放課後、ラーメン屋の約束は、意外な闖入者によって妨害を受けた。
短く刈上げた黒髪に、目つきのきつい少年の名前は御厨といって、剣道部の副部長であるらしい。
新入部員にまだ挨拶もしていなかった、職務怠慢の部長を連れに訪れたそうだ。
「てめえ、御厨、覚えてやがれッ」
「そういうわけだから、スマンがこいつは借りていくぞ」
今しがた話をしていた光に丁寧に詫びを入れて、御厨はなれた手つきで蓬莱寺の襟元をつかみ、引きずって行ってしまった。
残されてぽかんと立ち尽くしていると、どこからともなく現れた遠野に肩を叩かれた。
「あんたも災難ね、転校生君、京一の馬鹿に気に入られるなんて」
「そんな、アン子ちゃん、いけないわ」
「美里ちゃん、庇ってやんなくてもいいのよ、馬鹿は馬鹿なんだから」
眼鏡の奥の気の強そうな瞳が、まだ何事か大声で喚き立てる声の聞こえる廊下を眺めてため息を漏らす。
「まったく、黙っていればそれなりなのにねえ」
「京一君、下級生の人気が凄いものね」
「本性を知らないからね、いたいけな子羊たちは、御剣君と同じで」
くるりとこちらを振り返られた。
「ねえ、御剣君、気をつけたほうがいいわよ、あんなのと付き合ってると、馬鹿がうつるわよ」
「京一君は、御剣君に随分親切にしてくれているわ」
「だから、そもそもそういう行為に及ぶ事自体、珍し過ぎるでしょうが」
(そうなのか)
「京一なんてね、気に食わない奴には、問答無用で真っ向食らわすような野蛮人よ?ったく、美少年の色香にやられちゃったのかしらねえ」
罪よねえと、肩を叩かれて、けれど光にはよく分からない。
「んもう、ぼんやりしちゃって、ホントに罪なんだから!」
分からないけれど、とりあえず、ごめんと謝っておいた。
隣の席で美里が苦笑いを浮かべていた。
「失礼しまースッ」
不意に、辺りに声が響く。
三人組の少年が、だらしない歩き方で、周囲に睨みを利かせながら室内に入ってくる。
「おい、どれだ」
「あれじゃねえの?」
「へえ」
遠野が眼鏡のフレームを押し上げながら怪訝な表情を浮かべた。
隣の美里も不安そうにしていた。
少年たちは、真っ直ぐ光の元へと近づいてくる。
「おいアンタ、御剣か」
「だったら何だってのよ」
遠野が先に口を出す。
「てめえは黙ってろ、俺達は御剣に用があるんだよ」
「なッ」
「―――俺が、御剣光だけど」
更にと斧が何か言う前に、光は答えた。
少年たちを見回して、何か用?と訊き返す。
「へへへ、俺たちじゃねえぜ、佐久間さんがお呼びだ」
「校舎裏まで来いってさ」
「あんたたち!」
身を乗り出した遠野に、少年たちがギロリと目を向けた。
「さっきからうるせェ女だな」
「黙ってろよ、それとも、てめえも相手して欲しいのか、ああ?」
「女は俺たちが仲良くしてやるぜ?」
ニヤニヤとした顔を突き出されて、遠野は舌打ちをもらす。
「下衆ね」
「何だと」
「佐久間が何だか知らないけれど、新聞部部長を舐めんじゃないわよ」
「はァ?」
「あんた達のあることないこと、さんざでっち上げて、校内新聞として張り出してやるんだからッ」
少年たちが途端不穏な表情を浮かべる。
「まあ、あたしたちに関係ないけれど、先生方がご覧になれば、間違いなく何かあるでしょうねえ」
「てめえ」
「言っとくけど、あたしの諜報力はあんたたちが思ってるよりずっと凄いんだから、身包み剥いで学校から追い出す手引きくらい、できるのよ」
「この女、黙って聞いてりゃ」
「あたしに何かしても、御剣君に不埒な真似しても、全部記事として公表してやるわよッ」
「その口今すぐ塞いでやるぜ!」
少年の1人が拳を振り上げる。
遠野がハッと目を瞠った。
鈍い音が響き、そろそろと様子を窺った少女たちは、今度は小さく悲鳴を上げた。
「御剣君!」
少年たちも、唖然としている。
思い切り頬を殴られた光は、俯いたまま立ち尽くしていた。
「て、てめえ」
「御剣君、そんな―――あんたたち!」
激しい剣幕で少年たちに向かっていこうとした遠野を、光は手でそっと制止する。
「御剣君ッ」
「もう、ダメだよ」
顔を上げて、少年たちを真っ直ぐ見据えた。
「着いていくから、案内してくれ」
背後で息を呑む声が聞こえた。
「いい心がけだな」
少年たちは、ニヤニヤと笑いながら、背中を向ける。
「来な」
「御剣君!」
「大丈夫だよ」
振り返って、遠野と美里にほんの僅か微笑んで見せる。
周囲の生徒たちも恐ろしげに見守る中、少年三人に両脇と背後から囲まれて、光は校舎裏へと連行されていった。
「京一君!」
いやいやながらを態度に露骨に表して、崩れた胡坐をかいていた蓬莱寺は、道場の入り口に突然現れた美里の姿を見て多少驚いた。
「美里?」
「京一君ッ」
剣道部員達も何事かと彼女を見ている。
蓬莱寺は立ち上がり、美里の傍に近づいていく。
「おい、どうしたんだよ」
「み、御剣君がッ」
途端、蓬莱寺の表情がさっと曇った。
「御剣がどうかしたのか」
「今、今、呼ばれて、校舎の裏に」
蓬莱寺は取って返し、先ほどまで座っていた場所に置いたままだった木刀を掴んで、後は聞かずに道場を飛び出していた。
美里や、数名の部員たちが、何か言っている。
(今はそれどころじゃねえ!)
構わず走り出して、裸足のまま校舎裏を目指し、地面を蹴った。
「御剣―――くそッ」
昼に、彼の話を聞いたばかりじゃないかと思う。
佐久間が昨日の地点で彼に目をつけたのだと、知っていたのに置いてきてしまった。
楽観的に捉えていた。
後悔と焦燥感が込み上げてくる。
(無事でいろよ、御剣!)
―――昨日、出会ったばかりの転校生に、どうしてこんなに肩入れしているのか。
蓬莱寺自身、そのことにまるで気づいていない。
気づかないままに、ただひたすら、走り続けた。