闇の中でただ一人きり、光は震えていた。
もうどれくらいそうしていたかわからない。
こんなにも脆くてはかない存在だったのかと、あらためて自分の心を思い知らされるようだった。
張り詰めていた糸が、ふっつり途切れてしまった。
「もう、疲れたよ」
睫の長い瞳をそっと閉じる。
もの心つく頃にはすでに剣としての自覚があった。
それは御剣光という人間の根幹を占めるもので、それ自体を悩んだり、苦しんだりする必要のない、当たり前に存在する真理だった。
―――壬生と再会するまでは。
生まれて初めて知った、外の世界。
全ては彼と共にもたらされた。
壬生が初めて扉を開いて、世界を見せて、同時に多くの喜びを与えてくれた。
幸福も、誰かを愛するということも、何もかも。
五年前の、あのほんの僅かなひと時。
まるで奇跡のように輝いていた日々。
記憶を無くしていた自分が、壬生と再会してどれだけの喜びに包まれたか。
その後、どれだけ嘆いたか。
新しい記憶は苦痛に満ちていて、思い出すほどに新たな傷をつける。
心が流した血河は、果てしない。
足掻いてもすでに引き返しようもないほど、遠く離れてしまったような気がしていた。
「これ以上、歩けない」
うな垂れるとまた僅かに落ちていく。
りいんと、音が響いた。
呼んでいる。
「うん」
闇がスルリと絡み付いてきた。
それはひどく暖かくて、心地よくて、悲しい気分だった。
ゆっくり身をゆだねると、だんだん光が満ちてくる。
金色の、懐かしい輝きだった。
内側に入り込んできて、光は瞳を閉じたまま、全ての意識を手放していく。
このまま、落ちてしまえば、何もかも―――
「ダメよ、光」
光はゆっくりと瞼を開いた。
「ダメ、光、まだ逝ってしまっては、ダメ」
再び両目を閉じようとする。
「ダメよ、貴方がいなくなったら、嘆く人がたくさんいるわ、戻ってきて、光」
「もう、いいんだ」
このまま眠らせて欲しい。
辛い記憶なんてもういらない。
俺は、堕ちてしまって構わない。
「ダメです、お兄様」
―――朋恵?
「お戻りください、貴方様は」
―――ゴメン、朋恵、お前まで巻き込んでしまった、俺はもう、役目を果たせそうにない。
「姫!」
―――京一、ゴメン、最後まで迷惑かけっぱなしになってしまったよな。
「光!」
―――美里、すまない。
「光、目を覚ますんだ」
―――翡翠、ゴメン。
「先生ッ」
―――祇孔、ゴメン。
―――皆、本当にごめんなさい、けれど、俺は、もう
闇の底が輝いていた。
ズルリと吸い込まれて、触れた端からゆっくり溶けていく。
やっと還れるのだと思った。
剣の定めから解かれて、原初の根源へ、やっと。
「―――光ッ」
ひときわ強い呼び声に、ハッと目を開く。
闇の中、それは確かに届けられた。
「光、行くな、戻ってくれ、光!」
「く、れは?」
震える唇で、呟く。
あの声、あの気配、忘れようもない。
「起きてくれ、行くな!」
瞬間、蘇ってきた想い。
―――5年前の、あの。
「ひかるううう!」
絶叫に、弛緩していた四肢がビクリと震える。
光と同化しつつあった両腕両足を、ズルリと引き抜いた。
「くれは」
そこに、いるの?
「くれは」
闇の中でもがく。
りいん、りいんと呼び声が何度も頭に響いた。
光は必死に首を振った。
「ダメだ、まだダメだ、俺は、帰らなくちゃいけない」
りいん―――りいん―――
「まだダメなんだ」
りいん―――りいん―――
「紅葉を、置いていくわけに行かない、もう二度と、あんな想いは嫌なんだ!」
振り仰いだ天から、また声が降ってきた。
「光ッ」
「紅葉ぁ」
「光、戻ってくれ、光!」
「紅葉、紅葉、くれは!」
うわ言のように呼び続けると、頭上にすうと光が落ちてくる。
それは、一筋の白い輝き。
内側からすっと白い腕が伸びた。
「つかまって」
光は掌をギュッと握り締めた。
指先が、しっかりと握り返してきた。
「貴方を、ここから連れ出してあげる」
「君は」
「戻ってきて、光」
遥か底の方から、咆哮が轟いて闇を揺らした。
光は一瞬視線を落として、少しだけ切ない表情を浮かべてから、顔を上に向けた。
天井にはいつの間にか水面のような輝きが満ちていた。
その向こうに知っている姿が幾つも見える。
ああ、あれは。
「光」
優しい声だった。
導かれるままに、体がゆっくりと浮上していく。
「皆」
光の双眸から、スルリと涙が零れ落ちていた。
「ありがとう、皆、ありがとう―――」