「刻が満ちる」
夜空に浮かぶ月を眺めて、稀代の陰陽師、東の御頭領―――黒く長い髪に、純白の学生服で身を包んだ―――御門晴明は、感慨深い声で瞳を眇める。
「大いなる龍の息吹が、この地に顕現する」
「そうですね」
傍らには車椅子に腰掛けた、華奢なシルエットがまるで寄り添うようにして、同じ月を見ていた。
その更に隣、妖艶な衣服をまとった清廉な気配の美女が、幽玄の如き儚さで佇んでいる。
ここは現世ではない。
時間と空間の狭間、それでも天蓋は、等しく夜の闇に包まれている。
「彼は、その定めに、抗えるのでしょうか」
御門の呟きに、車椅子の影が肯定の意を込めて頷き返す。
「信じ、祈りましょう、それこそが、私たちにできる最大の呪です」
「呪、ですか」
「ええ」
「龍に打ち勝つ人の呪」
口元を扇子で覆い、ふっと笑う。
彼方の天蓋では星が一つ流れ、消えていった。
「ああ、そうだ」
急に思い出したようなそぶりで、御門は傍らを振り返る。
「村雨は、お役目をまっとうできると思いますか?」
車椅子の人影は困ったようにフフと笑みを浮かべた。
「大丈夫ですよ」
「先の一件に関しては厳しくお灸を据えておきましたが、まだ不安が残ります」
「そんなことを言って、御門は何も心配などしていないのでしょう?」
「しかも、あれは事もあろうか、守姫殿に懸想しているらしい」
「そうなのですか?」
「それだけではありません、御剣殿にも無礼を働いているようですし、本当に仕方のない男です、御方もそう思われませんか?」
「良いことではありませんか」
澄んだ双眸が再び月を見上げて、微笑む。
「御剣殿も、守姫殿も、大儀を負われる御身といえど、その本質は人、そして、まだお若い、我等が礼を尽くすのは道理ですが、祇孔にその義はありません」
「フフ、お若い、か、そのような大それた御言葉、私などには口にすることすら叶いません」
「あ」
「それに、貴方もまだお若い」
「晴明」
「―――そう、星の位置すら変えるほど、強い意志を持つのであれば、恐らくは」
太古に姫巫女の呼び声に応えた龍が、人に授けた一振りの剣。
彼の定めは常に変わらず、織姫の紡ぐ糸の色も常に同じものであった。
けれど。
「世は巡り、移ろい行く」
それこそ、万物を貫く理。
「変わらぬものなど何も無い」
見上げた星の位置を見定めて、御門はフッと微笑んでいた。
「そうですね、私も、信じましょう、貴方と同じように」
―――未来はまだ、確定していないと。
「あの方の想いが、我等の知り得ない明日の道を見出すことを」
天の采配に左右される、それが、人の叶う、唯一の呪。
「それこそが、人が、人たる所以なのですから」