「壬生紅葉!」

壬生がくるりと顔を向けた。

「久し振り、朋恵さん、君も来ていたのか」

この前会ったのは確か春先だったねと笑いかける。その目には僅かの温度もない。

「貴方、その姿は」

「ああ、これか―――そう驚くこともないさ、僕には似合いの姿だろう?」

コートの体をポンポンと叩いて、何でもない事のように言ってのける。

術などの類に疎い蓬莱寺でもわかるほど、壬生は、異様な気を纏っていた。

ドロドロとこびり付く様な、粘着質の、おぞましい気配。

それに似た気配を持つ人物に覚えがある。

影生依人。

以前光を襲った、あの邪な存在と同じ気配が壬生の全身にまとわり付いていた。

蓬莱寺がちらりと如月を窺うと、彼も同じ事を考えていたようだった。

僅かに頷き返すので、手の中の紫布をグッと握り締める。

「業深いものだね、光も」

壬生はくすっと笑う。

「それともこれも宿星のお導きというヤツかな」

「壬生紅葉、貴方もその巡りの一つ星でしょう」

「君にそんな風に言ってもらえるとは思わなかった」

如月が懐に手を差し込む。

村雨も、ポケットに指先を忍ばせていた。

周囲をぐるりと見回して、ベッドの上に視線を止めると、壬生は急に痛ましい表情を浮かべた。

「オイ!」

蓬莱寺は思わず声を上げていた。

一体誰のせいで、光はこんな姿になったと思っているんだ。

どうして目覚めないと思っている。お前にそんな顔をする資格なんてありはしない。

改めて怒りに全身が震えるようだった。

手にした紫布の紐をするりと解いて、内側から固い感触を抜き放つ。

それは、以前如月宅にて光から手渡された御剣の秘宝の一つ―――虎爪刀。

白塗りの柄に手をかけようとすると、待てと壬生の声が静かに響いた。

「こんなところでやりあうつもりなのかい?君達は」

「てめえ、何言ってやがる!現れたのはそっちじゃねえかッ」

「ここに光がいるからね、用があるのは、光だけなのだし」

「ふざけるな―――」

「僕は争うつもりなんてない、言っただろう、用があるのは光だけなんだ、君達の事などどうでもいい、僕は、光を連れて行ければそれでいい」

「んなことみすみす見逃すわけねえだろうが!」

蓬莱寺は怒鳴る。

「病院で、あまり大声を上げるものでないよ」

壬生は笑った。

「いい加減にしやがれ、てめえ、今日という今日こそは決着をつけてやる」

「それは僕を殺すということか」

「それで姫が助かるなら、俺は何だってやってやるぜ」

随分情熱的なんだな。

「やれやれ」

ポケットから取り出した札を、片手の指に挟んで顔の前に掲げる。

「まあ、こうなるんじゃないかと、予想していなかったわけじゃないんだけどね」

壬生が何か囁くと、彼の背後から闇が津波のように広がった。

慌てて反応しようとする村雨を制止して、朋恵が呪を唱える。

ベッドで眠る光の周囲に、薄い膜のような輝きが現れた。

「これは、空間転移、此の岸と彼の岸の境目に送られただけ、お兄様は大事ありませんわ」

病室の壁は消えて、辺りは闇一色の世界に塗り替えられる。

まるでその一部のような姿になった壬生がパチパチと手を叩いていた。

「さすが、剣の守姫様だ、その結界は僕では壊せないもののようだね」

「多少力を得たからといって、貴方に後れを取る私ではありません」

「そうだね」

表情から不意に、笑みが消える。

「君はそうやって、あの時も僕から光を奪ったんだ、くだらない古の因習なんかに捕らわれて、光の意思すら無視して、それで、君の望みは叶ったのか」

朋恵がビクリと両肩を震わせた。

