のことしか見えていない」
だから。
そっと頬に指先を這わせる。
「僕が呼べば、光は応える、僕の元へ戻ろうとする―――他でもない、彼自身の意識がそうさせているんだ、ねえ光?」
壬生を見詰める虚ろな目の中に、一瞬光が宿りかけた。
けれどもそれはすぐに消えて、そして、瞳の縁からつっと涙が零れ落ちた。
認めた瞬間、壬生の表情が苦しげに歪む。
一連の様子を村雨はなす術も無く見送っていた。
「光」
耳元に唇を寄せて、誰にも聞こえない、光にしか聞き取れないほどの音量で囁きかける。
「すまない」
震える光の唇が、かすかに動いてそれに応える。
「くれ、は」
壬生は一瞬瞳を閉じて、それから顔を上げると、おもむろに無機質な声を上げた。
「六つ星の、四つ目を封ずる、これは血の盟約にして、解くこと叶わず」
言葉が終わると同時に唇が重なった。
掬い出された舌先を壬生が噛み、滲み出す血を飲む。同じように口腔内に差し込まれた壬生の舌から鉄錆のような味が光の喉に流れ込んだ。
唇が離れた途端、ぐらりと倒れかける体を壬生の腕が抱きとめる。
そのまま胸に押し付けるようにして、髪を撫で、彼は再び瞳を閉じていた。
「あと、二門」
かすかな声を耳にとどめつつ、光の体がずるりと落ちていく。
力なく座り込む様子を見下ろして、壬生は村雨を振り返った。
「君たちがいくらあがいた所で、光は必ず僕が貰うよ」
「壬生、てめえは―――」
「もう誰にも、歯車をとめることなど出来ない」
「そんなにまでしてそいつの事を」
壬生はフッと笑った。
先ほどまでの苦悩する様子など微塵も感じさせない、冷たい、鋭利な笑顔で。
「また、来るよ」
物陰に踏み込むと、周囲の闇が体を侵食するようにしてその姿は消えてなくなった。
(どっかで転移の術を使ってる奴がいるのか)
村雨は顔をしかめる。
壬生の背後には、かなり大規模な闇が潜んでいるようだった。
辺りにすっかり壬生の気配がなくなった事を確認して、村雨は急いで光の元へと駆け寄った。
「御剣、おい、御剣!」
抱き起こすと光は意識を失っているようだった。
出会った頃より更に気配が薄くなっている。青ざめた表情は、どこか悲しげに歪められていた。
黄金の炎を宿していたはずの剣は、すでに見る影もなく崩れかけている。
これでは彼の全てが失われるのも時間の問題だろう。
多分、次の封印で光はまともに生活することすら出来なくなってしまう。
村雨は無意識に奥歯を噛み締めていた。
「くそ、しょっぱなからマズっちまうとは」
悔やんでも悔やみきれない、怒りにも似た後悔が、後からとめどなくあふれ出していた。
依頼を受けたばかりのときには、どうにも胡散臭い話だと半ば高をくくっていたのに、光の姿を実際目の当たりにして、拳をあわせてみたことで自分の腹はすっかり決まっていた。
この、弱体化していてもまだ常人以上に戦えるようなとんでもなく強い力を持つ、そのくせ、妙に儚げな印象を受けるこいつの背中を守ってやりたい。
時折苦難に歪む、暗い瞳の奥に潜むものをなんとかしてやりたい。
それが御剣の守人という行為に集約されるのならば、それも悪くないと、本気で考えていた。
それなのに、凶事は決意が固まった直後に起こってしまった。
壬生紅葉。
調書で知るより、より深い闇をまとう男。
光との間に何があったのか、詳しいことは書き込まれていなかったが、今の一連の出来事で村雨はほぼ理解できていた。
「こいつは、なかなか―――」
難しいかもしれないと、腕の中の光を見詰めながら表情を曇らせる。
離れた場所から呻き声が聞こえて、振り返ると蓬莱寺がようやく意識を取り戻したようだった。
「ひ、姫」
何とか起き上がりながら首を振る蓬莱寺に、村雨は光を抱いたまま立ち上がっていた。
「蓬莱寺」
顔を上げた蓬莱寺はすぐ光の姿に気付いて愕然とした顔をする。
「奴は」
「消えた」
クソッと毒づき、近くの地面を殴りつけている。
直後に体を折り曲げてむせているので、村雨は光の体を腕に抱えなおすと近くまで歩いていった。
「てめえ、さっきので内蔵やられたな」
「う、ウッセ、こんくらい、なんでもねーよ」
フラフラと立ち上がろうとするので、村雨は片腕を貸してやった。
こちらも満身創痍の状態で二人分の重量はかなりきつかったが、一つくらいは依頼を果たそうと両足を踏みしめてとどまる。
「おい、さっきお前らが言ってた桜ヶ丘だったか?お前のかかりつけかなんかか?」
「そ、んな、気持ち悪ィもんじゃ、ねえ」
「かかりつけの何が気持ち悪いんだ、馬鹿野郎、つまんねえこと言ってないで道案内しろ、お前ら二人とも連れてくぞ」
蓬莱寺がへへへと笑う。
「あんただって、相当のお人よしじゃねえか」
村雨は一瞬苦笑を浮かべると、光と蓬莱寺を改めて抱えなおしながら歩き始めた。