「記憶を取り戻した光は、何を望んだ?」

恐る恐るベッドの上に視線を移す。

光はまだ眠っている。

まるで、辛い現実を拒絶するかのように。

いまやすっかり弱々しく変わってしまった龍の光を僅かにその身に残しながら。

「わ、私、は」

「今更君のことなんてどうでもいいよ、僕は、僕の願いを叶える、それは光の願いでもあるのだから」

すっと片腕を伸ばした。

闇が、ぞろりとベッドにまとわりついていく。

「壊せないものなら、それごと貰っていくまでだ、どのみち君では龍の力には抗えないのだし、ならば方法は幾らでもある、後で考えたって問題ないさ」

「んなことさせっかァ!」

蓬莱寺が抜き放った白刃から気をたたき出した。

目に見える衝撃波が壬生の元へ殺到する。

ひらりと飛びのいた壬生はそのまま間合いを詰めてくる。

「蓬莱寺君!」

如月が、懐から抜き放った小太刀を前に構えた。

「水流尖ッ」

壬生の足元から水柱が立ち上がる。

まるで重力を感じさせない動きでふわりと攻撃を避けると、そこを狙って村雨が符を投げつけた。

「猪鹿蝶、紫雷!」

ドン、という鈍い衝撃の直後、ギリギリで回避した電流の端がコートの裾を貫いて落ちる。

壬生は舌打ちをしながら地面を転がって、体制を整えると三人の後方へと駆け出した。

「逃がすかっ」

剣を構えた蓬莱寺が後を追う。

「お前の好き勝手になんかさせねえ、壬生紅葉ァ」

「君達は何もわかっていないんだな」

「何だと!」

直後、壬生の姿が闇に消えて、あわてて足を止めて周囲を見回した蓬莱寺の背後に殺気が生まれる。

急いで迎え撃とうとした体を思い切り蹴り上げられていた。

「グアッ」

蓬莱寺の体が数メートル先まで吹き飛ぶ。

「蓬莱寺!」

村雨が打った符を直前で叩き落して、そのまま光の元へ駆け寄ろうとする目の前に如月が立ちふさがる。

「滅殺ッ」

小太刀の一撃を片腕で止める。

食い込んだ刃先を伝って、雫がぽたりと垂れた。

「こんなもの」

そのまま振り上げた足で如月の体を蹴り、彼ごと刃を振り払う。

「今の僕に、通用すると思っているのか!」

直後、今度は朋恵が立ちふさがっていた。

「壬生紅葉」

少女が構えの体制を取ると、その手に一振りの眩い薙刀が出現する。

「貴方にお兄様は、渡しません」

「君の主は僕を欲している」

「それでもッ」

白刃が振り下ろされる。

飛び上がって避けた所へ、呪符が繰り出された。

「くっ?!」

白い符は数百の蝶の形に変わり、壬生の手足に張り付いて動きを止める。

落下していく体を捩って、紙の蝶たちを次々に払い落とした。

「赤短、舞炎!」

その蝶達が、端から勢いよく炎に包まれて燃え上がる。

壬生の手足に纏わり付いていた蝶にも引火して、彼の体は業火に包まれていた。

「グアアアッ」

絶叫と、墜落。

必死に起き上がろうとするところへ、蓬莱寺が発剄を叩き込む。

「剣掌、鬼剄ッ」

死角から螺旋の気が壬生の体を切り裂いた。

今度は彼が数メートル先まで吹き飛ばされ、何とか体勢を立て直した所に、村雨の符と如月の剣閃が殺到する。

「十一、空刹!」

「飛水十字!」

二つの衝撃波は互いに増幅しあい、壬生を直撃する―――その直前。

ブアッと膨らんだ闇が彼の前にドーム型の防御壁を展開する。

風圧に押されて体を強ばらせた蓬莱寺たちの目の前で、波動は砕け散っていた。

「な、何だとっ」

辺りは一変して異様な雰囲気に包まれた。

 

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